「…暑い」
いつからこの国はエアコンが効かない灼熱地獄になったんだろ?
ダルいし、推しの顔を見てから起きよう…
「…確かこの辺にあったはず」
自分の部屋だし、どこになにがあるかくらいわかってる。
「あった!!」
凌央くんの笑顔は、ここが灼熱地獄であることを忘れさせてくれる。
「なにか足りない…」
そうだ、やっぱり声を聞かせてもらわないと♪
枕元のスマホでもいいけど、大きい画面で見たいと思った私はタブレットを探す。
…あった…
凌央くんがおはようって話しかけてくる。
軽やかで澄んだ声は涼しい高原に私を連れて行ってくれるようだ。
「いつまでゴロゴロしてんの!早く自分の部屋片づけなさい!コレじゃゴミ屋敷でしょ」
「だって、いつまでも捨てられないんだもの!凌央くんのグッズは私の宝物なんだから」
今、私は失いかけてる。
遠くで誰かが声をかけているみたいだけど、
それはなにも意味をなさなかった。
目の前の壁はそれほど大きく立ち塞がっている。
…ここまでかな?
-いいじゃない、もう受け入れてしまえば-
誰かがそっと囁く。
…そうだね、そしたらもう楽になれるね
「思い出せ」
…え?
「まだ終わってない!今までやってきたことを思い出せ!」
-苦しいでしょ ラクになりなさいよ-
何かが私に向かって恐ろしい速度で向かってきた。
私の身体は勝手に反応して打ち返していた。
長年の特訓は私をラクにはしてくれない。
私の身体は思い出させてくれた。
この先どうなるかわからない。
でも私のこれまでのことを誇らしく思えるようになった。
昼間の賑やかで熱気に満ちていた海
今は暗く、空と水平線の境界も曖昧になってきた
昔から静かな海で泳ぐことが心地よかった
なにも邪魔するものがなく
私と水と空の境界が曖昧で
すっと溶けていきそうな感覚
このまま自分の輪郭も消えていく
それもいいかなと思っていた
「・・・」
なにかが私の意識を呼び覚ました
曖昧になった境界が急激に形を作り
現実に意識が引き戻された
「・・・誰?」
懐かしい匂い
私の声に応える者は無く、私は独りだった
私はこの世界に形を持ち続けないといけないと言われた気がした
不意に襲ってきた重さを感じながら、来た道を帰っていく
「お題-夜の海」