彼はいつも柚の香りのコロンをつけていた。香水は苦手だったが、彼の香りは心が落ち着いた。
幸せだった。2人で飲み歩いて、終電逃してホテルに入っても、指一本触れなかった。他の誰にも言えない話も、彼にならできた。家族のことも彼にしか話したことはない。男とか女とかそんなこと関係なく、ただただ親友だと思っていた。
「彼女ができたからもう会えない」
分かってる。本人は恋愛感情はないと思っていたとしても、彼氏が異性と2人で飲んでいたら嫌なことなんて。親友なんて都合のいい言い訳にしか聞こえないことなんて。
あれから、彼の代わりなんか見つからない。ゆずは嫌いだ。
街はイルミネーションで輝き、手をつなぎ寄り添うカップル、友達と写真を撮り笑い合う女の子。私は一人で帰路に着く。冷たい風が痛く、マフラーに顔を埋め、縮こまって歩く。この季節は特に1人が痛い。
そろそろ雪が積もりだす。スキー場の開く季節。雪山の小さな宿が私の実家。少しずつスキー好きが集まりだす。特にうちの小さな宿にはスキー部の大学生が特に多い。ちょこちょこと両親の手伝いをしているとなんとなく顔も覚えてくる。
高校から帰るとすでに客が来ていた。
「あ、今年もよろしくね!」
大きな荷物を抱えて手続きをしている青年が振り返った。今年で4年目、大学1年生から毎年来てくれている。
「また来たんですね」
興味のないふりをする。本心はどうせバレている。
「じゃあ夜ご飯楽しみにしてるね」
ひらひらと手を振って部屋に消えていく。彼女がいるのは知っている。冬の間だけは私のもので。
金曜日の夜、仕事終わりに幼馴染と居酒屋に行く。
「聞いてよ!上司がね――」
「うわ、うちのも――」
延々と愚痴をこぼしあう。生産性など欠片もないこの時間が唯一の楽しみだった。
「あ、俺、結婚するんだ」
「えっ!おめでとう!」
それから金曜日の夜の飲み会はなくなった。夫婦に迷惑をかけるわけにもいかない。友達とはいえ男女2人で酒を飲むなどどう思われるかは容易に想像がつく。
誰と飲みに行っても、あんなくだらない話が出来る相手は他にいない。性別が違うせいで2人で酒飲むこともできなくなるんだな。
身体が冷えてきた。布団に包まっても寒くて仕方ない。独りが好きなはずなのに、弱ると孤独を自覚する。いくつになっても弱い。私は弱い。