僕を見つめる彼女の目にはどこか生気がなかった。
当たり前だろう。なぜならば彼女は僕が格安で買ったアンドロイドなのだから。
しかしながら彼女と違い現代で大抵のアンドロイドは不気味の谷(中途半端に人間を模した不気味さ)を超え、人間ともはや区別がつかないほどに容姿がそっくりだ。
ならば、なぜ彼女は無表情で不気味なのか? その答えは中古品だったから。
彼女が作られたのは20xx年。約二十年前だ。
それと彼女には奇妙なホルダーがあった。その名も「sweet memories」。甘美な記憶。
前の持ち主が作ったホルダーなのだろう。最終更新日は20xx年、5月、18日。アンドロイドが発明される前の日付だ。パソコンから転送したのだろうか?
20xx年、5月、18日
これで日記を書くのを終わりにする。
未練は残してはならないからだ。
色々書いてきたが結局は人は特別ではないのだろう。人間の頭脳はAIに先を越されつつある。私の予想だが、心もいずれかは獲得するだろう。
人の心というのは、何かを盲信することだと思う。
紙切れはお金に変貌し、自己満足は愛になり、自分にとって都合のいいことは善となり、そして熱意は当人にしかわからない勘違いである。
AIは盲信のような非合理的なことはしないがわざと間違うことはできる。そうやって心を手に入れる。
そうして人は特別ではなくなる。
この人は病んでるのだろうか?
そう思わせるほど熱狂的に書かれた机上の空論である。途中から頭に入って来なかった。
文章にはまだ続きがあった。
何もかもが新しいものに置き換わり、茶化されて消えてしまうのが私は怖かった。
「愛があれば何でもできる?」
ロバートは笑いを含んだ声で僕の言葉を復唱する。
それからひとしきり笑った後、右手で持った木製ジョッキを口元に上げ残りの酒をぐいっと飲み干した。
ドン、と空のジョッキと共に右手をテーブルに振り下ろす。
「もう二度と、そのしけたツラ見せに来んな」
僕は明日のうちにとある女性とどこか遠くの場所へ夜逃げする。駆け落ちというやつだ。そして二度とここには戻ってこない。友人のロバートともこれから会うことはないだろう。
酒場から出て夜風にあたった。麦が実る季節でまだそこまで外は暑くない。
酒場の前で突っ立っていると友人が扉から出てきた。
「まだいたのか」
「居ちゃ悪いかよ」
全然、と彼は笑いながら言う。
何故かはわからないが、今日は特によく笑う奴だ。
ロバートは僕から目を逸らして月を見ながら言う。
「俺は以前からお前がロマンスに脳を焼かれたバカだと知ってた。だが実際にお前を見てると想像以上に面白かった」
「喧嘩売ってんのか」
「バカ言え、俺はお前を応援してやってんだよ」
彼は僕をニヤニヤしながら睨みつけた。
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※注意 BLも愛に含まれるなら、ロバートも一緒に駆け落ちするかもしれない。
愛があればなんだったできるしね!
真夜中の1時。玄関のドアをそっと開ける。初めてこんな夜遅くに外に出た。
スーッと通り抜ける爽やかな夜風。胸が高鳴る。
快晴の今夜、星は比較的よく輝いている。だが隣にある電灯のほうがもっと輝いていた。こういうものを儚いというのだろうか?
星をしばらく観察していると流れ星が一筋、細線を描いた。願いも言わず僕はぼーっと流れ星を見送ってしまった。
叶えたい夢もなりたい理想像も僕にはなかったからだ。強いて言うなら何か誇れることを成し遂げたい。何者かになりたい。要は夢と理想像を手に入れたい。
流れ星に願いを叶えてもらうのなら僕に情熱を与えてほしい。真夜中の儚い星が電灯にも負けず強く光る夢。
雲の上に浮かぶ飛行船。歯車と一緒にやかましく船尾ではプロペラが回っている。
俺はあくびをしながら夜空をながめる。
「酒飲みてー」
飲みたいっすね、と操縦士が反応する。「最近稼ぎが悪いのでここらで一攫千金としたい」
「ギャンブルで一稼ぎするか」俺は自信満々に言う。
「あんた運悪いじゃないすか」僕もだけど、と付け加えられる。
イカサマすれば勝算はあると言い返しはしなかった。堅気のこいつには怒られそうだ。
「近くに倒したら金になるドラゴンとかいないの」と俺は言う。
「本業そっちですもんねー」
最近ドラゴンは滅多に見かけなくなった。何故かはわからん。これが嵐の前の静けさだったら、急にドラゴンが大量出没し仕事が増えて嬉しいのだが。
星空の下で酒を飲む日が恋しい。
「今日ってエイプリルフールじゃん?」友人が一緒に歩きながら言う。「だからさ、なんか面白い嘘ない?」
「ふっ、ちょうど面白い嘘を言いたかったところなんだ」キザっぽく言ってみた。髪をかき上げながら。
「つまり面倒くさいと」