『同情』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
同情なんていらないから
理解してくれない?
同情して、辛いよね、頑張ったね
って言われましても。
その言葉をかけられて舞い上がるほど馬鹿じゃないからさ
わかった気になって近付かれても困るんだよね
同情じゃなくて理解が欲しい
同情
わかるよ
わたしもそんな気持ちになったことあるよ
一緒に頑張ろう
違う 私の傷はそんなもんじゃない
そんな安っぽくない
あなたになんてわかるもんか
私の傷は 私のもの
2024/02/20
@同情
家に帰ると僕は独りだ。
昨日出ていった君は、今頃どうしているのだろう。
もう一人の男と遊んでいるのかな。
笑顔で過ごしているのかな。
本当に最低だね。
君のことが好きだったなんて信じられない。
僕はそれほどまでに追い詰められている。
どうしてくれるの?
僕の気持ちを返してよ。
僕は今、すごく苦しいんだ。
すごく傷付けれたんだ。
でも時間が経てば忘れてしまう。
この生活も、君と出会う前に戻っただけだと、
いつか気づく日がやってくる。
友達が学校に来なくなった。
いわゆる不登校ってやつになったんだと思う。
心配とかしなきゃいけないんだろうけど、
どちらかって言うと私は友達に嫉妬した。
私だって行きたくない。
友達だって少ないし、楽しいことなんてひとつも無いし、毎日毎日苦しくて学校の先生も授業も雰囲気も全部大っ嫌いだ。
でも親は休ませてくれないし、朝から学校の事でお母さんと喧嘩なんかしたくない。
だから毎日泣きながら通ってた。
それでも友達は学校に来なくなった。
あの子は学校に来なくてもいい権利を勝ち取った。
羨ましかった。
なんであの子は学校に来なくても許されるのに
私は泣きながらでも通わなきゃ行けないの?
なんで私は苦しむ道しか許されないの?
なんで私は……
こんな事思っちゃいけない。
それを分かってるから、より自分が醜く見える。
そんな時、その友達から電話が来た。
「どうしたの?」
さっきまでの感情は嘘だったかのように心配するかのような声色で私は言った。
「ごめんね、突然電話なんて。でもあんたしか 相談できる人いなくって。」
か細い声で友達は答えた。
どうやらその子はその子で学校に行けない事に悩んでいるらしく、私に話を聞いて欲しいらしい。
「急に学校行かなくなって心配かけたよね。
ごめん。もうどうしても限界でさ。」
友達の声は少し震えている。
「次の日学校に行かなきゃって思うと夜も眠れないし、校門の前に来ると足は震えるしでさ。
そうしたら両親がそれに気づいてくれて今は休ませてもらってるんだけど…」
良かったね。休ませてもらえて。
理解のある両親で。
私だって同じ気持ちで毎朝登校してるよ。
眠るとすぐ朝が来るように思えるから眠るのが怖いんだよね。
登校中、だんだん同じ学校の制服来てる子達が増えてくると途端に緊張して冷や汗が止まらないんでしょ。
それをほぼ毎日続ける生活を考えただけで吐き気がするよね。
で、そんな友達の経験談に同情してる私にも腹が立つ。
私よりも辛そうにしないでよ。
私よりも泣きそうにならないでよ。
休めてるんでしょ。良かったじゃん。
もうそんな思いする必要ないんでしょ。
同情しちゃったら…あなたも私と同じだったんだねって…あなたも辛かったんだねって…
思わなきゃいけないじゃん…。
私が悲劇のヒロインでいたかった。
私がいちばん辛いんだって思いたかった。
そうすればなぜか心が楽になったから。
なのに同情しちゃったら…
友達はそんな私の気持ちなんて察しもせずに
学校に行かなくなっても不安は消えないだの、
周りの目が怖いだの、両親に顔向けできないだの、自分の悲劇っぷりを話した。
私はただ黙って聞いてることしか出来なかった。だってなんて言えばいいのよ。
ぶっちゃけそんな話聞いたって、可哀想なんてこれっぽっちも思わない。思いたくない。
私が羨ましがった環境を手に入れてるその子にさらに同情しろって言うの?
一通り自分の胸の内を話し終わった友達は、
「少し気持ちが楽になった」と言って電話を切った。
私は自分のあまりの惨めさに涙を零した。
同情は行き過ぎると虚しい。
私はそう思う。
だから、たった1つの、空っぽのグラスを置く。
救いにはなれないから。
救いになる気もないから。
ただ。
愛しいあなたが。
私を信用してくれるあなたが。
抱え込むナニカを、注げますように。
同情は好きではない
人の気持ちになってるつもりで
気持ちや話を進めてしまって
自分で酔って人も酔わせてしまうから
酔わない同情はありますか?
あなたは同情に強い方ですか?
たまには同情に酔ってみますか?
可哀想に。ふと思い浮かんだこの言葉だが、彼を内心で見下しているようで嫌な気持ちになった。
同情しようにも、自分に置き換えて想像するだけで首を絞めたくなるというのに、それを実際に体験して尚、彼はよく生きている。
その強靭さを少しは見習いたいものだが、私なんかが一生を掛けようども、辿り着ける領域ではないらしい。
同情。
もらったところで返せないなら私には必要ない。
与えられたところで現状を変えられないなら、他者にも与えるべきではないだろうとも思う。
こう考えてしまうのは、心に余裕がない「同情される側」の人間だからだろうか。
構ってほしいなら、かわいそうに思ってほしいなら、慰めてほしいなら、きちんと伝えるべきだろう。
というのが私に向けられる同情についての意見だ。
全く同じ情を感じとるなんて器用な真似できる人間はいないのだから、同情なんて無理にしなくてもいいだろう。
同情をしていいのは、心に余裕があって、人に寄り添う覚悟のある者だけだ。
同じ情を背負うとはそういうことじゃないのか、という個人の意見だ。
まあ、細かいことは気にすべきじゃないのだろうけど。
私なんかより、大変だった人はいっぱいいる。
昔の大変な経験を乗り越えてある今が評価される。
不登校?でもぽつぽつとは行ってたんでしょ?教室に行けずに泣いてた?違う教室で一日過ごしてた?でも外には出れてたわけだし。塾は楽しく通えてたんでしょ?リスカしてた?ちょっと手の甲切ってただけでしょ?
私の大変は、世の中的に大したことない。
不登校歴が長いほど同情され、つけた傷の深さや血の量、残る傷跡でも評価が違う。
ごめんね。期待してるような大変な経験がなくて。
こんなんでくよくよしてて、ごめんね。
馬鹿だから、ごめんね、
同情なんか要らない。お前の同情なんかこれっぽっちも要らない。
同情
同情とは何でしょうか
心の奥にある温かさでしょうか
苦しみや悲しみを分かち合う力でしょうか
同情は人と人との絆を強める
同情は自分と他者との境界をぼかす
同情は優しさと思いやりの表れ
同情
同情なんてされたくない、ふつう
俺を見下してるのか、って思ってしまう
おまえまで俺を馬鹿にするのかって
でも、本当に
苦しいとき
つらいとき
助けてほしいときは
同情してほしい
見下していようが
馬鹿にしてようが
そんなこと、どうでもいい
とにかく俺の話しを聞いてほしい・・
人ってむずかしい
僕は、いつも、となりであなたをみているけど、
ささいな仕事のトラブルを抱えても
くじけないところに、感心する。
きっと、我慢してたり、悔しかったり、
きつかったり、、、
いろんなことが、毎日重なってるんだと
僕なりに、推測する。
だけど、あなたは仕事に向き合って
慰めながらも、自分を奮い立たせて
仕事も家事もこなしている。
助かってるよ。素直に言えない僕は
同情という名でごまかしているかもしれない。
あなたのそばにいることは、でも、確かだから。
「同情」
可哀想に。あの子生まれつき目が見えないんですって。ヒソヒソと聞こえる言われ慣れた言葉。
''可哀想に''
人間はどんな時にそんな言葉を口にするのだろうか。僕にとって目が見えないのはごく当たり前のことで確かに話を聞いている限り見てみたいと思うこともある。でも見るということ自体がよくわかっていない僕にはその同情というものはとても腹立たしいものだ。むしろそんなことを言っているやつの面を拝めないのが残念なくらいだ。
目の前にはどんな景色が拡がっているの?色って何?空って?海って?気になることは沢山ある。耳で得た知識だけならたくさんのことを話せる。でも実際に見て見ないと想像ならできるけどなんの面白みもない。答えのないものばかり。見えるようになったらこうしてみたい。どこに行ってみたい。そんな夢ばかりが増える。現実はそんなに甘くはないというのに。
じゃあ僕が見たい世界というものを教えてくれる人は誰?どんな子なの?同じ病院に入院している女の子。彼女は白血病という難病?というものにかかっているんだとか。面白い話を沢山してくれるけどその姿を見ることは出来ない。もし目が見えるようになったら1番に彼女の顔を見たい。それが今の1番の願い。
毎日毎日、なんのかわりもない。ただ彼女の話を楽しみに過ごすだけの日々。明るくなったり暗くなったりしている認識はあるから朝と夜の区別はつくが季節?というものや天気?というものは何も分からない。それでも「今日は晴れてるね」とか「今日は雨が降ってるよとか」どんなことでも楽しそうに話している彼女は気になる存在だった。
ある日いつものやうに彼女が来るのを待っていたがいつもよりも院内が騒がしく看護師さんたちの走り回る音だけが耳に入ってくる。その日彼女は来なかった。次の日も、その次の日も。
5日ほど経ってから先生と両親が泣きながら僕に教えてくれた。ドナー提供をしてくれる人が見つかったと。その言葉を聞いた瞬間僕はようやく彼女の顔を見ることができると喜び顔から水が流れ落ちるのを感じた。
手術まではそう長くなかった。ドナー提供してくれた子は僕と同じくらいの歳の子だとだけ知らされた。確かに他の人の目を貰うということはその子の体の一部なのだからその分の責任はとても重いものだと自覚していたが何よりもその子の分までしっかり生きて色んなものを見なくちゃいけないと言え使命感に駆られた。
手術は無事成功し暫くは経過観察で部屋から出ることは出来なかったけど初めて見ることのできた両親の顔、自分の顔、色。どんなものを見ても感動そのものだった。2、3日経って暫くは入院だが自由に出歩いて良いと言われたのであの子に会いに行くことにした。いつも言っていた2階端の部屋。最近会えなくて僕の目が見えるようになったことは知らないはずだから会いに行ったら驚くだろうと胸を躍らせながら部屋の前に立つ。一つ大きな深呼吸。コンコンとドアを叩く。返事は無い。寝てるのかと思いそっと開けてみるとそこには誰もいなかった。何もなかった。
彼女はどこへ行った?難病って言ってたから退院できないって。じゃあなんでここにいないの?部屋移動した?頭の中がぐちゃぐちゃで何も考えれなくなってその場にしゃがみこんだ。看護師さんに僕どうしたの?と声をかけられ顔を上げると、何か知っているような顔で''可哀想''にと言われた。
(続?)
同情
それはさ、こっちからしたら迷惑だ
お前なんかにわかるかよって
思っちまうんだよ
浮気も、いじめも、裏切りも
全部同情され続けてきた
本当に悔しかった
だから次は、俺が同情する番だ
お前、俺と同じ憎しみを味わえよ
健やかなる日も病める日も
苦しい日も楽しい日も
辛く悲しい日も光溢れる希望の日も
その全て側で見届けられるなら
共感も相談も改善も出来ないけれど
ただ話を聞くことくらいは出来るから
時にはちょっと苛められることもあるけど
大体は強く抱き締めてくれるなら
その苦楽を少しだけ
喜怒哀楽を少しだけ
君の夢の代わりに貰っていこう
その不安を少しだけ
情緒不安定を少しだけ
君の薬の代わりに貰っていこう
抱き締め返すことも励ますことも出来ないけど
紛い物の真似事の心かもしれないけど
おんなじ気持ちだって肯定できたなら
子供の時と同じように
名前を呼んで笑っていてほしい
<同情>
赤に黄に茶に鮮やかに色づき、
散る様も敷き詰められる様も美しく、
踏み歩けば高らかに歌い、
集め燃せば一時の暖、
「死んでも役に立つなんて良いよね
汚いだけの人間とは大違いだ。」
身体の部品は誰かの不良とすげ替え、
血も髪も誰かの不足を補い、
土にも海にも空にも帰らず、
胸元に輝く小さな石、
無為を有為にする最大限、
「でも、これでよかった?」
この身一つきりの墓守り
死者に果たして口はなく。
<枯葉>
同情
同情される筋合いなどない
誰も同情してくれなど頼んでいない
お前はただ話を聞いただけだ
まぁ同情される様な話をした自分が悪いのかもしれないが
同情目当てに話したのではない
浮世に蓄積された不満と苦しみを吐き出しただけだ
それにお前が勝手に同情した。ただそれだけだ
誰かが怪我をしたら、アア可哀想
汚い鳥の様に ア゛ア゛可哀想。と繰り返している
不運なことがあるごとに可哀想と騒ぎ立てる
怪我をしたら処置の話をすればいいだけであろう
何故、可哀想と思うのだ
同情して哀れみの目を向ければそこで解決だと思うなよ
同情は確かに世渡りの術になるかもしれないが
実際に同情されたら良い気分になる人がいるだろうか
いるとしたら同情されたがりの構ってちゃんだ
その潤んだ瞳はゴミでも入ったのだろう?
無駄な芝居はよせ
可哀想と言えればそれで満足か?
傍観者だから同情出来るのだ
当事者はその同情すらに負の感情を抱く
人は自分が同じ立場になったら〜と考えるらしいが
そう考えているなら可哀想という言葉は出てこないだろ
可哀想など自分はならなくて良かった
ああ貴方はなったのね。可哀想という意味だろ?
自分がこんな事になったらたまったもんじゃないと思ってるのだろう?
負の感情を抱くかは人によるだろうが、
同情されてそれをまんまと信じる輩がこの時代にいるだろうか
人間そんなカラクリ人形の様に上手く馬鹿に出来ていない
同情などされて嬉しい馬鹿などいない
もし同情されたくなったら
拾ってくださいと書いた段ボールにでも入ればいいさ
そこで一日を過ごせばいい
世間の風当たりが分かるだろう
可哀想など何も意味のない言葉だ
可哀想としか言えないお前のお頭が可哀想だ
同情
同情
同情ってなんだろう。小説の主人公が叫んだ言葉。「同情なんてやめて!」同情ってなに。分からない。そんな風にたまに思い出したようにぐるぐると考える。
同情してくれてるの?
ありがとう
もう泣きやんで
大丈夫だから
はぁ めんどくさい
全てがめんどくさい
"同情"
同情はいらないし、されたくない。
この感情は俺のもの。何かをするのに、俺と同じ感情を抱く必要は無い。
せめて《同じ思いを持つ》だけじゃ無くて、《同じ思いを持った上で自分で考えて行動》して欲しい。
俺に同情するより、目の前の事に集中して動いて欲しい。