えだまめ

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6/29/2024, 11:01:02 AM

『馴染みの喫茶店』#2

「みおちゃんは、入道雲って美味しそうだと思う?」
「え?」 
オレンジパフェの中に入っている、爽やかなオレンジアイスクリームを食べていた私の手が止まる。
小さな町の奥にある小さなマイナー喫茶店で、どうしてこんな事を聞かれなきゃならないのだろう。
「……どういう意味」「そのままだよ」
私が小さい時から見てきたのに、昔とちっとも変わらない容姿の店長(私の想い人)がなぜか誇らしげに言う。
「いやー、夏の新メニューを入道雲をモチーフにしたデザートにしようと思ってね。君は、食べてみたいと思わないかね?」
「何その口調。いや、確かにそれは美味しそう。なんか映えそうだし…」 
「だろ」
ドヤ顔をする店長。悔しいけど可愛い。
「それできたら、絶対食べに行きたい。てか、行く」
「わ、嬉しいな〜!ありがとうみおちゃん!」
「当たり前でしょ。……って、やっば!塾じゃん!」
「大変だね。いってらっしゃい!」
「え、まだオレンジパフェが……」「いってらっしゃい」「……うん」
私は少し惜しげを残して小さな喫茶店を飛び出した。オレンジパフェもあるけど、もっと店長と話したかった…。
時間と恋に追われる私を、どっしりと落ち着いた入道雲が見下ろしていた。

6/28/2024, 11:25:30 AM

「きたよおにーちゃん!おそとあつーい!!」
ドアを開けたらカラコロと鳴る心地良い音。
茶色いカウンターの奥には、微笑んでいる青年がいた。
「いらっしゃい。夏パフェだね」
「ん!あのね、ままからお小遣いもらったの」
「見せてみ?……よし、ちょうど1000円ぴったり。みおのお母さん、夏パフェ食べることわかってたみたいだね」
「はやく!おにーちゃん、はやく!いお、待ち切れない!」
おにーちゃんこと、店員の青年は、1000円を何処かに置いてくると、カウンターの奥からパフェの容器を取り出してきた。みおの好きなフルーツやクリームはなく、からっぽだ。
「あぇ…?いおのパフェは……?」
不思議そうに首をかしげるみおを見て、青年は微笑んだ。
そして、とある事を説明する。
それを聞いたみおは顔を輝かせた。

「はぁあ……あっつーい」
勢いよく開けたドアから、カラコロと愉快な音がした。
茶色くて、少し古びたカウンターから、あの頃となぜかちっとも変わらない青年が微笑んでこちらを見ている。
「いらっしゃい、みおちゃん。夏パフェ、かな?」
「ん…えっと、1000円だったよね…はい」
「うん、丁度1000円お預かり致しました」
「はー、マジ暑い。てんちょー、早くぅ」
「はいはい」 
青年は、みおの目の前に、どんとパフェの容器を置く。
青年は笑顔で言う。
「何をのせますか?」
みおも笑顔で答える。
「バナナといちご、あと生クリームで」

あっという間にできた超美麗完全無欠パフェを連写した後、みおは大きく一口頬張った。
甘くて、柔らかくて……甘酸っぱい。
「あ゙ぁーっ、これだこれ!うまっ……!」
「そういえば、このシステムを説明する前、みおちゃんほんと面白い反応してたよね」
「それって夏パフェがここにできたばかりの頃のこと!?めっちゃ昔じゃん。懐かしいなー、私、自分のこと『みお』って言えなくて、『いお』って言ってたなー」
「あはは…そんな頃もあったね。…でも、今やみおちゃんは高校生。まだ通ってくれてるなんて、ほんとみおちゃんには感謝だよ。なんでこんなボロっちい所に通ってくれてるの?」
ぐっ…と生クリームが喉に詰まりそうになった。
「ケホ……え、えっと…やっぱ馴染みがあるし…料理が美味しいから、かな」
「わー!そんな事言ってくれるなんて嬉しいよみおちゃん!」
そうやって少年のように目を輝かす―何歳か分かんないけど―そんなとこ。
私は料理が美味しいのも、馴染みがあるっていうのも嘘じゃないけど……。
ニコニコしながら私が夏パフェを完食するのを待っているてんちょ……おにーちゃん。
ほんとの理由は、あなたなんだけど……まだ子供扱いされてるみたいだし、当分気づいてもらえそうにないや。
でもいつか、そう見てもらえるようになるまで、通ってやる。
完食した夏パフェから、爽やかで甘酸っぱい、胸がきゅっとなるような夏の匂いが漂ってきた。

6/27/2024, 11:05:04 AM

ほんの一瞬のようだった。
雨上がりの空気に包まれる狭い道に、
一人の女性が現れた。
無防備に、白い肌を惜しげなく出した服を着ている。年は20といったところだ。
雨がやんでいるのに気がつくと、透き通った折りたたみ傘を閉じ、艶のかかった黒髪をサラリと、肩へ、胸へと落とした。
うやむやに空を仰いだ後、私のことをようやく見つけ出した。
二重のぱっちりした瞳を見開き、少し後ずさりする。
私の事をおばけとでも勘違いしたのだろうか、慌てて逃げ出した。
ふっと息をつく。
綺麗な瞳、綺麗な髪、綺麗な肌、綺麗な服。
私にはないものばかりだった。…ないものねだりをするのもこれで何百回目だろうか。
あの人は…『ここではないどこか』で生まれたんだろう。そんな気がした。
あと何回、何十回、何百回、何千回、何万回生まれ変わったら、あんなに素晴らしいものを手に入れられるのだろうか。その為には、『ここではないどこか』を見つけなければ。
私は、血がしたたる傷と痣だらけの体を引きずって、『ここではないどこか』を探して彷徨っていた。