天国と地獄』の作文集

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天国と地獄』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど

5/27/2024, 11:38:13 AM

天国と地獄―。そんな物が存在するのか。これは、信仰に関わるのではないかと思う。「握手」という物語があるのだが、その中で、修道士が「天国はあるか」という質問に対し、「あると信じたほうが楽しいでしょうが。死ねば、何もないただむやみに寂しいところへ行くと思うよりも、にぎやかな天国へ行くと思うほうがよほど楽しい。」と答えている。天国や地獄を「信じる」というより、「信じたい」「信じれば救われる」という気持ちが奥底にあるのではないかと思う。
 いいことをすれば天国へ。悪いことをすれば地獄へ。この仕組みは子供を躾けることにも一役買っているのではないか。「そんな悪いことをしたら、地獄に落とされるぞ」親に何度言われただろう(親は別に宗教を信仰しているというわけではないのだが)。余談はこのくらいにしておくが、もともと信仰の対象だったものが世の中の常識になる―。これは偉大ではないかと思う。

5/27/2024, 11:37:58 AM

や・ま・だ・た・ろ・う

天国 地獄 大地獄
天国 地獄 大地獄

うわあ、たっくん大地獄じゃん!ドンマイ!

私が小学生の頃に流行った指遊びだ。
非常に懐かしい。

天国と地獄

5/27/2024, 11:37:45 AM

天国と地獄

そんなものあるんだろうか?
好きな人や亡くなった親友が天国にいけたらなとは思うけど
私は地獄にいくの確定だし
地獄で会えるわけでもないだろうしない方がいいかな〜

5/27/2024, 11:37:26 AM

お題:天国と地獄


今から40年以上前だけど、「天国と地獄」っていう携帯ゲームがあった。
プレイヤーは地獄の罪人で、左端から進んでいって、なんやかんや敵の攻撃を避けて右端までいけると天国に行けるってやつだったような気がする(うろ覚え)。
今、検索してみたら、ゲームウォッチっていったらしい。
その当時には珍しい?ソーラーパネルで「あー!こんなんやったな、懐かしー!」となった。

あの頃はホントに毎日持ち歩いて何十回と繰り返しプレイしてたのに、今、似たようなゲームやると30分持たずに飽きてしまうし、そもそも時間がない。
子どものころに出来てたゲームが大人になっても出来るのか、というとそうでもないんだなあと痛感した。

5/27/2024, 11:36:54 AM

7.


「お母さんおはよう。」

「・・・・」

「お母さん?」

「・・・・」

昨日の朝は普通に話してたのに。

喧嘩をした訳でも、怒られた訳でもないのに、母は私の言葉には答えず黙っている。

不思議だなと思いながらも食パンをかじりテレビを見る。

『昨夜未明、帰宅途中の女子高校生を刃物で数十箇所刺すという事件が起こりました。少女は昨夜、運ばれた病院先で、死亡が確認されました。警察は殺人事件として捜査しており、犯人は現在も逃走中で・・・』

「物騒だね。」

何度声をかけても母から返事はない。

「私もう時間だし、学校行ってくるね。」

登校中、仲のいい友達も私を無視して通り過ぎる。

声をかけてもこっちを見向きもしない。

不思議な思いで教室に入り席に座った。

「はーい。出席とるぞー。」

「○○、‪✕‬‪✕‬・・・・・」

(次は私の番だ。)

すると、みんなが一斉に泣き出した。

「○○、帰ってきてよ。」

「なんであいつが殺されなきゃならねんだよ。」

「あ、そっか、朝のニュース。」

私はふと朝のことを思い出す。

「みんな私を無視していたんじゃなくて、見えなかったんだ。」

『私昨日、殺されちゃったんだ。』

5/27/2024, 11:31:09 AM

「天国と地獄」

天国と地獄は

同じ場所に存在するよ。

それは、

宇宙の上にポッカリ浮かぶ

地球って場所。

5/27/2024, 11:30:48 AM

「天国と地獄」

人は常に振り分けられている

陰キャか陽キャ、顔が良いか良くないか、運動が出来るか出来ないか

そして死んでもなお、天国か地獄か振り分けられる

「地獄の沙汰は貴方の行い次第」とよく言われるように

悪いこと、要は罪を犯さなければ地獄には落ちない

「罪を犯さない」たったそれだけで天国に行けるのに

人はなぜか罪を犯してしまう

地獄に落ちる人は先の自分を犠牲にして罪を犯している

天国への行き方なんて無いが

地獄へ行かない方法はある

人は常に振り分けられているが自分の行動次第で

自分の今後を選べるのだ

5/27/2024, 11:28:51 AM

『天国と地獄』

自分のことをやっと話してくれた。

今までで一番笑いかけてくれた。

隣に座っていてくれた。

でも

あなたの生きる理由になれなかった。

本当に思ってることは何も教えてくれなかった。

隣からあなたがいなくなった。

天国と地獄。

5/27/2024, 11:28:50 AM

私は地獄に落ちた。

生きていた時の方が、よっぽど地獄に思えた。
‐天国と地獄‐
♯54

5/27/2024, 11:27:34 AM

死してなお「世」があるのなら、地獄でしょう。


/お題「天国と地獄」より

5/27/2024, 11:27:13 AM

この世界に天国はありませんが、地獄はあります。

 魂は、あの大きな廻り続けるものから分化し、生者の世界に生まれ、転生を繰り返したのちに、またあの大きな廻り続けるものに回収されて、個としての存在を終えます。
 転生の最後の生を終えた後、あの大きな廻り続けるものに回収されないこと。俺たちはそのことを、便宜的に、地獄に落ちると表現します。

 回収されなかった魂は、あの温かく大きな存在に還るという安楽を得ることなく、たったひとつの個のまま、暗く寒く湿ったところで永遠の時を過ごさないといけない、と言われています。

 きっとそれは、本当に恐ろしいことなのでしょう。
 けれど俺は、もし自分が地獄に落ちることが貴女の慰めや幸福のためになるのならば、喜んで俺の魂を差し出します。
 貴女がきっと、そんな慰めや幸福は望まないだろうということは、分かっています。それでも俺は、貴女のためなら何でもしたいのです。それは俺だけではなく、俺たちの中の多くの者が、そう考えています。

 貴女は、そんな愛を一身に受けているのですよ。
 そのことは、きちんと知っておいてくださいね。

5/27/2024, 11:26:37 AM

「天国と地獄」

もしも死んだ後
天国と地獄があるとしたら

私は真っ逆さまに
地獄に堕ちるだろう…


自分を大切にしてないし
人の役に立ってないし
優しくないし



まぁ、地獄に堕ちたって同じだよ
この世が地獄だからさ…

5/27/2024, 11:26:07 AM

天国には天使が居て
地獄には鬼が居る

天国は洋風なイメージを持っているのに
地獄には和風なイメージを持っているらしい

今日のお題を見て、ふと、気がついた


─────── 天国と地獄 2024-05-27

5/27/2024, 11:25:41 AM

俺の家には、天使みたいな姉と悪魔みたいな兄が居る、、
でも、姉が嫌い、、
天使なのに?って思ったでしょ?
なわけねぇーじゃんw
兄貴の方が一番優しい
こんな家族どう思いますか?
気を付けろ、
俺の家に来るなら、
手袋してこい、、目をつけられたら、殺されるよw
『天国と地獄』

5/27/2024, 11:25:30 AM

はたして あの世はあるのか
天国と地獄は あるのか

良い行いをした人は 天国
悪い行いをした人は 地獄

ならば 天国へ行けるだろうか?

天国には ハルの大好きな 祖母が
きっといるに 違いない

俺は 夢で ハルの祖母に会ったことがある
優しい顔で 笑いかけてくれた

5/27/2024, 11:24:27 AM

天国

それは欲の無い世界


地獄

それは欲で溢れる世界

5/27/2024, 11:23:01 AM

天国と地獄

ねえ、君。
天国と地獄とは同じところなのかも知れないねと老人は言った。

幸せは人の心が決めるものってやつと同じだよ君。

ようは、もののとりよう。

誰もが、そこは地獄だと言ったとしても、唯一人お前がいるだけで、そこが天国だよと笑う馬鹿な奴がいる。逆に誰もが、そこは素晴らしい天国だよと言ったとしても、唯一人お前がそこに居なければ、そこは地獄だよと泣く馬鹿な奴がいる。

結局、幸せも天国も地獄も同じ場所にある

そう、それは君の心が決めるもの。

2024年5月27日

心幸

5/27/2024, 11:21:54 AM

天国と地獄

天国も地獄もあるのかな?
僕は無に帰りたいよ。

死んだら天国に行く。
そう小さい時は言ってた。
けど、悪い事をしたら地獄に行くって。
本気で信じて怖がってた。
だから、いい子でいようと決めた。
今でも過ちを犯しても法は犯してない。
大丈夫だよな?

あなたは天国と地獄、信じる?
神様を信じるか、みたいな感じなのかな?
わからないけど、死んだ後のことなんて誰にもわからない。
じゃあさ、今をめいいっぱい楽しんで。
後からのお楽しみにしておこっか。

5/27/2024, 11:21:20 AM

天国と地獄
休日と平日
給料と税金
定時と残業
退勤と明日
睡眠と目覚
昨日と今日
今日はまだ月曜日

5/27/2024, 11:20:54 AM

オッフェンバックの天国と地獄が苦手だ。
嫌いじゃない。苦手だ。特に今。
運動会を思い出すし、なんだかすごく急かされてそわそわするし、なのに底抜けに明るい感じ。

運動会は毎年憂鬱だった。
イベントの非日常感は大好きなのだが、なにせ運動がからっきしできない。
走るも飛ぶも投げるも、ぜんぶ苦手だ。
何をしても後ろから数えるほうが早い順位になるし、チームの足を引っ張ってしまう。
学生、特に小学生なんて残酷で、誰かが足を引っ張って負けてしまったら、競技中に憐れみの目を向けられるだけでなく、味方からもじとりとした非難の目を浴びせられるのだ。
できる限り地味な種目を選んで、自分の出番が早く終わることを願うばかりだった。

ここのところ、気分が安定せず鬱屈とした毎日を過ごしている。
精神科の先生は毎回「まだゆっくり休む時期なんですよ。不安が過ぎるのを待ちましょう」なんて、当たり障りのない無責任ともとれることしか言ってくれない。
どういう過程を踏んでこの不安が過ぎるのか、何を持って不安が過ぎたというのか、それまでわたしはどのように過ごせば良いのか、そういうことが知りたいのに。
原因のわからない焦燥感に駆られながら、何を為すでもない日々の日数だけが膨らんでいく。

わたしの生活のバックミュージックに、天国と地獄が小さな音で流れ続けているみたいだ。
人の気なんて知らないで、明るい長調で。

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