またね、という声に僕は引き留められた。
後ろへ振り向いた先、そこには誰もいなかった。
翌日の帰り道に僕は同じ声に引き留められた。その声はどこか聞き覚えがあるが思い出せない。
やはり振り返っても誰もおらず踏切だけが見えた。
踏切を通り過ぎ、後ろから声聞こえた
それはあの人のではなく、カンカンと鳴る踏切の声だった。
今日はあの女性の声が聞こえなかった。
今日は電車が通るのを待っていた。
止まって気付いたが踏切には花束が置かれていた。
それ以来、ワンピースの女性の声は聞こえなかった。
───あれ?
昔からチェスをするのが楽しかった。
自分でも変わった少し趣味だと思う。
別にチェスが強いわけではなく、ただただ趣味として楽しんでいた。
───だけど現実では趣味を共有する仲間がいなかった。
仲間、というと別にネットでもいいじゃないかと、嫌だったら知り合えばいいじゃないかと。
人見知りなのだ、僕は。
なんていうか、現実に趣味、夢のような時間を持って行きたくないのだ。
でも、現実を趣味の場とできないだろうか?
趣味という個性は僕の中でずっとしまっておこう。
熱い鼓動を抑えながら僕は日々を生きてゆく。
虹のはじまりを探しても、見つかることは決してない。
とても曖昧で限りある時間でしか現れないからだ。
人生の中の幸せも同じように感じる。
幸せのはじまりはあるが見えない。
まるでそれが当たり前にあるから。
曖昧、しかし確実に迫る時間。
虹のおわりも見えずとも幸せは消えた、それはわかる。
幸せは、はじまりすら探しても見つからないものだ。
だが雨の後、自分の目でしっかり、雨雲の向こうを見たなら、虹は見えるかもしれない。
※注意 「糞」という言葉が使われます。
ダチョウは飛べないのに翼はいるのだろうか?
「どうせ実現しないのに⋯⋯」
「カァー」
返事をするようにカラスが僕の頭上で鳴いた。
カラスが疑問に答えているように感じて空を見上げた。
返事が来た──上からの糞で。
「糞カラス!」
「カァー!」
カラスは怒ってどっか行ってしまったらしい。
ダチョウは空を飛べない。
だが、上から糞を落とすこともない。
それだけで少し納得できた。
隠された真実と同様、
その代わりの嘘も一つだけだ。
じゃないと、
それが嘘と見破られる。
嘘は都合がいい、
だが真実が知られるリスクある。
しかも、
用意できるのは一つだ。