この世は一欠片の幸福の為に数万の命が犠牲になる。
灰を被った様な淀んだ雲を睨みつけて今日も男は街を歩く。その一歩一歩が男を死へと近づける。
誰かの為でも己のためでもない。ただそうするのが当然の帰結だと思って行動する。
男が住む世界は血の大地だった。幾多の者が犠牲になり各々正義の為だとか、お前らが悪なんだとかを口々に言いながら、法が通じぬ街を歩き残虐としか言いようのない様な惨たらしい死を与える。
近所の人のいい叔母さんが、学校の煩いけど誰よりも生徒のことを考えてくれている先生が、果ては昨日まで一緒にいた友達が全て余すことなく死を与えられていた。それは男の両親も例外ではなかった。
当時少年と呼べる男を両親は隠して相手に悟らせまいと、己の骨肉と命を捧げて相手を引きつけ男の命を救った。
だが心は救えなかった。男の心は深い奈落に沈んで二度と前を向くことが出来なくなってしまった…。
死の行進から10年程経って男の心は鋭い刃の様になって他人も自分も傷つける様になった。
やがてその暗い感情は死の行進を行なった敵国に向かった。街を毎日歩いたのも同じ同志を招き入れるための策。男は辿り着いた。数年かけてやっと辿り着くことが出来るようになった。国の王子がいるダンスパーティーの会場に。男は仮面を被り、王子が演説しているときに密かに登り間合いをつめると高らかに己の国の名をいい、王子に死を宣告した。
王子のそばに居る兵士たちが男の脳天に躊躇いもなく銃を向けた。けれども男は怯まず王子に向けて引き金を引いた。この世に置いていくものはもう全て無くなった。
王子の脳天に血の華が咲くとともに兵士たちの銃が高らかに音を上げた。途端に男の体は大量に血を吹き出し地にふした。霞む意識の中で男は複数の景色を見た。一つは両親があの時、一緒に死ねばよかったと己を苛んで暴れている景色、二つ目は笑顔でこちらにおいでと言わんばかりに手をこまねいて居る両親、最後は何も無いただの暗い空間。
それは男の死の末路の終着点の可能性であり、男が作り出した他愛なき空虚な妄想である。
男は嗤った。死してなおその姿は深い闇を暗示していた。
この物語はフィクションです。
ここまで読んでくださってありがとうございました。
4/27/2024, 3:40:17 AM