『現実逃避』
世の中には理不尽な事が沢山あって、
どうしようもない事態と意図せずに出会してしまう事もあるだろう
そんな時、逃げるという選択は決して恥では無いし、
遥か未来、己の軌跡を振り返った時に勇気ある決断だった、と
讃えられる行いだったと胸を張って言えるだろう
故に、今この瞬間は愚かしくも見えるかもしれない
この行いも決して間違いではないのだ……
「--言いたい事はそれで全部か」
突き刺さるのは氷点下の如き、鋭く冷やかな視線
呆れも、怒りも、悲しみも、その表情には何一つとして存在しない
ただただ、今ある事実を直視する君の姿があった
凛とした姿に思わず、背筋がピンと伸びる
君の艶やかな唇から言葉が告げられるまでのわずか一瞬、
それすら永劫のように感じる
罪を裁く裁判官のように、君の言葉が無慈悲に放たようとしていた
『今日にさよなら』改
電波時計が無慈悲に時を刻む
時刻は23時57分、音も無く一秒一秒が通り過ぎて行く
せっかくの休日だったというのに結局何一つ出来ちゃいない
怠惰という罪を重ね、また一日を浪費してしまった
今日こそは出掛けようと決めていたのに
仕事の合間を縫って考えた計画も、
ようやく紙袋から出してきた真新しい衣類も、
その苦労は全て泡沫へと消え果てる
どうして自分は駄目なんだと自責の念に駆られる一方で、
やっぱりこうなるのかと何処か諦めたような感覚が確かに存在した
いつの日からか日が終わるその刹那に、
この意味も無い自問自答にすら成り得ない懺悔を行っている
ぐるぐると渦を巻く思考の海に捕らわれて、思わず溜め息を溢す
気が付けば時刻は0時を回ろうとしていた
何も成さず、何も出来ず、
ただただ流されただけの今日が終わろうとしている
明日もこうなるのか、はたまた次こそは抗う事が出来るのか、
自身しか知らないその答えをまだ見ぬ明日に託し、
静かに瞼を閉じた
『誰よりも』
君の事は誰よりも知っている自信があるよ
例えば朝食は必ずバタートーストと
砂糖のたっぷり入ったコーヒーを2杯飲むとか
右利きだけど昔左利きから矯正した名残で
たまーに左手でペンを取ってしまって嘆息してる事とか
君の好きなものも、勿論嫌いなものも全部全部全部
君すら気付いていないような些細な癖まで
そして、君は私のことなんて全く知らないってことも
『伝えたい』
感情というものは単調に見えて存外複雑なものだ
何故その感情に至ったのか
その道筋は当人以外に分かる訳がないし、
仮に理解出来たとして当人以外が同じ道筋を辿れるとも限らない
感じ方、受け取り方は厄介な事に人の数だけあるのだから
以心伝心、など夢のまた夢
長年連れ添った君の事すら分かった様でいて
まだまだ分からないことだらけ
なのにそれより付き合いが浅い他人の事など分かるものか
理解しろ? 察しろ? ならばまず伝える努力をすれば良い
他力本願で事を成そうなんぞ甘過ぎて反吐が出る
故に私は君に対するこの感情を包み隠さず伝えたい
言葉にするということも同じくらい、
いやそれ以上に難しいかもしれないが、君が自分で考えるよりは
まだ真意が伝わるはずだと己に言い聞かせて
腕を引き、君の耳元でそっと囁く
今の、今だけの、私の気持ち、その高ぶる感情を
『スマイル』
昔から笑うという事が苦手だった
ほぼ判別が付かない集合写真は兎も角として、
身内の祝い事や数少ない友人との写真を撮る時など
毎年幾らか訪れる恒例行事が億劫になる程に
愛嬌があるように見えるだとか
明るく見えるとかそんな事はどうだって良くて
楽しくもないのに笑う事が出来る
他人の心理というものが私にはまるで理解出来なかった
可愛げが無いとか、ひねくれてるとか
そんな言葉は聞き飽きるほど告げられたけれど、
私からすれば本心と表情が一致しない皆の方がよっぽど
ひねくれてるし、可愛げどころか恐ろしいとすら思うのだ