『心の健康』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
辛い、苦しい、痛い
理由も分からず胸が苦しくなって、涙が溢れて零れ落ちて、更に苦しくなる。
「お前はいつまでも健康でいろよ!!」
そういう彼の顔が頭に浮かぶ。
いつでも笑い、自分の方が辛いはずなのに僕のことを気にかけてくれていた彼の顔が。
「……きみが…僕の健康を、害して…ッ…どうするんだよ…」
冷たくなった彼の手、閉じられた瞳。
「お願いだから…目を…覚ましてよッ…」
君のせいで、僕は心が痛いよ。
# 心の健康
あぁ、体調が悪いなぁ……。不健康だしね……。
頭はとても痛いし、胃も痛い。肌は荒れている。なんだか体も熱っぽい気がする。指先が痺れる感じもするし、もしかしたら大きな病気なのかもしれない。
駄目だ。きっと変な病気にかかってしまったんだ。この症状はどれだろう。もしかしたら流行病? いや、この難病か? それともこっち?
「不健康ですね」
やっぱりそうか。そうだよね。
何か大きい病気なんだろう? もう自分は長くないのかもしれない。
「まず心が不健康です。ちゃんと栄養を摂って、運動して、寝てください。体調不良は精神的なものから来ています」
こんなに体調が悪いのに、心だけなわけがない。藪医者か?
きっと自分はもうすぐ死ぬんだ。健康に生きたかったなぁ。
そう自分の体を思って嘆くのだった。
『心の健康』
心の健康を害すのはいつもあなただった。
あなたにとって私は、利用されることしか知らない傀儡だった。
けれどあなたが知らないだけで、私には意思の分だけのただ一つの策があった。
首に紐を纏えば助かる。そんな策。
「…今日、学校休みたい。」
「わかった。じゃあ、少し父さんとドライブしないか?」
「…仕事は?」
「父さんも今日は休みたい気分なんだ。行きたいところは?」
「…無い。」
「じゃあ、少し遠くへ出かけよう。自然を見て、美味しいものを食べて、今日を満喫しよう!」
あなたの心は健康ですか?
身近な人の心は健康ですか?
日々の生活のストレスにリフレッシュを───。
心が健康な人はどれくらいいるんだろうな
みんな元気そうに見えて何かしら悩みがある
限界まで頑張って心が病んでしまった人もいる
心のお医者さんっているのかな
カウンセリングをする人が心のお医者さんかな
だとしたらこの世の中にはカウンセラーが足りないね
お医者さん不足だなぁ
【心の健康】
今日は私についてのお話を書いていこうと思います。
「心の健康」ということで。
私には精神疾患があります。
10代の頃に発症しました。
それから引きこもりだったり無職だったりとを経て今、福祉サービスを活用して何とか生きています。
でも出勤するのすらままならず、今週いっぱい仕事休みをもらっちゃった。
駄目な大人だね。
みんなは心の健康に気をつけるんだよ。
私みたいになっては駄目だよ。
自分を大切にね。
体調は聞いてくれるけど
心の状態は聞かない
体は検査するけど
心は検査しない
健康診断
心の健康はどう診断するんですか?
私の心の健康は
君がいてくれるならきっと大丈夫
君の笑顔が好きだよ
─────『心の健康』
「心の健康」
体の健康状態というのは、大抵皆同じだ。
通常に比べて異常がなく、元気に過ごせる状態をきっと「体の健康」と言う。
なら心の健康はどうだろう?
もしかしたらいつも暗いし、ネガティブになってしまうけれど特に異常行動をしなければ健康と言えるのかもしれない。
逆にかなりポジティブ思考になれて、周りを明るくできることを心の健康と言うのかもしれない。
「心の健康とは、人によって違う」こう考えることがいちばん正しいのかもしれない。
心が乱れている時
無理をすると体調が崩れたりする
だから不調が起きた時は
無理をしないとゆう事です
【心の健康】
ひとつ、ふたつ、みっつ。それ以上は数えるのも煩わしい。いったい僕は一日に、いくつの嘘をついているのだろう。わざわざ考えるのも面倒なくらい、僕の人生は虚飾に塗れている。
嫌いな相手にも愛想良く、隙を見せないように余裕ぶって。そうでないと政財界なんて場所で生きていくことなどできないのだから。物心ついた時にはそれが当たり前で日常だったから、自分の心を偽ることに疑問すら抱かなかったのに。
「ねえ、本当のこと言ってよ」
君の鋭い声が、僕の心をかき乱す。やめて、やめろよ。思い出させないでくれ、こんな真っ先に切り捨てた感情を。
「辛いときは辛いって、悲しいときは悲しいって、素直に言って。助けてほしいってちゃんと自分から手を伸ばして。じゃないと君の心が壊れちゃうよ」
体がいくら健康でも、心が健康じゃなかったらダメなんだよ。そう静かに付け足した君は、僕の心臓の上にとんっと握り拳を置いた。扉でもノックするように、君の手がこんこんと軽く僕の胸を叩く。
わからない。わからないよ。だって僕は大丈夫だ。大丈夫じゃなきゃいけない。ああ、だけど。
心臓が痛い。頭が割れそうに痛い。喉の奥がひりひりと切ない痛みを訴えた。ギュッと握り込んだ拳の痛みで誤魔化そうとしても、自覚してしまえば一気に決壊してしまう。
「……たすけて」
囁くような声が、気がつけば自分の口から飛び出ていた。僕のその言葉に、自称『心の健康を守るお医者さん』は満足そうに笑う。
「任せて!」
力強い君の声に、強張っていた全身からふっと力が抜けるのがわかった。
勤めている職場では、心の健康は以前より重視されるようになった。
ただ、私は少し違和感を感じている。
『心の健康を維持するために、定期的に運動しましょう』
『心の健康を維持するために、何かあれば上司に相談しましょう』
『心の健康を維持するために、具合が悪そうな人がいたら声をかけてあげましょう』
確かに、精神疾患に関する本や精神疾患からの職場復帰に関する本にはそのように書かれている。
しかし、マニュアル化されてしまうと「何か違う」と思わずにはいられない。
運動は確かに効果的だが、元々運動習慣のない人(私もだが)にとって、これはなかなか大変だ。毎日30分のウォーキングより、カフェでのんびり本を読むことが私にとっては癒しの時間だ。
上司に相談したところで、上司は心理の専門家ではない。心無い言葉に却って傷ついたこともあれば、腫れ物に触るように扱われるのも居心地が悪い。
心の具合が優れなければ、私は一人で休憩を取る。「具合悪そうだけど大丈夫?」「相談に乗るよ」同僚が悪意なくかけてくれる声が、「常に元気でいなければならない」と私を追い詰める。
心は単純で画一的なものでないと、私は思う。型に嵌められるようなものではない。
まだまだ「心の健康」に関する理解は発展途上のように思う。
泣き笑い。私はよく泣くんだ、笑うという形で。
私はよく大丈夫っていうんだ、辛いくせして。
私はよく笑うんだ、皆と同じように、
この世界で、私が学んだこと。それは、この世界で生き残る為に自分を殺さなければならないこと。自分を生きていたら、この世界では除外される。心を殺して、身を生かす。それが我々人間に与えられた人生ゲーム。ただそのゲームにルールは存在しない。
君は何を思う。
さぁ、自分探しの旅に出よう。心を生かせるように。
死なない為に自分を見つけよう。心を殺さず生き残れるように。
〜心の健康〜
「心の健康」
考えることと感じること
頭で考え心で感じる
論理と感覚は別物なんだな
『怒ってはいけない こんな自分はダメだ』
これは頭の中の論理なんだな
考えで心に蓋をしないで 心で感じていることに
焦点をあてよう 心は正直だから。
ラーメン食いてぇ 風が心地良いな
膝が調子良いな あの子に会いたいな
心の声を聞きましょう
心の健康は体を健康にするよ絶対に。
あなたの心は今、何と訴えていますかな?
よく眠れる
よく食べられる
外出するのが楽しい
仕事がはかどる
健康だよね
心も身体も
人に優しくなれる
思いやりを持てる
人の痛みも自分のことのように感じられる
人のために汗を流せる
人のことでも涙が流れる
それは とても大切なこと
健康でなければできないこと
心が健康でなければ
何も感じられなくなってしまう
大切なことを
忘れたくない
シミュレーションゲーム
まわりとの関係を
責任を
趣味を
将来を
もっと自由に選択できたなら
もっともっと愛せたなら
※心の健康
心に壁を作って生きてきた
何者からも私を守ってくれる城壁
これで心の健康は守られる
心に壁を作って生きてきた
何者も寄せ付けず私を閉じ込める鉄の檻
これで心の健康は守られる?
心に壁を作って生きてきた
何者も興味を持たないように幾重にも
何者にも興味を持たないように幾重にも
なのにあなたは数多の壁を
乗り越え
打ち壊し
潜り抜け
私の前までやってきた
そして私の心は護られた
// 心の健康
心の健康が保たれていない訳では無いのだと思う。精神病だって患ってない。特段大きなストレスもない。けれど、なんではっきりと保たれていると思えないのか。私には分からないのだ。
最近♡押してくれる人少ない....。
全然書いてなかったからかなぁ?
此れでも頑張ってる方なんだけどなぁ。
あと90で1000だから誰か協力してー!!
最終手段.....
これを見た人は必ず♡を押して行けやがれ下さい
Tiktokでこういうのよくあるよね
# 93
人間が健康的に生きていく為に必要なのは何か。
十分な睡眠とバランスの取れた食事。
そしてストレスのない生活。
他にも色々あるとは思うが、主に挙げられるのはこの3点ではなかろうか。
では、ストレスの無い生活とはなにか。
そもそもストレスを感じるというのはどういう事か。ストレスを感じるのは身体であり、脳であり、心だ。
身体や脳のストレスは、睡眠や食生活、或いはサプリメントに適度な運動。目に見えてわかりやすいもので対処出来るだろう。
では心はどうか。心のストレスというのはどう改善すれば良いのだろうか。
心のありかについての議論はこの際置いておこう。
人間に心がある事を前提とし、心のストレス解消法…つまりは心を健康に保つ為の方法を考えてみようではないか。
これは筆者である私にとって今一番の課題だ。
ここでは心=精神と考える事にする。
精神を一定に保つ為に必要なのは、よく寝てよく食べ、よく動く事、身体を健康に保つ事、ストレスを溜めない事。
つまり身体の健康と心の健康は繋がっているのだ。
しかし、それが出来たら苦労はしない。
私はよく食べ、よく寝て、よく動いていた。
仕事柄それが出来る環境に居たのだ。だが、ストレスを溜めない事だけは無理だった。
精神の健康について謳うサイトや本などを読むと、食べて寝て動いてさえいれば、心も元気になるという考え方を書いている所も多い。
しかし、実体験から言えばそれは違う。いくら健康的な生活を送っていようとも、人間ストレスは抱えるしそれを完全に解消する事は難しいのだ。
ストレス発散法は何ですか?
というのは良く聞く定番の質問。それぞれ個人で色々方法はあるだろう。
ストレスを溜めない、溜めても上手く処理できる人間というのは、それでどうにかなるかもしれない。
しかし、発散出来るストレス量を与えられるストレスが上回ると、どんどんと蓄積されていくものなのだ。
さて、それではその蓄積されはストレスはどうすれば良いのか。発散出来るストレスが仮に10だとした場合、溜まるストレスが15だと、いくら発散しても5ずつストレスが溜まっていく。
その状態が長く続けば続く程ストレスは膨れあがり、最終的には取り返しがつかなくなる程に大きなものとなってしまうのだ。
これによりストレスによる身体の不調、精神面の不調へと繋がるのでは無いかと私は考えている。
それでは、どうすれば良いのか。ストレス発散が10しか出来ないのであれば、残りの5はどう処理すれば良いのか。
そこが難しいのだ。
結論から言おう。
一番の対処法は、ストレスの原因から離れる事だ。
それが出来たら苦労はしない。
2度目になってしまうが、これは本当に思う。出来たら苦労しないのだ。
しかし、やらなければ自分が壊れてしまう事を忘れてはいけない。
自分がストレスに押し潰された状態にある時、恐ろしい事にそれが異常な状態と気が付けないのである。
自分は正常だと思い込み、身体に現れるサインに気付けない。
何とか正常であると装い、バレないようにと気を遣い、余計にストレスを抱え精神を病む。
もしもこれを読んでいる人の中に心当たりのある人間が居たならば、まずはストレスの原因から離れる事を強くお勧めしたいと思う。
私の場合は会社だった。仕事は好きだったが、どうしても会社の方針や人間関係などに納得がいかなかった。
どれも自分が悪いと、おかしいのだと思い込んでいた。
色々あり職を変え、最初こそは苦しんだが今となってはあの状況がどれだけおかしな事だったかがわかる。
自分の行動も、考え方も、何もかもが安定した精神状態の頃では考えられないような異常なものだった。
数年経った今でも精神が不安定だった頃を思い出しては苦しんでいる。
仕事を辞めた当初は、特に酷いものだった。立ち直るのにも時間が掛かった。
周りの声と協力もあり抜け出す事が出来たが、1人だったら…ここに今存在して居なかったかもしれない。
それ程までに追い詰められていたと、今になってようやく理解が出来る。
あの頃毎日のように考えていた事が、その考えそのものが異常なのだと、やっと気づく事が出来たのだ。
ストレスの渦の中に居ては、周りの声が理解出来ないだろう。自分がそうであったように、異常だと言われる事の意味がわからなかった。
しかし本当に異常なのだ。不安定なのだ。
普通の人は消えたいと願う事も、生きる事に苦しみを感じる事も、自分を傷付ける事もしないと、今だからこそわかる。
結局心の健康を保つ秘訣はわからない。
ストレスを溜めない方法などあるなら教えて欲しい位だ。
だが、これだけは言える。
ストレスが解消出来る許容範囲を超えたなら、それが大きく膨れ上がらないうちに原因から距離を置いてもらいたい。
私には消えなくなってしまった傷が複数ある。
全ては幼少期より積み重なった傷にならないような小さな小さな、自分に向けた傷を付けるという行為が、ストレスの許容範囲を超え大きく膨れ上がり過ぎてしまった事にある。
さて、話が逸れてしまった。
結論というのは出ない。答えは私が教えて欲しい位だ。
しかし、これを読んだ事で1人でも良い。誰かの心に響けばと思う。
逃げる事は決して恥では無い。自分を守る大切さ。
今はわからなくても良い。逃げて、逃げて、逃げた先に、自愛の心は確かに生まれるのだから。
【心の健康】
お題【心の健康】
生きていても意味がないくらい