『誰もがみんな』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
オリンピック、観てます❕
瞬発力、持久力、メンタル力
何かを我慢して磨きあげて…
この場に立てているんだよね~
誰もがみんな
女神に微笑んで貰えるといいんだけど〰️〰️〰️〰️🙌
誰もがみんな
君みたいに優れてる訳じゃないこと
そろそろ気づいた方がいいよ
でも、
ひとつだけ、
ボクは君に勝っていることがあるんだ
それはね、
"寿命の短さ"だよ
ああ、もう少し君が輝く姿...
見てみたかったなぁ......
【お題:誰もがみんな】
誰もがみんな、彼に助けられて、
誰もがみんな、彼に救われて、
誰もがみんな、彼を好きになっていく。
ただ彼の気を引きたくて演じた天邪鬼は、今や私を形容する言葉に他ならない。
ああ、随分遠い所まで来てしまった、目に入る何もかもを巻き込んできた喧嘩だったけど、今日で終わり。
負けてありがとうって言って、一生の思い出になってやろう。
誰もがみんな
町を歩けばカップルで歩く人がいる。友達数人のグループで笑い話をしながら歩く人たちもいる。誰かと電話をしながら足早に行く人もいれば、一人でのんびりと音楽を聴きながら歩く人がいる。そこには優劣や惨めさを感じとることはない。でも、心のなかには寂しさや怒り、脆く崩れそうな感情が震えながらでもあるのかもしれない。私は寒空の下、一人佇んでいるとそう思うことがある。孤独に冷えきり、幽かな灯りで暖をとるように生きる現代では、一人を強く感じることが多いだろう。だけど誰も一人ではない。誰もがみんな誰かに愛され、誰かに必要とされるときが来るのだろうから。
友達や家族、恋人ほかにも言葉で表せない関係性でもきっといつか、あなたは誰かの必要不可欠な存在になる。もしくは、誰かを必要不可欠な存在とするかも。そう思えば、寂しさで世界に溶けていきそうな夜でも、少しの灯りで自分の輪郭を取り戻せるから。
・・·・・· 誰もがみんな ・・ ·・・·・・ · ·・・·・・·・・·・・ · ・・·・・·・・·・・
·・・·・・·・・·・・·・・· ・ Je suis en train d'écrire. ・·・・· ·・・·・・·・・・・·
誰もがみんなって難しいなと思う。
現にテレビを喜んで見ているのは子供たちと母だけで、父は不機嫌な顔をしてスマホでYouTubeを見ている。
今流れている番組が気に入らないのだ。
これが逆になることもある。
父だけが喜んでテレビを見て、残りのメンバーはテレビに見向きもせず、各々好き勝手SNSをしたり本を読んだりしている。
同じリビングにいるのに。
家族の中ですらこれなのだ。
誰もがみんな納得するというのは、本当に難しいことなのだろう。
ただわが家の場合は、問題は別のところにありそうだが。
お題『誰もがみんな』
誰もがみんな
この世界は多様性だ。
誰もがみんな個性を持ってる。
そんな多様性で、誰もがみんなのびのびいられる世界が幸せ。
そんな世界になりますように
金銀財宝を舟に乗せ旅立った浜まで帰ってきた。
そこで待っていたのは浜の近くの住民達。
誰もがみんな「これは俺のだ」「これは私のよ」と群がってくる。
鬼より怖いが鬼と違って切る訳にもいかない。
(誰もがみんな)
桃太郎のオマージュ、人間の方が怖い時もあるのよ。
私はだーれ?
備蓄する
費用はどこに
ありますか?
日々の食糧で
精一杯
《誰もがみんな》
あの子はみんなにチヤホヤされてて羨ましい
あの人はいつも笑顔で羨ましい
あの人は仕事が早くて羨ましい
あの人は気配りが出来て羨ましい
あの子は盛り上げ上手で羨ましい
あの子は気持ちを素直に出せて羨ましい
あの人は友達が多くて羨ましい
あの人は……あの子は……
誰もがみんな
誰かのないものねだり
〖誰もがみんな〗
「いいですかみなさん。誰もがみんな、幸せになれる権利を持って生まれてくるんです。"誰もが"です。」
社会科の先生が人権学習をする時は、毎年この言葉から始めていたのをはっきりと覚えています。
「私もそうだし、このクラスにいるみなさんも、ご家族の方も全員です。生まれた瞬間からついてくる権利なんです」
年に一度しかない人権学習の時間。短い時間の中で何をいちばん伝えるべきか。この日のためにたくさん準備をしてくれていたに違いないといつも以上に熱い思いを感じる人権学習の時間が好きでした。
このお題のおかげで思い出せた記憶です。
社会科に、生徒にとてもまっすぐで尊敬できる先生でした。
X(旧Twitter) @Amoon_3k
平等にアンフェアな種が胸にある あなたはどんなツラさが咲いた?
題-誰もがみんな
#誰もがみんな
みんな、生きてる。
必死に、色んなものを背負いながら。
時に、羽を休めながら。
でも、たまに、突っ走ることがある。
少しくらい、休んだっていいんじゃない。
誰もがみんな、休息なしに、生きれるわけじゃない。
だったら、少し休みなね。
◇ 誰もがみんな ◇
画面越しにうつる表情。
┌ ┐
自分の理想や想いを
写真や文字に託して
└ ┘
操作ひとつで投稿、拡散。
〈批判憶測罵詈雑言が責め立てる〉
(好評、笑顔、思いやり
全てがゆらりと人を繋いでいく)
こんなにも違うの、
誰もがみんな人なのに。
「誰もがみんな」
ふと疑問に思うことがある
私たちはみな平等で平和な世界を望んでいるはずなのに
私たちは皆、生まれたときから平等ではない。
永遠に平和だという保障もない。
でも、どうして?
私たちはみんなこの地球に生まれ育った
家族なのに。大きな大きな家族なのに。
みんなこの命が限りあるものだと知っているのに
地球もまた限りある命だとわかっているのに
今も尚、この世は不平等で満ちている。
それでも、みんな生きている。
きっと誰もがみんな感じてる。
この世界の天秤に。
私たちの審判は、誰なのだろう。
【誰もがみんな】
生まれるのも、ひとり
死ぬのも、ひとり
それだけが、等しく訪れる
私の恋人はお医者さんです。
この都市に来たのは私と変わらない頃って言ってました。
少しずつ人々に頼られる優しいお医者さんになっていって、私は少し誇らしい。
誇らしいけどプレッシャーもある。
彼に想いを寄せた人たちもいたらしい。
でも彼が選んでくれたのは私だから、彼が自慢できる彼女でありたい。
仕事は優先だけど、彼のことを考える時は彼を優先にしたいんだ。
なんでも言うこときくみたいな話じゃなくて、誰よりも彼を大切にしたい。
彼がゆっくり休める場所を作るんだ。
もちろん、一緒に。
おわり
六三五、誰もがみんな
誰もがみんな
ほんとうのさいわいを
見てみたいのだと
そう
神に祈ってみた
それは軋轢から生まれた
小さな反抗だった
さいわいを信じるなら
私は此処に居ない方が良い
それが真実だと
思ったからだ
限界まで注がれた神への
アンビバレンスにも近い
歪な愛だけが
渇きを感じるスパイスだった
"誰もがみんな"
今私が書いているのは20時なのでこう挨拶させて頂きます。
こんばんは
お題とマッチするかは分かりませんが、何を書きたいかは決まっています。
ですがどう書くかは決まっていません。
ずっと長い間、頭の中だけで練り込んできたお話しなので言語化が難しく悩んでいます。
ですが、書かなきゃ始まるものも始まらない
書いてみようと思います。
ふと、自分の腕を眺めてみてこう思う。
「この腕が私から外れた時、その名称は"私の腕"となる」
脚でも同じことが言える
髪でも目でも耳でも鼻でも、なんでも"私の"が先に付くのだ
では、それらの所有主である"私"は一体どこにいる?
私の全てをバラバラにした時に"私の"ではない部分が無いのではないだろうか
…取り敢えずバラバラになった私を戻してみよう
全てが揃っている状態が"私"であるのかもしれない
でもこう考えられる。
腕が取れた私は全てが揃っているとは言えない。
では何かが欠けた時に私は私では無くなる。とも言えない。
どんどんどんどん"私"から"私の"を取り除いてみると
"私の頭"を取ってみたところで私がいなくなったのを感じた
動かぬ体、動かぬ頭
私はどこにもいなくなった。
では、体が動いていたらどうなるのか
それは奇しくも私と呼ばれるかもしれない
私の自我が、私を私たらしめている部分なのか
寝ている私は、自我を持っているとは言えないかもしれない
寝ている私は、私でないとは言えない。
こんなに考えてもなかなか自分が納得する答えに辿り着けず、もやもやする。
では心か。何かを考えて、何かを感じる
そして、何かを表現する心が自分自身であると言っても過言ではないかもしれない
では、心はどこにある?
胸の辺りに手を当ててみるが、そこに心などというものは存在しない。それでは脳味噌の中にあるのかと思うけれど勿論そこにも存在はしていない。
自我もそうだが概念を自分自身というには頼りなさすぎる気がする。
けれど、人はそうなのかもしれない。
そんな不完全で危うい存在が人というものなのかもしれない
誰もがみんな、そこに存在していて
そこに存在していない。
稚拙な文を長々と失礼しました。
自分自身は心であるという結論に納得いっていません
私は頭がいいわけではないので考えれば考えるほどよく分からなくなっていきますが、確かに存在はしているのだろうと思います。
皆様がどう思っているのか、どこかで知ることができたら
とても嬉しく思います。
「誰もがみんな』
誰もがみんな、、、に続く言葉なんてなくないか?