『花咲いて』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
お題「花咲いて」
花を育てるのは苦手
けれど見るのは好き
誰かが大切に育てた花々を
こっそり愛でる散歩道
昨日膨らんでいた蕾が
今朝咲いている姿に喜んで
勝手に季節を感じてる
お題《花咲いて》
いつか、この物語にも終焉が来るのだろうか。
光の世界で、咲くことはできなかった。
夜の世界で。ずっとずっとひとりきり、永遠に訪れることのない朝を待つの。
そんなことすら幸せの悪夢なのだ。
花咲いて───
花が咲く様子を見る。
少しずつ時間をかけ、咲き始める。
凄く綺麗だ、生命の神秘とはこの事だろうか。
【花咲いて】
花咲いて枯れてしまうなんか、そんな曲。その曲が忘れられずにいた。無駄に頭に残るから。タイトルとかはパッと出てこないけど便利だと思う、歌詞うちゃ出てくるんだから。
「その曲聞いてんの?」
「ん。」
まだ3日目。朝にずっと聞いてるだけ。曲のストーリー的にはきっと報われていないものだと思う。でも、なんとなく。ぐるぐるとする。俺がこの曲を初めて聞いたのは数ヶ月前。ループし始めたのは3日前。花が咲いて枯れてって幸せになれないような曲。きっと今日も昨日と同じような日になるんだ。帰ってきて夜寝ればまた明日の朝。ずっと忘れられない曲がある。
「その曲聞いてんの?」
花が咲いたのに雨が降るとその花の印象が壊れる
だけど雨の後には虹が空いっぱいに広がっていた
だから、いやな事の後には幸せなことが待っている
花咲いて幸せの雨
花咲いて
願いなのか
結果なのか
ただぼやいていても仕方ないね
ぼやくのも悪くはないけど
花が咲いても
種に成らないと
繋がっていけない
栄えれない
種から咲く事が出来た花は
色々とあるとは思う
それでも咲いたから
それがどんな花だろうと
やがて枯れてしまうだろうね
いくつか続きが浮かぶけど
どれもイマイチだから
ここまでにしとくとしようと思う
無理に続ける必要なんてない
続きが書ける時に書いてしまえばいい
それがいまではないだけだよ
人には才能がある奴とない奴がいる。
僕は他の人よりも少し得意なだけであって、
才能があるわけではない。
僕はその才能が欲しくて努力した。
勉強、音楽、絵など色々試したが、開花しなかった。
僕にはいつ、その日が来るのだろうか。
お題 花咲いて
『花咲いて』
貴方への恋が芽生えて
少しずつ育てて
花が咲いた。
花が咲いて、最後は枯れる。
花咲いて 闇より深く 焦がす空
地元では花火大会が行われました。家のすぐ目の前というレベルの近さだったので圧巻でした。
呑みながら見たかった…
仕事をしていると
何かひとつでも
自分でやり遂げたくなって
テーマを与えてもらえると
俄然頑張るわけで
調べて聞いて理解して
そこからアイデア出して形にして
そんな時はバリバリやる気になって
この歳になって
一花咲かせよう迄は有りませんが
やっぱり会社の利益にしたいと
奮闘しています
ポンコツだけれど
役に立て!
映画
気づけば全く興味のない安っぽい映画がテレビに映し出されていた。この場にいる誰かがつけるともなくつけたものだろう。この静寂を打ち壊すためだけに流されている映像だ。私達はこの世に溢れかえっているありふれた吹替映画を使って静寂や暇という隙間を埋めることに必死だった。
花が好きだ。
生き生きと咲き誇る姿も
飾られたドライフラワーも
ラッピングされた花束も
栞になった押し花も
それぞれ形は違っても、美しいものは美しいのさ。
■花咲いて
いつかまたきっと花咲くよ、と。芽吹くともわからぬ種の力を信じてる。昨日も今日も、たぶん、明日も
花は咲き、少々暑い季節に差し掛かった頃、僕たちの思い出作りに拍車がかかる。この決して長いとは言えない3年間を特別な思い出で埋め尽くしたいから。暑ささえも忘れ、大勢で騒いだ花火や、夜中に忍び込む学校の屋上。学校の放課後に涼むために寄る本屋とか。僕たちが平然と何も考えずに生きていたその時間が青春なのだ。青春とは少しずつ大人になっていく為の心の拠り所なのではないだろうか。来年過去を振り返って、戻りたくあるような思い出になるかもしれない今日を僕たちは必死に全力で生きるしかないのだ。命の花が枯れるまで。
花咲いて
花咲いて、綺麗になった私を、
誰かがきっと咲い(わらい)ものにするのでしょうね
今日のテーマは“花咲いて”と来た。
この次の文を考えろ。そういう事なのか。
さあ、今日は“花”について少し喋ってみようか。
この投稿を見てくれた貴方は花と言えば何を思い浮かべるのだろう。
私はあまり花を好かない。
理由は簡単。
匂いが苦手なのだ。
私は3月8日生まれだ。
調べて頂ければ幸いだが、
この日は国際女性デーという。
ミモザという黄色い花が飾られる日なのだ。
私は花を好かない理由はこれだ。
誕生日が近くなると決まって母はミモザのリースやミモザを入れた花瓶をところ構わず置く。
ミモザという花の匂いがどうも好きになれない。
匂いというものは意識せずとも香り、季節を感じるものだ。
そして皮肉なことに、私の母は花が好きで庭や家中に花をあしらっている。
私の部屋だけが何も無い世界。
庭から始まり玄関前にリースを作ったり玄関入ってすぐには毎月通ってるフラワーアレンジメントの作品飾ったり…
至る所に花は咲いてる。
話を変えてしまって申し訳ないが、
夏といえば花火が風物詩なところあるだろう。
何も“花”と言われて植物に固執しなくていい気がした。
花火は好きだろうか。
私は打ち上げ花火は割と苦手だ。
音が大きいのが苦手だ。
線香花火は儚く刹那的で良い。
“花咲いて 映るその火は 儚げに 散りゆく時は 夏の空しさ ”
現代文は苦手だ。
『花が咲かなくても』
茜さすアパート 板チョコレートを一口ほおばって 歩いていたらグラナダの雨 ほおを伝った 休暇が取れたら小旅行に行こう 友人を誘って 滅多に言わない他人の悪口 この時ばかりは言ってしまおう わざわざ綺麗な花を咲かせなくてもいいじゃないか 人並みでいい それなりでいい
『花咲いて』
ヨルガオって花、知っていますか?
夜にしか咲かない花。
儚く切ない。でも美しい。
もし花に役割があるのなら
彼らはきっと
暗闇という孤独から救う。
救世主のような。
そんな気がする。
小さいながらも凛とした、
精一杯生きるその姿に力を貰っている。
『花咲いて』
優しい春風が頬を撫でる
いつか出逢える愛しいあなた
わたしは胸を踊らせながら
桜の木のアーチをくぐった
花咲いて、種撒いて、また花咲いて、
アスファルトに咲く、黄色い花。
小学校の頃、先生は逞しさの象徴としてこの花を例えに挙げていた。
子供心にもこんな場所で孤独に咲けるのかと思い、とても感心したものだが、
花からするとアスファルトの下にある地面は案外、居心地の良い場所らしい。
その事実を知った時、植物とは本当に逞しい生き物だと、
心の底から感心したものだ。