『善悪』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
善悪
世の中、それが「善悪」のどちらかなんて分からないことばっかりだ。
例えば「励まし」
ある頃までは、「勝つことこそ正義」、とか「負けるな」、「上(前)を向け」なんて考えのもとに、歌でもなんでも、いわば「強い」ものが良いというのが多かった。
それが悪いわけではない。決して。
今は、「負けてもいいんだ」、「無理に前を向くことない」、「急がなくていい」
なんて考え方も、それなりに一般的になっている。
なぜ、そんな対極の考えがあるのか。
私が考えるに、一つ。
「時代」、「お国柄」
これが、とても関係していると思う。
日本人がごみ拾いする姿を、外国人が見て
「さすが日本人! マナーが良い」
と、思われることもあるだろう。
でも、どこかの公園のごみ箱には、空き缶も、たばこの吸いがらも、コンビニの弁当も、無造作に詰められている。
そしてそれを、一定の期間で掃除する人がいるのも事実。
「みんな」がそうではないし、そうでなくてはいけないともない。でも。
「善悪」とは、単純なようで、とても複雑だと、私は思う。
自分にとって良いことでも
人にとって悪いことがある。
反対に人にとって良いことをしても
自分にとって悪いことをしている時もある。
お互いがお互いのことを
考えて生きていくことは難しいけど
分かり合えることが少しでもできたなら
それは、また自分を成長に導いてくれるんだろう。
[善の皮を被った悪女]
パンッ。乾いた音が教室に響く。
叩かれた痛さで涙が滲む。
「痛っ…何?」と相手を歪む視界で見る。
何か叩かれるようなことをしたかと思案していると
「皆あいつに騙されてるの!何であんたなんかが!」と私を睨みながら言う。
友達が私のもとによってきて口々に「急に叩くなんて最低!」「大丈夫?!」と心配したり相手に向かって罵倒する声が聞こえる。こうなるのはわかってたはずなのに。私は涙を拭い、頬を抑えて
「私は大丈夫だからっ…何か気に触ることしてたらごめんね」と私を睨む彼女に謝る。友達は私に
「謝ることないよ!」
「優しくて良い子だからって僻んで叩くなんて」
クラスの子も相手を責め立てる。
誰かが先生を呼んできたらしく相手は先生につれられそうになったとき私は走って彼女の傍に行って
「何かしてたらごめんねっ」と目を潤ませて謝る。
去り際に「私が貴女のその下手な陥れる演技に騙されるわけないでしょ」と小さく言うのも忘れずに。
善悪
君は言った
善悪とは?
善は良い?
悪は悪い?
他に意味は
無いらしい
真剣な顔だ
僕は考えた
善悪とは?
「善」と「悪」
それ以上と
それ以下も
なにもない
それだけだ
善悪はその都度、人が判断しているだけなのだろう。
例えば、私は銀シャリが大好きで、これだけあれば生きて行けそうな気がするが、
本当にこればかり食べると肥るし、栄養が偏り、病気になり早死にするだろう。ご飯ですら善になったり、悪にもなる。
同じ事が薬にも言える。適量飲めば薬だが、飲みすぎれば毒にもなる。
アヘンは麻薬だが、薬としても活躍している。激痛を和らげ、眠れない人を休ませてくれる。
善と言えばウルトラマンだが、
大江健三郎は「破壊者ウルトラマン」と題して、ゴジラやウルトラマンを批判している。言いたい事は分からなくもないけど、
違うよ。ちょつとお待ちなさい、と窘めたくなってしまう。
マザー・テレサは聖人に認定されたそうだが、これに疑問符を付ける人もいる。
患者の苦痛に対して、宗教を押し付けるような態度で接したり、衛生管理があまりにもずさんであったなどと、批判の声があるようだ。
けれど、彼女が貧困に喘ぐ人々に優しく手を差し伸べ、真摯な態度で尽くしたのは事実だと思うのだが。
このような個々の問題を、1つ1つ、善いものなのか、悪いものなのか、丁寧に選ばなくてはならないのである。
そうそう、
永井豪の「デビルマン」は、最高傑作だとする人が多い。アニメではなく、原作の方だが。
気安く、読めとはススメられない程の問題作である。
いや、読むべきだろう。
誰かにとっての善は、誰かにとって悪
全ての人が納得する「善悪」はない
善悪
この世は一欠片の幸福の為に数万の命が犠牲になる。
灰を被った様な淀んだ雲を睨みつけて今日も男は街を歩く。その一歩一歩が男を死へと近づける。
誰かの為でも己のためでもない。ただそうするのが当然の帰結だと思って行動する。
男が住む世界は血の大地だった。幾多の者が犠牲になり各々正義の為だとか、お前らが悪なんだとかを口々に言いながら、法が通じぬ街を歩き残虐としか言いようのない様な惨たらしい死を与える。
近所の人のいい叔母さんが、学校の煩いけど誰よりも生徒のことを考えてくれている先生が、果ては昨日まで一緒にいた友達が全て余すことなく死を与えられていた。それは男の両親も例外ではなかった。
当時少年と呼べる男を両親は隠して相手に悟らせまいと、己の骨肉と命を捧げて相手を引きつけ男の命を救った。
だが心は救えなかった。男の心は深い奈落に沈んで二度と前を向くことが出来なくなってしまった…。
死の行進から10年程経って男の心は鋭い刃の様になって他人も自分も傷つける様になった。
やがてその暗い感情は死の行進を行なった敵国に向かった。街を毎日歩いたのも同じ同志を招き入れるための策。男は辿り着いた。数年かけてやっと辿り着くことが出来るようになった。国の王子がいるダンスパーティーの会場に。男は仮面を被り、王子が演説しているときに密かに登り間合いをつめると高らかに己の国の名をいい、王子に死を宣告した。
王子のそばに居る兵士たちが男の脳天に躊躇いもなく銃を向けた。けれども男は怯まず王子に向けて引き金を引いた。この世に置いていくものはもう全て無くなった。
王子の脳天に血の華が咲くとともに兵士たちの銃が高らかに音を上げた。途端に男の体は大量に血を吹き出し地にふした。霞む意識の中で男は複数の景色を見た。一つは両親があの時、一緒に死ねばよかったと己を苛んで暴れている景色、二つ目は笑顔でこちらにおいでと言わんばかりに手をこまねいて居る両親、最後は何も無いただの暗い空間。
それは男の死の末路の終着点の可能性であり、男が作り出した他愛なき空虚な妄想である。
男は嗤った。死してなおその姿は深い闇を暗示していた。
この物語はフィクションです。
ここまで読んでくださってありがとうございました。
善意が時には悪になる
悪いことをしているつもりはない
けれども、善かれと思ってしたことが
誰かの心を刺す棘になることもある
それは果たして、悪なのか、それとも悪ではないのか
考えるけど、いつも答えは見つからない
善悪ねぇ〜…
誰も善悪なんて区別できてないと思うんだよな。
なんでかって、人間っつーのは都合よく生きてるだけの、馬鹿だからな。
善と悪は紙一重だろうな。
善さんと悪さんは、正反対の性格です。
ある日、少女は善さんにこう言いました。
「悪さんかと思ったわ。」
ある日、少年は悪さんにこう言いました。
「善さんかと思ったよ。」
善さんと悪さんは、そっくりな見た目です。
善悪
環境や時代によって
善と悪の内容は変わってしまいそう
だから今ここではどうなのか
知ることはだいじかも
どうせなら善なる生き方したいし
善悪
これからの話を聞いて 貴方はどう思いますか
善 、= 「ヒーロー」悪、=「ヴィラン」
ヒーローが 人 ( ヴィラン を 倒すと ヒーローは 世界中から感動され、称えられる
けれど
ヴィラン が 人 ( ヒーロー を倒すと 世界中から 批判され 罰せられる
てことは 見方 を変えると
”ヒーローとヴィランのしてることは 実は同じなのでは …”
まぁ あなたの 意見しだいですね
善悪ってなに
私がされて嬉しいことは
他の人にしても嬉しいことなの?
自分がいい事をしたと思ったことが
あの人には悪い事だったの?
ねぇ、
善悪ってなに
「善悪」
9が月付き合った元彼と別れてもうそろそろ2ヶ月が経とうとしている。
別れてからは一切連絡を取り合わず、音信不通だった。
彼が私への気持ちが冷めたのが1番の別れた理由ではある。別れる1週間前まで、2人でお出かけして、すごく楽しかった。彼もお出かけするのが楽しいのは別れる今も一緒だと言っていた。ただ、結婚を考えると私しかいないとならなかったと。同じ県内だが、4月から転勤で少し遠めの場所へ異動する彼。「異動先で新しい出会いもあるだろうし、私にももっと良い人がいると思う。」と偽善者めいた言葉を贈られた私。彼はいつも穏やかで大切にしてくれていたけど、初めて別れる時に傷つけられた言葉。よく聞く言葉だけど、一生忘れない。私だけがあなたが良かったのね。あなたも同じかとばかり思っていたけど、いつの間にかズレていたのね。
私にとっての初彼氏。もう25歳になるけど、まだまだ忘れられる気がしないよ。
一昨日は元カレの誕生日だった。諦らめ切れない私は、思い切ってLINEした。
「お誕生日おめでとう。最近お仕事どう?」って。
冷たい返事が来るんだろうなって思ってた。そしたら珍しい絵文字付きで返信が返ってきた。別れ間際は返信遅かったくせに、数時間で返ってきた。
そんなの期待しちゃうじゃん。でも、もう絶対に私との恋愛の続きがないのなら、早く切り替えたい。
そう思って「別れてから沢山の人と会って見たけどやっぱりあなたが好きだと思った。時間ある時で良いから、会えたりしない?絶対にないなら既読無視で大丈夫!切り替える!」って2通目で送った。
見事に既読無視だった。もしかしたら、もしかしたらって通知が来るたびLINEをチェックするが、彼ではなかった。2日経った今も返信は来ない。
完全に終わった恋である。でも初めて人間性を好きになれた人。感謝の気持ちでいっぱいで、でも未練たらたらで。
この恋を無理矢理引き伸ばしたって、相手の気持ちが無ければ成り立たない。
今すぐ諦めるのが善いと分かっているが、諦められない。もう私から連絡はしないつもりだ。
でもずっと連絡を待ち続けてしまう悪い私がいる。
誰か助けて〜
善悪の違いのわからぬ無垢な存在。
それは、私たちを見下ろす時
まるで蟻を潰す時の目をしておるのだ。
ああ、げに恐ろしや。
この世の中には善悪に分かれている
僕はどーしてもなぜ分かれてるのか
悪は悪いのか 善は良いのか
人の考えなんてそれぞれなんだから
二つに分けてしまったうが楽だったのだろうか
僕の好きな歌手が言っていた
善の中に正義があるように
悪の中にも正義があるんだ
僕はどっちなんだろう
信じるものが…正義があるのなら
僕は善になっても悪になってもいい
寝坊をし、だらだらと朝食を摂り、またベッドに潜る。前日まで二人してそこそこの激務だった。外出もせず揃って怠惰を貪る正午前。せっかくの休みに何もしないのは罪悪感がある。そうぼやくと隣の彼は「悪いことは良いことだ」と枕に顔を埋めたまま言う。何となくわかるような、わからないような。どのみちくたくたでおまけに天気も悪く、彼曰く良いことを享受するしかないのであった。この後の昼食について意見を伺えば、ファストフードのデリバリーを提案された。悪行転じて善行がもう一段重なる。
(題:善悪)
お題:善悪
タイトル:人間っていいな
善か、悪か
白か、黒か
好きか、嫌いか
その間の「、」を大事にできるのが
人間の美徳だと思うのです
この世では、人を殺すと悪。
人の大事なものを壊すと悪。
人が作ったものを壊すと悪。
この世では、人が生きると善。
人のために何かをすると、善。
人を助けると、善。
この善悪は、誰が決めたのだろう。
人以外の生き物のことは、考えないのだろうか。
人って、何をもって、「人」と呼ぶのだろうか。
足が1本でも、腕が1本無くても、目が見えなかろうと、人は人だ。
じゃあ、足が3本だったり、腕が4本だったり、目が3つあったりしたら?
その人たちは、自分のことを人だと思っていても、「人」だと認識されないのかな。
この世の中は、定義が曖昧で、ルールも緩くて、それなのに、固定概念は根深く残ってる。
そんな世界のままで、いいのだろうか。
国が、政治が、大統領が、天皇が。そんなことで、いいのだろうか。
今、君が変わるべきだ。
足が3本あるからなんだ。毛が濃くたってなんだ。手が自分より少ないからなんだ。
その生き物は、その生き物であって。君は君だけ。僕は僕だけ。
それで、いいじゃないか。
善悪
人には基準がある。自分で善と思っていることが、他人にしてみれば善しとしないことだってある。
結局、善悪なんてひとりひとりの中にあって、それがどう捉えられるかということになってしまう。
生きている以上どこかで線引きしないといけないが、
善悪を持って人間ってことをわかっていれば抜けられない自分もわだかまりもきっと好きになるだろう。