『新年』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
あかりちゃんに簡単なお手紙!
字は汚いので文で!
同じ言葉出てくるかもやけどおおめに🫶🏻️︎💞
長いのでゆっくり見てな!
あかりへ!
いつもお世話になってます!
あかりには数えきられへんほど2024はお世話になってるかもな~w
ゆうはホンマにどっかで選択肢間違えるけどあかりがズバズバ言ってくれるから気づけてちゃんと直せる
さっきも言うたけどあかりに優しくすんのは
ゆうが甘えたいあかりに辛くなってほしくない
ちゃんと味方がおるよって伝えたいからやねんw
ゆうはそれを言葉にすんのが苦手なタイプやからさ
こーやって手紙とかが多くなるかもしぃひん!ww
その時は暖かく受け止めてねん🫶🏻
ゆうはさまじ中学入ってから人間関係わからんかってん
半分ぐらいが違う小学校からきてるからさ
馴染めるかな~って
けど一時期狂ったように学校から帰ったらあかりと電話チャットとかあかりと話しまくってやん?ww
あかりと仲良くなれて良かったってその時改めて思ったわwあかりはほんま誰よりも頑張ってる
推しに対しての愛も人に対しての接し方も
ゆうに対しての接し方もよくわかっとるよ
ゆうはすぐ嘘とか言ってまうからあかりみたいな
人がおってくれるってほんま助かるよ
あかりはひとりじゃない
ゆうもみんなおるから
相談だってのるしわがまま聞いたる
遠慮せずなんでも言ってこい!w
まぁゆうができる範囲やけどw
これからあかりのことたっくさん頼るかもしぃひん
そんときはよろしくやで~!
じゃこれ以上長くてもあかりが読むの疲れるだけやから
終わるか!とにかくあかりは1人じゃないからな!
ゆうより!
二〇二五年になりました。
なんだか今年中になんらかの外的要因で死する運命にある気がします。
大勢の人が死ぬ予感がしています。
それが外れてくれたらうれしいが、ともかく自分はもう少し未来を考えた生き方をせねばなるまいとも思います。
それでもふとしたことで死んでは意味がない。
しかしいつ死ぬかはだれにも分からない。
とりあえずは元旦を生き延びたことを祝うことにします。
あ、あけましておめでとうございます。
あけましておめでとうございます
しばらくお休みしてましたが。
再度書きにきたいと思います。
なかなかおだい通りに文章を記すのは難易度高く
うまく書けないこともありますが
ハートがついてて嬉しかったりします。
わたしも皆さんの投稿ちゃんと読んでいこうと思ってます。
どうかこの新年もよろしくお願い致します
昔から、年を越す瞬間が嫌いだった。
その1年を振り返って、何も変われていない自分自身が
浮き彫りにされる。それを自覚しなければいけないのは
苦痛だった。
また死ぬことができなかったと絶望して、新しい1年が
始まってしまったことに絶望して。
今回もそうなると思っていた。思っていたのに。
日付が変わった瞬間、着信があった。
「ハッピーニューイヤー」
明るくて、思わず笑みが溢れるような声が耳に届く。
話しているうちに、気づいたら笑っていた。
救われた。
未だに人を好きになることは怖いし、避けられるのなら
避けていたい。
死にたがりの人間が、誰かと一緒にいることを望んでは
いけないのに。
でも、無理だと思った。無理にしたくなった。
今までの自分を否定することになっても、よかった。
これから少しずつ恩返しがしたい。
恩返しがしたいから、できるまでは生きていたい。
そしていつか、直接ありがとうを伝えられればいいな。
年が明けた。
色々な事が初めましてになった。
見慣れた全部が僕を待っている。
新年。
新年あけましておめでとうございます。
今年も
ここでたくさんの
人と
巡り逢いたいですね。
新年明けましておめでとうございます
今年もよろしくお願いします。
ハーデンベルギア
あけましておめでとうございます。
良い一年になりますように。
楽しい一年になりますように。
「新年」
新年
皆様…
明けましておめでとう
ございます
巳年
今年は…
ミステリアスで
ゆっくり…じっくり…
そして
こわいので…
これ以上は言えません
でも…
不言実行
今年も、曖昧に…分かる人は
分かると信じてやっていけたら
とおもいます
少数派の皆さま、
いつもありがとう
ございます
ことしもよろしくおねがい
します
年末。雪見障子の桟の影、縁側に並ぶ緑。底に粉が残る緑茶とズシリと重たいお布団。そこかしこから田舎のにおい。わだかまりはそのままに、お日さまの温みに溶け出すように、とろりと眠る12時半。
手土産の芋羊羹をつつきながら、ちょっと入り難いこたつに足を伸ばす。
女の子はお家のことができんと困るんだで…おばあちゃん今は時代が変わったんよ……そうかいねえ…あと私はお家のことできるからね…嘘だがなぁ…なあに根拠に嘘なんて言うん?もぉ……
毎年変わらないこのやりとりに、めんどくささすら消え失せて、パターンとして受け入れるようになった。いつのまにか平坦になった自分も、相変わらず昔を生きる祖母も、今はなんだか愛せるのだ。
年始。もう1人の祖母に会いに行く。コーヒーの匂いが染みついたポット、ペットボトルカバーにしまわれたリモコン。牛乳パックの口を挟むクリップ、白黒小さな犬たちのしっぽ。朝日の近づく紺の空、だらりと喋ればもう4時半。
昼のワイドショーと夕方の刑事ドラマは少しざわつく。今日は特番だらけで、面白くもないんだけど、それでいい。それがいい。
大小ばらついたみかんを軽く握って、やわこいものから剥いて食べる。昔は避けてたピーナッツが、今やメインの柿ピー。何も強制されず、無為に過ごせたこの部屋に、なんども救われたこと。
年々小さくなる祖母たちの肩が、寂しくて寂しくて
ずっとずっと、愛おしい。
また、近いうちに会いに行くね。
「新年」
→短編・名作探訪 第7回
〜『歳月製紙』の『新雪』〜
新年を迎え、書き初めに筆を起こす。
今年の抱負や新しい年への寿言、若しくは縁起の良い言葉、これと決めた言葉を半紙を前にイメージする。
さて、墨を吸わせた筆を躍らせるのに、『歳月製紙』の半紙『新雪』はいかがだろうか?
新雪をもたらす雲から繊維を抜き出し、紙漉きには午前0時の湧き水のみを使用した半紙は、柔らかな手触りと筆を少し沈ませる書味が特徴である。
未踏破のまっさらな雪原の第一歩を想起させる『新雪』は、書き初めに程よい緊張感と清々しさを提供してくれるだろう。
テーマ; 新年
ゴルフで年末115
108目標
できれば年内に100 切りたい
「次会うのは新年かな〜?」
そう君は笑っていた。
お互い忙しくて、それでもこのなんとも生ぬるい関係を続けていたくてそう約束した。
はずだったのに。
その約束は叶わなかった。
何度も悔いた。
それでも、どうすることも出来なかった。
溢れる涙を拭っても、止めることは出来ない。
毎年この時期になると思い出す約束に、何度胸を痛めたか。
こんなことになるのなら、君にちゃんと想いを伝えたかった。
「好きだよ」
そう告げる声はもう君に届かない。
「ごめんね」
どうか君のこれからの人生が、素敵なものでありますように。
僕の手では拭うことが出来ない涙は、朝日に輝きキラキラとしてそれはそれは眩しかった。
新年、あけましておめでとうございます。
私は、今年勉学に励みたいと思います。勉強は、なかなかはかどらず、好きなこと…例えば、このようにお話をすることや書くことをしてしまいます。だから、しっかりとメリハリをつけ、勉強に取り組んでいきたいです。
努力って言葉が、私はものすごく嫌いです。毎日コツコツとかめんどくさいし、好きなことやってダラダラしていたいです。でも、大人はそんなの許してくれずに、『努力しないと夢は叶わない』『目標を達成できない』『自分の力にならない』といいます。簡単に努力ができるなら、いくらだって努力します。でも、簡単なんかじゃない。勉強したって、結果に出るのは早くても3、4ヶ月先のことで、勉強をしてもしてもやり方が悪ければ、時間は長くかかって、無駄な時間が増えます。なのに、大人は『努力が足りない』『もっと効率よく』『自分に甘すぎる』と言ってきます。それが、大人なりの優しさであることはわかっているけど、やはり苛立ってしまいます。それでも、努力しないと先へは進めないということはわかっているので私は上に書いたとおり、『メリハリをつけ、勉強に取り組む』ことを目標にしたいと思います。
皆さんは、今年の目標をお持ちですか?
2025年始まった。
毎年のことだけど。
年始のエンジンは誰よりも馬力を搭載してるのに、すぐ燃費が悪くなりやがてエンスト起こしてしまう。
なので今年こそ、やりたいことリストを書いてみる。
そして、馬力に合わせた燃費で2025年をゆっくり速度だったり、高速だったりコントロールしながら駆け抜けたい。
おばあちゃん、おじいちゃん、伯父さん、伯母さん、従姉妹夫婦、従甥、叔父さん、お母さん、私、妹2人、おばあちゃんの猫(ぴーこ)。
新年も元日に集まってわいわい喋ってとても楽しかった。
来年もみんなで集まれますように。
--仲良しな従姉妹夫婦と可愛い従甥に感化されて、私も早く子供が欲しくなりひっそりと泣いてしまった。
早くヘルニア治して、赤ちゃんを迎える準備をしたい。
筋トレ、散歩!!頑張るぞ😤
新年始まりました!
なんと早い事にもう1月2日です。
昨日(1月1日)は神社にお参り行ってまいりました。
おみくじは小吉だったけど、このまま勉強頑張れば嬉しいことがありますって言う言葉が書いてあったのでそれで頑張ろうかな。
新しい年かぁ。なんか何となく実感無くなってきちゃった。
いつもと違うご飯を食べて、いつもと違うことをして、正月気分でいるけど、結局自分は何も変わってない。1月1日になったからって急に賢くなる訳でもないし、友達増える訳でもないのに。
あーあ。
今年はほんまにいい一年にしましょうね。
新年
新しい年が明けた。
私が子どもだった昭和後期、日本にはまだ幾分、今よりもお正月らしさが残っていたような気がする。
うちから一本道を隔てたところにある商店街は、いつもなら八百屋や魚屋のおじさんの威勢の良い呼び込みの声が響いているが、お正月はほとんどの店にシャッターが下ろされている。
その寒々とした灰色の蛇腹の面には、揃えたように謹賀新年のあいさつと年始の仕事始めの日が書かれた縦長の印刷物が張り出され、町自体もいつもとは打って変わって閑散としていた。
一方、新年が明けた我が家では、食卓に母が用意したおせちやお雑煮が祝い箸と共に所狭しとひしめき合っている。
祖母を始めとして、父母兄そして私の五人でこたつを囲むのが新年の習わしだ。
こたつの中ではすでに猫のミミがど真ん中の一番良い場所を確保していた。
いつもならここからこたつの陣地取りの兄妹喧嘩が始まるところだが、この朝だけは平和だった。
なぜなら強制的に正座をされられているためだ。
ミミにとって元旦のこの朝だけはこの上ない居心地の良さだったに違いない。
家族で囲む新年初めての食卓は、いつもよりもピリッとした空気が漂っていた。
「さあ、お父さん。」
母から促され、父が新年の言葉を述べる。
「あけましておめでとう。今年もそれぞれが努力して充実した年にするように。」
これは主に兄と私に対しての言葉だ。
「はい。」
二人揃って返事をすると、続いて念願のお年玉の配布となる。
父と祖母からそれぞれポチ袋に入ったお年玉をもらう。
もうこれで八割方、お正月の目的は達成したも同然だ。
そこからようやく食事が始まるのだが、子どもである私にとって食卓の上のどのご馳走よりも、お年玉のことで頭がいっぱいだった。
翌日二日には、おじさん一家が我が家を訪れ、いとこたちと近所のおもちゃ屋(ここだけは毎年二日から開いていた)で年に一度の散財をしたり、羽付きや凧揚げをして遊んだ。
そう言えば、まだこの頃の日本にはゲームもパソコンも、もちろんスマホもなかったな。
退屈ではあったけれど、なかなか趣があって豊かな時代だったように思う。
ちなみにZ世代におせちの中で一番好きな物は?と聞くと、唐揚げと答えるそうだ。
世も末だ。
お題
新年
「新年」
新年とは
何かが始まる
そんなワクワク感が溢れ出す
1年の始まり
新年から
時が刻まれ歩んだ軌跡と共に
次年の懐古へと人々を導く
1年の終わり
メビウスの輪のように
真実の見分けがつかず
抜け出すことが出来なくても
刻まれた記憶は
永遠のものとなる
新年は
始まりと終わり
実は、今年の『蛇』は私の干支なんですよ。
数年に訪れる自分の年のような感じがして、少し浮き足立っているのですが、正直なところ
新年を迎える瞬間は意外と何もありませんでした。
体調を崩してしまい、休みも取れず働き詰めだったのですが、最後の最後年越しカウントすら出来ず夢の中でヘビ年を迎えました。
毎年祝っていた年越しも、寝てしまえば意外とあっさりしているものですね。
『特別』とは、思い込みから来るものなのでしょうか。
『大切』だと思えばそう思えてくるし、『どうでもいい』と思ってしまえば案外、簡単に手からすり落ちて行くものですね。
今年の目標はまだ何も決めていませんが、せめて私の周りの方々は幸せになって頂きたい。そうすれば、そのそばに居る私もきっと幸せになれますから。
それでは皆さん『明けまして おめでとうございます』