泣かないよ
『大丈夫?』
友人からのLINEがピコンと光る。
『大丈夫だよ。』
『しんどくない?』
『しんどくないよ、大丈夫。』
大丈夫、大丈夫。そう、自分に言い聞かせるように返事を返す。
彼の笑顔を思い出して、彼の声を思い出して、胸が張り裂けそうになる。
それでも、大丈夫。大丈夫。
大丈夫。
泣かないよ。
そう、言い聞かせながら、私はカミソリを手にしていた。
怖がり
私が怖いもの。
暗い廊下。
夜の学校。
虫。
大きな音。
眩しすぎる光。
眠れない夜。
少し離れたところから聞こえる笑い声。
人の目。
自分のことを話すこと。
泣いた顔を見られること。
怖いといつも怯えてることを、知られること。
だから、私は仮面を付ける。
どんな時だって、笑ってみせる。その場に合った表情で微笑む。
いちばん怖いのは仮面に気づかれた時なのかもしれない。
ひなまつり
『あかりをつけましょ ぼんぼりに』
私は帰ってきた暗い部屋の電気をつける。
『お花をあげましょ 桃の花』
写真に手を合わせて、私はさっき買ってきた花を隣に置いた。
『五人囃子の 笛太鼓』
何もない空間を、ただただ見つめる。
かつてはそこに、毎年のように五人囃子まで出ていた雛人形は、ここにない。
いつも嬉しそうに飾ってたあの人が、亡くなってから、毎年ここを見つめてしまう。
たった1つの希望
「ありがとう。」
授業の度に提出物の回収で、毎回そう言いながら渡してくる彼は、私が好きな人だ。
クラスの中心で辺りを照らすような笑顔の持ち主で、教室の隅で集まる私と違って、眩しい太陽のようだ。
共通点の無さそうな私たちだけど、彼とは幼なじみで、昔はよく公園とかで一緒に遊んでいた。
他の人が回収する時はただ渡すだけの彼は、私が集める時必ずありがとうと言ってくれる。
成長するにつれて会話の無くなった私には、ありがとうと言う彼。
自惚れていいだろうか。
私だけは、特別なのだと。
この気持ちが叶うと、信じていいだろうか。
君は今
“君は今なにしてるの?”
頭の中で声が聞こえてくる。
「勉強してる。もうすぐ期末試験だから。」
“そっか、中学生だもんね。”
“君は今なにしてるの?”
また頭の中で声が聞こえてくる。
「部活してるよ。」
“そっか、部活動楽しそうだね。”
“君は今なにしてるの?”
また頭の中で声が聞こえてくる。
「大学の入試の結果発表待ち。」
“そっか、大学生になるんだ。大きくなったね。”
“君は今なにしてるの?”
頭の中で声が聞こえてくる。今日は、少し苛立っているようだ。
「20歳になったから、お酒を飲むんだよ。」
“そっか。”
頭の中の声は、いつものようにそう言った。
その後、
“ずるいね、私は小学生で時間が止まったのに。君は大人になったんだ。楽しかったでしょ、色んな経験したでしょ。お酒の味はおいしい?ずるい、ずるいね。いいなぁ、うらやましいなぁ。”
次々に私を責め立てる声が聞こえてくる。
“ねぇ、なんで私が死んで君が生きてるの?”
私は開けようとした缶チューハイから手を離す。
“代わりに死んでくれたら良かったのに。”
あの子はそんな事言わない。だからこれは私の幻聴でしかない。残された罪悪感から生まれた虚像だ。
それを分かっていながら、この歳までこの幻と生きてきた。
「....私が、死にたかったよ。」
せっかく買った缶チューハイは開けられることなく冷蔵庫へ戻されていた。