【心の健康】
ひとつ、ふたつ、みっつ。それ以上は数えるのも煩わしい。いったい僕は一日に、いくつの嘘をついているのだろう。わざわざ考えるのも面倒なくらい、僕の人生は虚飾に塗れている。
嫌いな相手にも愛想良く、隙を見せないように余裕ぶって。そうでないと政財界なんて場所で生きていくことなどできないのだから。物心ついた時にはそれが当たり前で日常だったから、自分の心を偽ることに疑問すら抱かなかったのに。
「ねえ、本当のこと言ってよ」
君の鋭い声が、僕の心をかき乱す。やめて、やめろよ。思い出させないでくれ、こんな真っ先に切り捨てた感情を。
「辛いときは辛いって、悲しいときは悲しいって、素直に言って。助けてほしいってちゃんと自分から手を伸ばして。じゃないと君の心が壊れちゃうよ」
体がいくら健康でも、心が健康じゃなかったらダメなんだよ。そう静かに付け足した君は、僕の心臓の上にとんっと握り拳を置いた。扉でもノックするように、君の手がこんこんと軽く僕の胸を叩く。
わからない。わからないよ。だって僕は大丈夫だ。大丈夫じゃなきゃいけない。ああ、だけど。
心臓が痛い。頭が割れそうに痛い。喉の奥がひりひりと切ない痛みを訴えた。ギュッと握り込んだ拳の痛みで誤魔化そうとしても、自覚してしまえば一気に決壊してしまう。
「……たすけて」
囁くような声が、気がつけば自分の口から飛び出ていた。僕のその言葉に、自称『心の健康を守るお医者さん』は満足そうに笑う。
「任せて!」
力強い君の声に、強張っていた全身からふっと力が抜けるのがわかった。
8/13/2023, 10:35:38 PM