透明な世界を彼女は歩いていた。
ただ、澄み渡る水面の上をゆっくりと歩くように。
喧騒もなく、人の行き交いも無い。
琴線に触れる旋律も、愛を囁く声も。
その耳は静寂のみを捉えている。
その視線は虚無を見ていた。
だが虚しさよりも温かさを湛えた慈愛さえ感じる凪いだ眼差しであった。
何も無い世界を見守る慈母の瞳が透明な世界を見ている。
鼻腔を楽しませる香りも無い。
美味しそうな匂いも、不快な悪臭も無い。
懐かしささえどこかへやって、彼女は香りというものを感じない。
透明な世界を、彼女は歩いていた。
何もいらない。
なぜなら、彼女は既に満ち足りていたから。
4/21/2024, 10:06:05 AM