『子供のように』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
子供のように無邪気な顔で。
周囲に笑いかけている彼女が。
本当は嘘吐きなことを知っている。
実はすごく頭が良くてけっこう打算的。
おっとりしてそうな雰囲気を出しながら、しっかり者なうえ、どことなく完璧主義な彼女。
疲れたと言って仕事の愚痴を吐き出し。
ストレスから来る頭痛に時々悩まされている。
「ごめんね。こんなに情けなくて」
月に一度の頻度でナーバスになる彼女は、耐えきれなくなると涙を流しながら僕に謝罪する。
子供のように泣きじゃくりながら、僕に八つ当たったり、ワガママを言ったり、手のひらを返したように甘えてくるものだから。
「そう? こんなに泣いてる君を見るなんて貴重だから、僕は役得だと思ってるけど」
お茶らけたようにそう言えば、泣き顔のままポカンと口を丸くした彼女が、次の瞬間、「そんなこと思うのはきっと貴方だけだよ」と、フフフっと口元を綻ばせた。
【子供のように】
帰りがけ、訳もなく走った。むしゃくしゃしていた。理由はそれだけだ。アンガーマネジメントだとか、よく分からないカタカナが頭の中を回るけど知ったことか!
自分の感情を抑えて自分を殺すことが大人なら、私は子どものままでいいよ!
「わー!」
走りながら叫んだ。
暫く走って落ち着いて、我が身を振り返る。めっちゃ変な人じゃん……。
仕事場でも親兄弟間でも
子供達に対しても
寡黙でクールで完全無欠なあなた
口数が少なく
唯ならぬオーラを纏った
ヴィン・ディーゼル似の頼れるあなた
そんなあなたは
何故に私の前では
子供のように変貌するのでしょう
幼稚園児か低学年か
8割9割そんな状態
仮にもわたしは
あなたよりひとまわり以上歳下で
かなりのポンコツ物件
私の真似をして
スヌーピーが大好きな
わたしの愛しいあなた
声を上げて泣いた。泣いても泣いても、泣き足りない。こんな風に泣いたのは、子供の時以来かな。
そう思い、ふと鏡を見た。
目は真っ赤で、顔はぐしゃぐしゃ。
思わず吹き出してしまった。
泣きたい時は、たくさん泣いていいんだ。
大人になって、今更気づいたよ。
心を洗濯して、また明日笑えますように。
誰にそうしろと言われたわけでもないのにずっと自分を抑え込んできた。
その方がいいんでしょ?って思いを強く握りしめてた。
まるでプラモデルのパーツの束だ。
ペンチで綺麗に切り離してバリ取りして、細かくヤスリまでかけるんだけど、肝心のパーツはそこら辺にほっぽらかして、なんと枠の方ばかり大事に保管してきた感じ。
これ何に使うんだろ?まあ多分大事なんだろうなってぼんやり思いながら。
「この作品。絶対に作る!」と、念願の大箱抱えてウキウキしながらやって来たはずなのに、綺麗さっぱり忘れてた。
ある日急に
「…あれ?私、なんで普通に我慢してるんだろう?なんでもっと自分を表現しないんだっけ?」
と気づいた。
そうしたら、心も体も堰を切ったように楽になった。
今でも癖でつい我慢してしまうこともあるけど、そんな時は一旦止まって
「またやってない?それ要るやつ?」
と訊ねるようにしてる
プラモデルの箱に描いてあった完成図はまだハッキリと思い出せない。
でも、とにかくとっ散らかしてきたパーツを集めて回ろう。
そして作りたかったもの作り上げよう。
何歳になっても
子供のように無邪気に笑う君が好き♡
私は微笑みながら君を見てた。
「子供のように」
子供...辞書やインターネットで調べてすぐに答えのでる時代。
よく幼稚園や小学校では大きな夢を持ちなさいと言われた...
宇宙飛行士やパティシエ...今はYouTubeも上がっている。
みんな大人の言うことに従って大きな夢を持つ...
でも中学生になると僕たちに言いつけられることは...
勉強しなさい
いつまで夢なんて持ってるの
現実を見なさい
いつまでも子供じゃないのよ
僕の感情は基本的に初めからなかった
才能もない感情もない
あなたをどんだけお金をかけて生活させてきたの!
この親不孝者...
よく大人は言う...親は子供を選べない...
子供からすると...子供も親は選べない...
この世界には色んな...色んな子供がいる
みんないろんなものと戦っている...
僕はもう疲れたんだ...
その時初めて感じた感情...
心臓ってこんなにうるさかったんだ...
感情ってこんなに重かったのか...
涙ってこんなにスッキリするもんなんだ...
初めて知れて嬉しかったよ...
ありがとう
さよなら
だだをこねる
泣き喚く
笑う
わがまま?正直?そんなとき
ちょっと待って
もう僕達、ちゃんとしてるよ
まとめて僕達みたいって言わないでよ
ごめんごめん
じゃあ、さかのぼって、、、
ごめんごめん、赤ちゃんごめん
赤ちゃんもちゃんとしてるよね
みんな、子供のようにムキにならないでよ
あ!
親友と遊んでる時、好きなことに熱中してる時、
大人だって、高校生だって中学生だって、子供のように、笑顔ではしゃいで楽しんでいる。
その時はとても幸せで、その時間がとても楽しいと思える。
昔は楽しかったなぁー、と子供の時の事を思い返すより、大事なのは今どう生きるか。どんなに歳をとったって、どんなに辛いことがあっても、いくらでも子供のように笑顔で楽しい時間を過ごすことはできる。
だから、どんなにうちのめされようと、どんなにしわくちゃなお年寄りになっても、子供のように楽しい時間はあるんだって信じ、頑張って生き続けて欲しい。
子供のように
「子供のように」
無邪気に笑って
ずる賢く生き抜く
社会人になった私は子供のようにそのままの感情を表に出すことはできないけど、家にいる時くらいは剥き出しで生きたいな
「『子供』はこれで3回目なんよ……」
5月13日頃の「子供のままで」と、6月23日の「子供の頃は」2度あることが3度あったが、さすがに4度目の「子供」はあるまい。
大きなフラグを立てる某所在住物書き。約4〜5ヶ月前自分で書いた文章を、せっせと辿って確認する。
アプリ内での過去作参照が面倒になってきた今日この頃。初投稿など、何度スワイプしても到達できぬ。
おお。記事数よ。汝、合計約230の膨大な物量よ。
「子供の頃のように、某森ページの個人サイトで、自分ひとり用のまとめでも作りゃ良いのかねぇ……」
所詮約230の文章量をコピペしてコピペして飽きて計画頓挫が関の山である。
――――――
最近最近の都内某所、某稲荷神社敷地内の一軒家に、人に化ける妙技を持つ化け狐の末裔が、家族で仲良く暮らしておりました。
狐の神社は不思議な神社。五穀豊穣から商売繁盛、諸芸上達に諸願成就、なんなら家内安全に良縁招来あたりまで、なんでもござれ。
特に秋彼岸の前後2ヶ月で販売される、ヒガンバナと狐を模したお守りチャームは、そこそこ効果がある気がすると評判。狐のおまじないが少し掛かっているから、当然なのです。
ヒガンバナの、複数ある花言葉の中のふたつは、「独立」と、「想うはあなた一人」。縁切りも縁結びも対応可能なヒガンバナが、稲荷神社のご利益を得て、悪縁を絶ち良縁を引き寄せます。
でも稲荷の狐は祟ります。悪い心のひとがお守りを買うと、お守りはたちまち毒を吐き、悪い心のひとを懲らしめてしまうのです。
お守りが、助けてくれるか、逆にお守りにやっつけられてしまうか。それはその人の心次第。
今日も今日とて……
「縁結びと縁切りだとさ。お前、あいつとの縁切りに、ひとつどうだ」
「は?」
善良な心と魂の匂いをした親友2人が、秋空に雲かかる、稲荷神社の売店にやって来ました。
ひとりは8年前の初恋で酷い目に遭い、その失恋相手と逃げて追ってを繰り広げているぼっち。
もうひとりは十数年前結婚した妻子持ち。
妻子持ちがぼっちを誘って、稲荷神社に来たのです。
友情だ。キレイな心だ。おやつくれる人だ。
稲荷神社在住の化け狐、その内の末っ子子狐が、神社にお金を落としてくれるお客様を感知して、
てってっちって、てってっちって。
子供のような好奇心で、というより子供「のように」どころか子供「そのもの」なのですが、
売り場を観察しに、やって来ました。
「あの人との恋愛沙汰なら、あと2週間3週間で完全に片付く。わざわざ縁切りなど、する必要は無い」
「お前が田舎に帰るから?仕事も、自宅のアパートも全部始末をつけて?」
「お前も見ただろう。8月28日、あの人が私を追って、職場にまで押し掛けてきたのを。……これ以上、職場にもお前にも、後輩にも、迷惑をかけたくない」
「すいません。コレ、2個ください」
「私の話聞いてたか宇曽野?」
お金を払って、お守りを受け取って、子供のようなイタズラ顔で、ヒガンバナと狐のチャームをぼっちの両耳に近付ける妻子持ち。
ほんの少しだけ寂しげで、しかしやっぱり、とっても楽しそうです。
「似合う」
「やめろ。そもそもピアスじゃなくてお守りだろう」
「金具を付ければ良い。嫁が得意だ」
「お前の嫁さんを巻き込むな」
休日作業の技術料込み、555円でどうだ。
だから、やめろ。いらない。
ぼっちと妻子持ちの親友ふたり、あーだこーだ会話して、神社の売り場から離れていきます。
「若いわねぇ。昔を思い出すわ」
売り子さんが優しく笑って、ポツリ言いました。
「おばーばも500年くらい前、恋の揉め事でアレやコレや、苦労したのよ」
慈愛の目でふたりを見送る売り子さんは、彼等の悪縁を払うため、ひと声コンと、鳴いてやりました。
今更、普通の子供のように振る舞うには私達は傷付きすぎたのだ。
未熟なまま真っ正面から受け止めるしかなかったのだ。
いつも子供のようにありたい。
きれいな瞳でいたい。
笑いたいときには笑いたい。
泣きたいときには泣きたい。
でも残酷ではなく優しくありたい。
「ただいま」
「おかえり。ご飯あっためるね」
「頼むわ。あと、これ」
持っていた箱を渡すと、中身が何か予想がついたらしく目尻を下げる彼女。漫画の世界なら間違いなく黒目の中にハートがあるだろう。
「ありがとう。開けていい?」
「どーぞ」
「わーい」
そうやって、子供のようにはしゃいで喜ぶからつい甘やかしちゃうんだよな。
「モンブランとザッハトルテだ。どっちがいい?」
「お前の好きなほうでいいよ。チョコのほうだろ?どうせ」
「うん。良くわかったね」
それぐらい分かる。お前はすぐ表情に出るから。好きなものにはとことん素直。俺に向かって笑う時もそう。俺もちゃんと、彼女の“好きなもの”の一部に引っくるめられているというわけだ。
「冷蔵庫入れとくね。あとで一緒に食べよう」
時々。こういう何でもない日を送りながらも不安になることがある。こんなに平和な毎日なのに、いきなり心虚しくなったりする。それは平和ボケしてない証拠なのか、分からないけれど。
ただずっと、こいつと一緒にいたい。願うのはそんなシンプルなことなのに。俺の中では凄く重要で、生きてく上で必要不可欠なことなんだ。
「どしたの?ご飯チンしたよ」
「あー、おう」
だからこの先も、1日1日を、しっかり生きてこうと思う。ケーキ1つでとびきり喜ぶ彼女を大切にしようと思う。彼女が幸せを観じることが、俺の幸せだから。
子供のように
◯月◯日
彼はいつも僕を見つけると
一目散に駆け寄ってくる。
特に何も言わずひたすらに。
僕に触ると毎回
「タッチ!次は君が鬼!」
と言い、途端に笑顔になって
さぁっと離れてく。
これを追いかけずにいると
拗ねた顔で戻ってくる
追いかけていくと
殊更笑顔になって逃げていく。
毎回毎回何が楽しいのか
それでも
子供のようにはしゃぐ彼を
自由な箱庭で飼い続ける。
◯月△日
今日も彼
ずたずたに切り裂かれ
とても読める状態じゃない。
△月 日
彼はまるで子供のように
無邪気で
無垢で
残酷だ
彼はまるで
悪魔のようだ
死んでしまう
このまま続けるのは危険だ
処分を検討し始めてもいい頃だろう。
子供のように
幼馴染みが僕にはいる。
実家が隣だから子供の時は公園や空き地でよく遊んだ。
今は、お互いに色々あって別々の場所で暮らしている。
けれど時々、連絡を送ってはお互いの状況を確認したりしている。
今日も連絡して久々に地元に帰って、買い物でもしようと言う話になった。
また、地元で子どものように遊べたらいいな。
子供のように。思えば子供の頃はなんの不安もなかったな。
体も精神も健康だった。今はどちらもぼろぼろだ。子供のように生きたくても現実がそれを許してくれない。
大人になってなにかいいことがあっただろうか。生まれてきてなにかいいことがあっただろうか。
なにもない。人生は虚無だ。なぜ虚無なのか。金がないからだ。
金がないとなにもできない。ただ労働で人生を消費していくだけだ。
人生は辛い。なぜ生まれてきてしまったのか。生まれてこなければ苦痛を感じることもなかったのに。
子供のように笑う
それが私だ。
だから彼も好きになってくれたんだと思う。
いつだって笑ってその場を明るくしていたから
私の周りには人が集まってくれたんだと思う。
もしも私から笑顔が消えたなら
子供のように笑わなくなってしまったら
きっと私には何も無くなってしまうんだろう。
そんなことも心の中で思いつつ
今日も私はみんなの中心で笑う
─────『子供のように』
幼馴染みと指先が少し触れあっただけで、妙な空気が張りつめる。そのまま繋いでしまえばいいのに、もう子どものようにはいかない。
あれだけ大人になりたいと思っていたのに、
年を単純に重ねてもいつまでも子どものままでいて、変なところで大人だと感じるをえなくなってしまったのだと実感する。
言葉の数を知るほど無口になる。
人の心がわかるようになるほど触れあうのが怖くなる。愛を知るほど痛みが増える。
たとえ幼馴染みだとしても、男女であるというだけで大きな意味が附随されてしまうし、それに応えなくてはと身体のどこかで感じているのかもしれない。二人きりでどこかに出かけるのにも、ただ指先を触れあわせるのにも、そこに理由を求められている。「距離感おかしいよ」と言われる。お互いに恋人がいればなおさらだ。
複雑な関係ではなかったのに、そんな風に思うだけ、私が変わってしまったのだ。さっき指先が
重なったのにも「ごめん」と咄嗟に呟いていた。何が「ごめん」なのかわからなくても。あれだけ切望しつづけてきた大人になってしまった。
もう子どものようには。