『何もいらない』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
「願いを一つだけ叶えてやる」
無感情な声が聞こえた。けれど視界は塞がれ、何も見ることはできない。
ここはどこだろう。自分は今まで何をしていて、何の理由でここにいるのだろうか。
そんなことを考えていると、あちらこちらから願う声が聞こえてきた。
――注目されたい。有名になりたい。
――お金持ちになりたい。欲しいものを何でも買えるようなお金がほしい。
――好きな人と両想いになりたい。
例えるのならば初詣で絵馬に書くような、あるいは七夕の短冊に書くような願い事。
塞がれた視界で目を瞬いた。
声には抑揚がなく、どんな人が願い事を言っているのかは分からない。だとしても、随分と熱のない願い事だと思った。
思いが込められていないというべきか。単調な声だということを抜きにしても、本心から叶えてほしいと思っているようには思えない。
ぱちん、と音がした。その小さな音と共に、願う声は搔き消えた。
無音。願う声はあったのに、誰かの息遣いや衣擦れの音など、人が立てる音は何一つ聞こえないことに気づく。
困惑に眉が寄った。
「一つ、願いを言うといい」
先程よりも近い距離で声が聞こえた。
ざわり、と辺りの空気が揺らめく。
どうか、と願う声がして、それを口火に周囲から声があがった。
――生きたい。
――帰りたい。大切な人の所へ。
前のものよりも切実な願い。それほどまでに追い詰められてしまっているのだろうか。
生きたいと願うということは、つまり命に危険が及んでいるということだ。死への恐怖からか、未練からか。重なる声は最初の熱のない願いよりも大きく、強く響いている。
からん、と音がした。その音と共に、波のように広がっていた声は静まり返っていく。
静寂。耳が痛くなるほど、何も聞こえない。
小さく肩が震えた。
「願いを言え」
すぐ側で、声がした。
感情が乗らない声。無機質で、それが恐ろしい。
「何を願う」
声が近い。まるで直接鼓膜を揺すられているようで、頭がくらくらする。
願わなければ。求めなければ、ずっとこのままだ。
本能がそう確信する。その警告に従い、のろのろと口を開いた。
「願いは……」
その続きは言葉にならない。
早く言わなければという焦りはあるのに、何も思いつくものがない。
叶えてほしい願いはなんだろうか。
そう考えた時、焦りは消えて、代わりにいつもの自分が戻ってきた感じがした。
「願いはない。何もいらない」
はっきりと言葉にする。
「何も願いはないということか」
「叶えたい願いはある。でも叶えてほしい願いは何もない」
願いは誰かに叶えてもらうのではなく、自分で叶えたい。そのためにいつも努力をしてきた。
それが自分だった。その前提が崩れてしまったら、もう自分ではいられなくなってしまう。
声は何かを考えているように沈黙した。
そしてしばらくして、変わらぬ無感情な声が静かに告げた。
「求めぬのならば、戻るといい」
次の瞬間、息苦しさを感じた。
体が熱い。頭が痛くて意識が朦朧とする。
立っているのか、それとも横たわっているのかも分からない中。
「また会おう」
解放された視界が、歪に弧を描く二つの金の眼を捉えていた。
重苦しい溜息を吐きながら、窓から外を見下ろした。
よく分からない夢から醒めた後、原因不明の高熱で数日間寝込んでいた。
食事も受け付けず、常に強い頭痛を感じて眠ることもままならない。生き地獄を味わいながらも何とか峠を越えることができたのは、家族の献身があったからだ。
その時の申し訳なさを思い出しながら、小さく息を吐く。回復したものの、日常はがらりと変わってしまっていたことに、まだ戸惑い混乱する気持ちで落ちつかない。
高熱で魘されていた時、ちょうど学校の行事で校外学習があった。
その時、クラスメイトを乗せたバスが事故にあったのだという。
大きな事故だったようだ。無傷だった生徒はいなかったらしい。
誰しもが何かを失った。生きたいと願った代わりに、大切なものを差し出したように。
歌が好きだったある生徒は声を。絵を描くことを生きがいにしていた生徒は色を。将来を有望視されていた陸上部に所属していた生徒は自由を。
思わず顔を顰める。夢の中で、ただ願いを叶えると言った性悪さを思い出す度、気分が悪くなった。
窓から視線を逸らし、カーテンを閉める。明かりを点ける気にもならず、ベッドに倒れ込んだ。
何もいらないと言った自分は、何もなくただ戻ってきたはずだった。けれど願わなかったのに、勝手に与えられるものがあったらしい。
視界の端で揺れる不思議な尻尾。覗き込むように顔を近づける、金の眼をした猫に眉が寄る。
「今日もご機嫌斜めだな」
「煩い。どっか行って」
夢の中と同じ声音で、しかしとても楽しげに猫は囁く。
目が覚めて変わったこと。今までは見えなかったモノが、何故か見えるようになってしまっていた。
猫の仕業かと思ったがそうではないらしい。死に近づくと、目が開くことが時折あるようだ。
「そんなに嫌うことないだろう」
「性悪なやつを好きになんかなる訳ない。早くいなくなって」
手を追い払うように動かすが、猫がどこかへ行く様子はない。ただわざとらしく溜息を吐いて、ゆるりとしなやかな尾を揺らした。
「まだ納得がいっていないのか。あれが釣り合いのとれる最小だというのに」
その言葉に、目を逸らした。
命の対価は、けっして安くはない。命を願ったのだから、相当の代わりが必要なのは理解できなくもない。
「それにあの場で全て告げた所で何も変わらない。長引かせるだけ、迷わせるだけ酷だろうに」
何も言い返せず、目を閉じた。
「まあ、お前のように自力で這い上がる者もなくはないが、百年に一度あればいい方だ……うん、本当にお前の切り返しは、美しさと気高さがあったな」
体に擦り寄られる感覚がする。温もりが感じられないことが不思議だった。
「しばらくは退屈せずに済みそうだな」
「何もいらないって言ったんだから、大人しく帰って!」
笑う声。
心底楽しそうな猫に、変わってしまった日常を突き付けられている気がした。
20260420 『何もいらない』
描かれるユメは
何もいらない
望まれるユメは
希望以外何もいらない
抱かれるユメは
希望と意志以外何もいらない
追われるユメは
希望と意志と行動以外何もいらない
叶えられるユメは
希望と意志と行動と努力と計画と…以外何もいらない
私たちが見ていると思っていたユメは、実は逆に私たちのことを見ている。私たちに何かを求めている。
ユメは叶わない、それは私たちが、ユメに必要なものを与えてないからでないか。
と見えない何かに説教されてる気がした僕は、注文が多すぎるよとため息をついた
何もいらない
軽快な足音が、豪邸に響き渡る。
見張りはいない。全ては彼の計画通り。
そう、彼こそが世間を賑わす大怪盗。
少し癖のある黒髪が揺れ、青い瞳が月明かりに照らされた。黒いスーツに身を包み、堂々と胸を張って廊下を進んでいく。ランウェイを歩くかのように、ステップでも踏むかのように。
予定通りに、宝物庫の前へ。鍵も、彼の前では単なる装飾品。
重厚な扉が、彼を迎え入れるかのように、鈍い音とともに開いた。
ショウケースの中に、お行儀よく並べられた無数の宝石たち。壁にかけられた絵画の貴婦人が、彼を静かに見つめる。
彼の視線は、部屋の中央で止まった。
そこには、豪奢な椅子に腰掛けた少年が一人。
「ビスクドール?」
怪盗は、少年に吸い寄せられるように近づいていく。
腰に届くほどのたおやかな銀髪に、光の無い大きな琥珀色の瞳。白く、陶器のような肌。
「だれ?」
少年の口から、鈴のような声がこぼれた。
「俺は怪盗」
「かいとう?」
少年は、表情ひとつ動かさない。ただ、時折する瞬きだけが、彼が生きていることを示していた。怪盗は、少し考える素振りを見せた。
「なあ、俺を見逃す代わりに、何でも好きなものを盗ってきてやる。何が欲しい?」
「ほしい…?」
少年はつぶやいた。
「何もいらない」
怪盗の眉間にシワが寄る。
「本当に、何もいらないのか?」
少年は、不思議そうに首を傾げるだけだ。
「俺は何だって盗ってこられる。金銀財宝も、どんな機密情報だって…」
そこまで言って、怪盗は気がついた。この少年は"欲しい"という概念が欠落している。
あたかも人形のように飾られた少年。歳は十歳ほどに見えるが、その割に言葉がたどたどしすぎる。この部屋から出たことがないのではないか。
「なあ、俺は世界を飛び回って宝を盗んできた。外の世界の話、聞くか?」
少年の瞳に、初めて光が宿った。
怪盗は、顎に手を当てた。そして、手探りに語りだした。
「そうだな、昨日は警備が厳重な美術館から、不正に入手された絵画を盗み出した。その前は、貴族の屋敷から、黒い金を全部根こそぎ盗って。街でばら撒いたな」
琥珀色の瞳が、期待に揺れる。少年は、椅子から身を乗り出した。怪盗の青い瞳を、じっと見つめる。
怪盗は話を続けようと再び口を開いたが、どこからか人の足音が聞こえてきた。どうやら時間のようだ。
少し屈んで、少年に目線を合わせる。優しい声で語りかけた。
「外の世界には、お前の知らない宝が山ほどある」
少年は、ただ頷いた。
「今日は何も盗まないでおく。じゃあな」
怪盗は、月明かりの射す、窓の方に歩き出した。
少年が怪盗の袖を引っ張る。怪盗は、少し驚いた顔をした。そして足を止め、振り返った。
「また来るよ」
少年の頭に軽く手を乗せ、微笑んでみせた。
怪盗は、窓から夜の闇へと消えた。
残された少年を、窓から入る冷たい夜風が包んだ。
【何もいらない】
5
あのぬいぐるみさんほしい!
いっしょにあそぼ!
おかしたべたい!
4
そのクレヨンかしてほしい!
これあげるね!
いっしょにあそぼ!
みんななかよくしてほしいな!
3
自由帳買ってほしい!
誰とでも仲良くしたい!
…ほっといてほしい…
みんなありがとう!
2
疲れた
みんなについていけない
止まってほしい
放っておいて
1
構わないで
いじらないで
『』
…消えたい
「〇〇があれば他には何も要らない」
何か譲れないものがある時、そう表現する事がある。
大切なものがあれば、あなたがいれば、……「他には何も要らなくなる」と思えるほどのものと、そう思う価値観と言うのは人によって違うだろう。
しかし、実際問題として「何も要らない」と言うのは現実的ではないと思う。人間は酸素がなければ窒息死するし、食物が無ければ餓死してしまう。
果たして、何か一つの物事の為に己の命を投げ出せる人と言うのはどれ程いるのだろうか。
何かと引き換えに命を差し出す人はいるかもしれないが、引き換えですらないのだ。あなたがいてもいなくても、何かをしてもしなくても、変わりなく存在するものの為にただ死ぬ事を人は選べるのだろうか。
かく言う私の目下には今、自身の想いの為に命を散らした死体が一つ、転がっている。
それこそ「酸素すら不要!」と喚き散らしながら大きめのレジ袋を頭に被り、随分滑稽な事切れ方をしていた。
馬鹿だと思う。愚かだと思う。
こんな死に方をするくらいなら、理不尽な世の中に苦しんで、現世から逃げる為に死んでくれた方が何百倍も納得出来た。
「君さえいれば他には何も要らない」と言ったあなた。
私が言った言葉を忘れたのだろうか。
「私も、あなたさえいれば他に何も要らないわ」
ねえ、「あなた」がもう、この世界のどこにもいないの。
あなたが「あなた」を奪ってしまったの。
どうしてそんな簡単な事も分かってくれなかったの?
どうして、どうして。
何よりも必要なあなたがいなくなってしまった私はどうすればいいの。
遠くから聞こえるパトカーの音を聞きながら、霞む視界でただ、転がった死体を眺めている事しか、私にはできなかった。
「歳を取るとさー体力も無くなって物欲も無くなるんだって」
「へぇ」
「だからさー」
「うん?」
「そうなる前にお前をちょーだいよ」
にんまり目の前にいる男に笑いかけたら小気味よい音を響かせてあたまを叩かれた。
「痛い!!!なにすんのよ!!」
「人をモノみたいに言うからだ」
気持ちばかり上から見下ろすように冷ややかな目線を向けてくる。
「俺は本気だ!!!」
めげずにその手を取り握りしめると、思いっきり振り払われて鼻で笑われる。
「相変わらず冗談がお好きねー」
何その話し言葉…。
目が笑ってないし、怖い。
「…本気なのに」
本人に聞こえるか聞こえないぐらいの声で反論する。
目線を逸らしてしばらく何も言わないでいるとため息を吐く音がした。
「で、何か欲しいモノでもあるのか?」
「は…?」
思わず不意を突かれてその顔をまじまじと見返した。
「突然そんな事言い出すなんて何かあるんじゃないのか?」
彼の発言がしばらく理解出来なくてそのまま見つめる事となる。
そこまで真剣に捉えられるとは思わなかった。
適当に発言しただけなのにこんなに真に受けられると逆にこっちが戸惑ってしまう。
「ただの求愛行動ですが…」
「冗談はいいから本当のこと言え」
「いやだから…」
「なにか言いづらい事なのか?」
「だからね…」
何でこいつは普通はしっかりしてて器量もいいのにたまにこう的外れな方向に走っていくんだ。
特に俺の告白は全然こいつに響かない!!
「おれに出来ることなら協力するし…」
なんてなおも的外れな事を言い続けている。
「もういい。お前は何もしなくていいから黙っててくれ」
ちょっと気持ちを立て直すから待ってくれ。
俺のことを考えてくれて力を貸そうとしてくれるのは嬉しいしありがたい。
でもそんなものはいらないんだよ。
俺が欲しいのはそんなんじゃないんだ。
わざとやってるなら勘弁してくれ。
(何もいらない)
何もいらない
通勤鞄の奥底から出てきたのは、何年前に買ったか分からないような今の趣味とは違う花柄のキーケース。ここ数年出番が無かったのは、わざわざ家に帰るたびにキーケースを探るのが面倒で、家の鍵と自転車の鍵だけ束にして上着のポケットに入るようになったからだ。実家の鍵やら何やらその他の諸々の鍵も取り出したはずだから今はもう空だろう。なんとなしに開いてみたら、一番右の列に小さな黒の鍵がかかっているのが見えて一気に胸を締め付けた。あぁ、そうだ。返すのを、忘れていたんだっけ。
久々の口喧嘩は日に日にヒートアップして、ついには自分の方から家を出た。彼の前で、素面で泣いたのは後にも先にもあの一回だったっけ。彼がいないところでは幾度となく流した涙を思い起こして、条件反射のように鼻の奥にじんわりと嫌な味がした。分かっていたはずだったのに。涙を流すのも、言い返すのも、全部駄目だって。彼は面倒な女は嫌いで、私がそのポジションを割と長い間務められたのも我儘を言わなかったからだって。家を出て次の日も仕事で休めるわけは無くて。忙殺されそうな身体とボロボロの精神で周りに心配されるぐらいに顔を腫らして。2日も続いてこれはいい加減断ち切らなければとやっとの思いでLINEをブロックしたんだっけ。
これ、どうしよう。キーケースから外すこともできずに机の上に置いたその小さい鍵を睨みつける。鍵って、普通に捨てていいんだっけ。なんか防犯上駄目なんじゃ…てかそんな後味の悪い別れ方をした奴の防犯なんて考えなくても良いんだろうけど。もうあそこ引っ越したのかな。合鍵無くしたって言って大家さんとか管理会社の人に怒られたりしたのかな。久々に思い出したはずなのに鮮明にその金髪の綺麗な顔を描けていることに自分でも驚いた。あぁ、でもそうか。ごく偶に、未だに夢に見るもので。まだ幸せを感じていた頃の、あの美化されたはずの甘い記憶を反芻しながら、潤んだ目で起きて現実へと引き戻されるという最悪な寝起きは別れてから何度もされていたっけ。
じっと黒と金属のその塊を見ているうちに、恐ろしいことに気づいた。あることを検索してから震える指でその緑のアプリを開く。「設定」から「友だち」を開いて、現れた「ブロックリスト」。通知が鬱陶しくなってブロックした公式LINEばかりの中に埋もれていたあの名前。懐かしいアイコンを見てじんわりとまた涙が滲む。トーク画面の一番上に固定されていたはずの金髪も落ちぶれたものだ。完全に消したつもりでいて、それでも消しきれずに残っていたのはあの時の呪縛だ。考えあぐねてその金髪を選択し、ブロック解除を押す。あっちだってブロックしているかもしれないし、届かないかもしれない。もし届いても無視されるかもしれない。
もう今は、何もいらない。舞い上がっちゃうほど嬉しかった鍵だって、返してあげる。
※書きかけ
お願いお願い! あなただけ! あなたがいれば、わたしあとは何もいらないから! だからわたしのものになって? それもダメ?
お題:何もいらない
書きたいのでスペース確保
題材【何もいらない】より
#何もいらない
何もいらぬと
言の葉にのせて
風に解き放てば
その言葉が
また己の胸を縛りつける
何もいらぬは
ただの偽の謙虚
何も言えぬまま
今日また胸の奥に
欲を一つ抱く
何もいらない
何もいらない
何もいらないからさ、
今の息苦しさと不安を取り除いとくれないか
はい、枠確保です(´・ω・`)
「米と漬け物があれば他は何もいらない」
とか言われてもね、おかず作らないわけにはいかないのよ(´・ω・`)
他に思い浮かばないなぁ……
商品がたくさんおいてある店に行くと、わくわくしてしまう。何か良さそうなものが見つかるのではないかと思う。
店に入ってみる。ああ、これも、あれも…と次から次へと気になる商品が出てくる。まだまだ奥まで、たくさんあるのだ。もっといいものがあるかもしれないと思う。
片っ端から見ていく。さっきのと比べてどうかな、こちらの方がいいかな。いや、あれもあるぞと目移りする。選べない。頭の中がぐるぐるしてくる。そのうち、どれもいらないかもなんて思えてくる。
結局、まあ今日はいいかと店を出て行く。人は選択肢がたくさんありすぎると、選べなくなるらしい。なんだか分かる気がする。
「何もいらない」
#何もいらない
何もいらない
何も欲しくない
一つ贅沢を覚えれば
もう後戻りできない気がして
だから一歩も踏み出せない
貴方との距離も
いっそこのままで
何もいらない
■短編(ファンタジー、忠誠)
「殺せ」
少し高い位置から、声が落ちる。
「……承知」
頭を下げる。
顔を上げて、扉を出る。
廊下を進む。
足音だけ、続く。
――あの者は、まだ使えた。
足が止まる。
いつからか。
こうして済ませるようになった。
口元が歪む。
眼鏡を押し上げる。
息を吐く。
足を進める。
空気が、少し冷える。
「開けろ」
「はっ」
金属音。
扉が動く。
仕えると決めた時から。
他には、何もいらない。
(後書き)
少年アニメの悪役参謀が死ぬたび、辛さに耐えておりましたTT
ご贔屓にしている投稿者様がおりまして、その方のファンタジー作品がおもしろいです(^^)
トイレから戻ったら、自分の席に知らない女が座っていた。
そこは俺の席だからと言って、退いて貰えばいい。そう言ってくれるな。全員怖い。入室した空気の気流の流れで、自分が雑魚だとバレるんだ。
ほら、自分はただ、机にかけておいた弁当を回収したいだけの男なのに、彼女らはまるで不審者に近づかれたみたいに笑いをやめる。取るに足らないちっぽけな存在は「そこをどけ」と自分の権利を主張したり、抗議の意味を込めて睨んだりとかいうことはしないのに、得てして一方的に害意を向けられる。喋ったことない奴らに何故か嫌われているのだ。
かと言って、件の女のような図太さも持ち合わせない繊細な男、俺。空席を押し退けて教室をあとにする。昼食の時間は無限ではないのだ。食堂へ。同じ制服の群れでごった返すのを確認した瞬間、踏み入らず、中庭へ。 昨晩の雨のために、辺りは露に包まれていた。自分しか居ないのを確信して、よし、と内心頷く。が、他多数が中庭で食べるのを諦めたのと同様に、濡れたベンチを確認して校舎へ引き返す。
結局は、個室が最強だった。これこれ。最初からここに戻ってくればよかったのだ。変顔をしても、変な声を出しても、ここにいる限り、それが俺だと認識されることはない。──けれども、ちっとも食欲がわかないのは、この場所の本来の用途を意識してしまうからだ。きっとそう。
たかが同級生の視線に怯えたり、胃液が込み上げてくるような惨めさを感じたりは、しなくていい場所のはずで、であるから自分は、ここにいる限り安心すべきなのに。
何もいらない
あの子のために、僕は僕のできることを全部やった。
あの子が課題をしたくないと嘆いたから、勉強は嫌いだったけど、全部完璧になるまで勉強した。彼の課題を、代わりにやってあげられるように。
あの子が働きたくないと言ったから、多少無茶をしてでも給料のいい会社に就職した。彼を養ってあげられるように。
あの子はとてもかっこよくて、綺麗で、気だるさを孕んだあの目が誰彼構わず誑し込んでしまう。
誰かに彼を取られるのが怖くて、彼にも僕に依存してほしくて、僕は更に頑張った。
彼がお金が欲しいと言えば、欲しいだけ全部あげた。
生活が苦しくなってきたけど、僕は運が良かったみたいだ。
僕の顔は、そういう趣味の人達に受けが良かった。
適当にアプリで出会って、愛想笑いで相槌を打って、手を繋いで、一晩耐えるだけ。
それで、彼の笑顔が見られる。安いものだ。
おじさん達が僕に触る手も、僕を見る目も、全部気持ち悪かった。だけど、その後に彼の笑顔が見られればリセットされる。
僕にとって彼は唯一無二だった。
だから取られたくなくて、必死になっていた。
他の、彼のことを好きな誰より好きだと、お金も、自由も、他の誰より与えられると示したかった。彼の中で、価値を得たかった。
だけど、彼には僕以外があった。
彼の運命は、僕じゃ、なかった。
どこで出会ったのかも、何度逢瀬を重ねたのかも、僕は全部知らない。
僕が休日を返上して、知らない人に体を許してまで得たお金は、全部あいつとの逢瀬に使われていた。
これまで何ともなかった疲労と、吐き気と、倦怠感が一気に体を襲って、僕は姿勢を保つことさえできなかった。
彼さえいれば、家に帰って、彼の温もりさえあれば僕は十分だったのに。お金も物も、他なんて一切要らなかったのに。
机の上に置かれた合鍵と、雑に切り取られた走り書きのメモを前に、僕はもう何をする気力も沸かなかった。
彼が欲しかったのは、お金でも、自由に動ける時間でもなかった。
彼は、2人で水族館に、或いは映画館に出かけて、のんびりカフェでお茶を飲んで、夜には静かに抱きしめ合うような、そんな人が欲しかった。
僕は、それになれなかった。言ってくれれば、仕事なんて全部放り投げたし、その日の夜の予約だって全部断ったのに。
彼にとって必要だったのは、彼以外何も要らなかった僕じゃなかった。
彼がいないなら、もう全部いらない。お金も、仕事も、家も、命も、全部。
テーマ:何もいらない
何もいらない4/21
「何もいらない」
この言葉は、どうしても綺麗事で固めた建前に思えてしまうけれど。
富も名誉も家族も全て捨てて、旅に出た時が、人間、1番気楽なのでしょう。
「何もいらない」
前文を読むと、その意味がきっと違って聞こえる。
こんな夢を見た。散歩に出かけようと玄関で靴を履く。出ようとした途端、分厚いカタログギフトがポストに投げ込まれた。差出人は、悪魔とある。ろくなものじゃなそうだ。警戒しながら、重たいカタログを観察する。すると、後ろに手紙が貼り付いていた。今年は悪魔の誕生記念で、今だけ魂の受け渡しなしで一つ何でも叶えると書かれている。
「へえ〜…ますます怪しいな。悪魔からのものなんて何もいらないけど、ちょっと見てみるか」
カタログを開くと、普通の商品のページだ。少し拍子抜けしたが読み進めていくと、突然誰かの目元を接写したものがずらりと出てきた。
「うわ!何これ…?」
唇、鼻、手、足…。色んな人間の部位が接写された画像が出てくる。読めば、どうやら注文すればこの部位を自分の部位に変えてくれるらしい。画像の人間から取ってくっつけるので自己責任、と小さく書いてある。
「人間のパーツでキメラでも作る気なのか?」
何となく、普通の商品のページも隅々まで読むと、小さく注意書きがしてあった。他人の所有物やお店から持ってくるので自己責任だと。それは、窃盗ではないのか。やはり、悪魔からのものはろくなものがない。捨てようか迷ったが、分厚いカタログは破り捨てるにも労力がいる。そうだ、冬に鍋をする時の鍋敷きにでもしよう。頷きながら私は部屋の押し入れにカタログを投げ込むと、散歩に出かけた。
〜何もいらない〜
何もいらない、だから夢を叶えてほしいの
たった一つのお願いを
それを叶えてくれるなら、何もいらない
お願い神様
夢を、あの子の夢を叶えてあげて
神様 あなたひどいよ
私からたった一人の妹を奪うなんて
お願い
何もいらないから
夢も何もいらないから
私のたった一人の妹を
どうかかえして
お願い