NoName

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5/12/2024, 5:22:39 PM

齢を数える指折りはどんどん早くなって
巣立ちまでの猶予は刻々と縮まって
久方ぶりに合う親戚から口々にかけられる言葉は
「背が伸びたのねぇ」

なのに
年甲斐もなく人に甘えたり
映画を見ても自分だけが泣いていたり
ささいなことで心が掻き乱されたり
「子どもかよ」と直球で言われてしまったり

体と心が並んで歩けなくて
立派な自分を夢見ていた心は
その憧れを抱いたまま
今もそこで動けない

自然に変わるものだと思っていた
年齢に比例して心も成長していくと思っていた
周りの人たちを見て気づいた
私はいまだに変われない

その幼さは恥ずかしい

それでも、
情動に揺さぶられて涙は溢れるし
綺麗なままで生きたいし
本当はまだ両親が恋しいし
独り立ちはどうしようもなく怖い

どんなに幼さを捨てようとしても
心は追いついてこなかった

この幼さは恥ずかしい
恥ずかしいが、捨てられない

この幼さがいつか剥がれ落ちて
綺麗な思い出になるまで
立派な大人になれるまで
時間がある今はまだ
子供のままで

5/10/2024, 4:31:33 PM

【モンシロチョウ】

虫は苦手だった。
その例に漏れず、蝶々も苦手だった。

きっかけは、幼い頃に見た昆虫図鑑だ。
昔から虫が苦手だったので、ページを繰るたびにくっきりと鳥肌を立たせていた。
しかし、子供特有の好奇心からだろうか、その手は止まらなかった。

ぱらぱらとページを捲ると、小見出しがチョウ目に移り変わった。
手はぱたりと止まった。

ちらと見ただけで目に飛び込んでくる、ぴったりとひらいた姿の、大きな羽。自然界でひときわ目を引くであろう、鮮やかな色遣い。生命の写し鏡のような神秘的な模様。細くともぴんと存在感のある触角。

ぱっと見て、きれいだと思った。

ページの隅を軽く摘んでいた指は離され、いつの間にか図鑑を両手いっぱいでがっしりと掴んでいた。


見入った。


しかし、きれいだ、と思って眺めていた蝶の模様に、一瞬ではあったが、こわい、と思ってしまった。

そこから連鎖するように、他の全ての蝶たちの模様に一瞬で恐怖の念を抱く。模様だけではない。蝶の一匹一匹が、すべて同じ格好で羽を広げられ、整然と静止して並んでいる。今までの昆虫たちも、確かにそうだったはずだ。
しかしなぜだろうか。その時はそれを、特段異様だと感じた。
そのうち、見開きいっぱいの蝶たちがこちらをじろりと見つめていると錯覚して、ばたりと図鑑を閉じた。
それきり、昆虫図鑑は本棚の端っこから動けないままで、いつのまにか消えてしまった。


もちろん今日に至るまで、昆虫図鑑には触れていない。また、自然が豊かな土地に住んでいるわけではないので、それ以降、昆虫図鑑に出てきた昆虫たちを実際に見ることはほとんどない。今となっては大抵の虫が嫌いとなってしまった私にとっては、願ったり叶ったりなのたが。

しかし、モンシロチョウはよく見かける。よく家の庭先にひらひらと現れては、草花を渡り飛んで、目を離した隙にどこかへと消えて行く。と思ったら、再びふらりと現れてまたひらひらりと、実に楽しそうに舞っている。

特に、春のこの時期の晴れの日は、よくモンシロチョウがやって来る。今もまさにそうだ。モンシロチョウが、家の真ん前にある庭においでなすっていた。
春風に舞うのに飽きたのか、草っぱに乗り羽を休めるモンシロチョウを、興味本位で覗き込んだ。
春の陽気に浮かれて、昔日の幼心がぽっと芽吹いたのだ。

ぱたりと閉じられたまま、ゆらゆらと微妙に動く羽。派手とは言えない、素朴な白色。キャンバスに点を落としただけのようなかわいらしい模様。でもしっかり見てみると、かなり細かい特徴を持った、やっぱりちょっと神秘的かもしれない模様。


ただ、きれいだ、と思った。
こわい、とは思わなくなっていた。


幼い頃の自分が何を思って、異様に蝶を怖がったのかは分らない。もしかすると、私は成長するにつれて尊い感性を失ってしまったのかもしれない。それでも、私はモンシロチョウを、素直にきれいだ、と思った。
ただそれだけのことだが、何故か胸が暖かくなるような気がした。


まじまじと見ていると、休憩は終わったのか、モンシロチョウは飛び立った。

そしてまたさっきと同じように、気の赴くままに、ひらひらりと飛んでいった。

5/10/2024, 5:24:41 AM

車内にかかっている一昔前のバンドの曲
すれ違う車の風を切る音
どこかも知れない凡庸な街並み
小旅行の終わりを告げる夕陽
 
後部座席では母はきっと寝ていて
すぐ横では父がハンドルを握っていた

どこへ旅行へ行ったとて
帰路で見ていた風景は同じで
ぼやけて淡い輪郭線も
毎年そっくり変わらない

楽しい時間は去っていく
今年も夏が去っていく
去るものばかりの八月末で
子供ながらにさみしくなる

そして再び眼を閉じる
再び微睡むまでの一分間
ノスタルジックが詰め込まれた
忘れられないあの日の夕焼け