『伝えたい』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
『伝えたい』
菓子パンの包装をびりりと破いていざかぶりつこうとするとどこからか視線を感じる。いつの間にか近くに寄ってきた飼い犬がキラキラした目をこちらに向けていた。人が食べているものを食べてはいけないというしつけはちゃんとしているので奪い取られるようなことは無いけれど、どうにも落ち着かない。ひとくち食べふたくち食べて様子を伺うと真っ直ぐな期待のまなざしと視線が合ってしまった。最近体重が増えがちではないかとか、昨日もおやつ貰ってたよな、とかいろいろと考えは過ぎるのだが、片手に菓子パンを持ったまま足は犬のおやつ置き場へと向かってしまう。犬はすかさず脇に付いてきた。
伝えたい
第一章
遠山ミツコは仕事から帰ってくるとオナニーを始める。
毎晩だ。快楽を貪ることしか頭にない淫売だ。
俺はミツコ程の造形が整った女を知らない。ドキリとする程大きな目と少し物足りない鼻の大きさが却ってアンバランスで個性を際立たせていた。顔が100点なら体も100点だ。モデル体型ですらりとしているのに胸がでかい。
しかしミツコが完璧なのは外身だけで、中身の方は打って変わって醜く歪んでいる。
俺という男がいながら、見る度に違う男を連れている。
その度に俺は、その男は既婚者のクズだとか、その男はマザコンで今でも母乳を飲んでるとかの情報をきちんと伝えていた。
ミツコはオナニーを終えると、お気に入りのYouTuberの配信を見始めた。それは人気漫画家による配信で、俺も子供の頃はその漫画家の作品を楽しんだ。懐かしい思いと共に、ミツコへの愛着が増す。
ミツコは愚かな女だ。だからこそ俺が守ってあげなくてはならない。その思いを胸に俺は盗聴を続ける。
第二章
最近盗聴されている気がする。しかも、部屋に入り込んだ形跡もある。
私が悪口を言ったマンション住人が嫌がらせにあったり。
私が欲しいと言った食べ物や小物がさりげなく部屋の中に置いてあるのだ。
私は中学生の頃に好きな男の子がいた。サッカー部で運動神経が良く、笑顔が素敵な進藤ナオト君。
当然ライバルは沢山いた。どうせ私なんかに振り向いてくれるはずない。
そんなナオト君が私のお気に入りの漫画の読者だと聞いてテンションが上がった。
「ナオト君、今週の出稼ぎ刑事面白かったね。まさか、被害者の妹が犯人だなんて思わなかった。」
「おい、なんでナタバレするんだよ。まだ読んでねんだぞ。」
えっ?だって週間少年コップが発売してからもう3日も経つよ?私はネタバレしちゃった事を反省しつつ、ファンならとっくに読んでいて当然なのにと、ちょっとだけナオト君を責めた。
私はナオト君の反応が可愛くて、翌週も、そのまた翌週も同じことを繰り返した。だってこの作品の素晴らしさを伝えたいんだもん。面白さを共有したいんだもん。
漫画を通して私たちは仲良くなっていったが、その関係はナオト君のある行動を見つけて終わってしまった。
ナオト君がクラス1の美人の清水さんのリコーダーを舐めていたのだ。私はその変態的な行動よりも清水さんが好きなんだと言う事実にショックを受けた。ああゆうタイプが好みなんだな。私と違ってスタイルいいもんな。
やがてナオト君は出稼ぎ刑事からは卒業したようだが、
私はいつまでもこの漫画に拘って、ついに刑事になることができた。
私は刑事になってもネタバレ癖を辞められず、同僚にドラマの展開を喋ってはイヤがられていた。
そしてそんなある日、マンションの隣の住人に話しかけられた。
「すみません、ちょっと相談に乗って欲しくて、実はお隣さんが刑事だって聞きつけて、私、隣に住む、遠山ミツコと言います。」
第三章
私は自分が男にモテるタイプだと十分に理解している。
しつこく付き纏ってくる男もいた。
しかしストーカーの被害に遭うのは初めてだった。
ひょんな事から隣の住人が刑事だと知って、相談してみることにした。
始め、穏やかな表情で相談に乗ってくれていた隣人が、防犯カメラの映像見た途端、表情に狂気が宿った。
「この部屋は盗聴の疑いがあるわ、もし良ければ私の部屋と交換しない?」
奇妙な提案だった。これは正規の捜査手順なのだろうか?
しかし、盗聴のストレスから解放されるならと、二つ返事で了承した。
まだストーカーが捕まっていない以上、不安は残るが、意中の相手とのデートも再会したし、声を潜めずに電話もできる。
あの刑事には感謝しかないが、捜査は進んでいるのだろうか?
第四章
おかしい。遠山ミツコの様子が今までと違う。
表情が明るくなった。また男漁りを始めたらしい。
奇妙なことは他にもある。俺が送ったマフラーを隣の住人が巻いている。俺が送ったバックもだ。
しかしあのマフラーを巻いた女、どこかで見たことがあるような既視感がある。どうにも気になってしまう。おかしくなったのは俺も同じか。
第五章
遠山ミツコと入れ替わって1か月が経つ。
盗聴されている事を承知でオナニーを繰り返す。気を引くために大袈裟に声を上げた。中学生の頃振り向いてくれなかったナオト君が、私の声を聞きながら興奮している。その場面を思い描いてオーガズムに達する。
ヒントを出すために、出稼ぎ刑事の作者のYouTubeチャンネルを見たりしている。
ナオト君が送ったマフラーやバッグを身につける。
伝えたい。私は遠山ミツコじゃなくて、中林エミ。
だけどネタバレした瞬間に私は彼を捕まえなくてはならない。まだこの関係を続けたいのだ。
『伝えたい』
「〜たい」には、自分の欲求を含む。つまり、伝えたい相手が居てはじめて合致するのかもしれない。
3歳ごろだろうか‥未だ幼かった私の心は「絶望」に打ちひしがれることになる。
私は、置き去りのままにされているあの子に伝えたい!
『人生は変えることができる、あきらめないで』
「『商品の良さを』伝えたい、『町の問題点を』伝えたい、『電気や熱、振動等を』伝えたい、あるいは単純に『ありがとうを』伝えたい。……最後のやつは5月頃、バチクソ長いお題で書いたわな」
美味を愛する同志同胞諸君、経験則から伝えたいが、過度な低糖質ダイエットによる急激な体重減少は、男性でなくとも痛風のリスクを発生させるので注意が必要だ。「低糖質ダイエット 痛風」で検索しよう。
某所在住物書きは数年前の健康診断の数値をしみじみ見つめ、しれっと早々にお題回収。
数値現象には牛乳等が効果的な場合もある。事実、物書きも牛乳に相談であった。
「あと、伝えたいっつたら、アレだ」
物書きは呟いた。
「このアプリ、行事ネタ多いから、明日のお題、ひょっとしたら『バレンタイン』説」
別に、貰えなくとも気にしない。昨今自分へのご褒美とか推しチョコとかが主流である。 涙は拭く。
――――――
3連休明け、月曜って感覚の火曜日、職場の昼休憩。
いつも通りに休憩室で、いつも通りのテーブルでお弁当広げて、コーヒー横において、
今日も誰が電源入れたとも知れないテレビの情報番組をBGMに、長い付き合いの先輩と一緒に雑談。
「ねぇ先輩。私の友達の職場の上司が酷い」
「どこの職場でも上司の酷さはお約束だろう」
「違うの。本当に酷いの。クソ上司なの」
友達とは、別の職種、別の職場で頑張ってる友達だ。
昨日までの連休で、昔一緒に二次創作で盛り上がってたその子と、東京出て小さなオンリーイベントに顔出して、公式の原作者様の聖地巡礼する予定だった。
「なんか、クソ上司とそのお客さんの間で、よく分かんない問題が発生して、その対処に突然友達が呼ばれて、火消しとか補填とか、やらされたって」
「それで?」
「日曜挟んで、土月で仕事させられて。全然悪くないのに、クソ上司に不条理に怒鳴り散らされたって」
元々休日だった筈の友達は、その他数名と一緒に職場に引っ張り出されて、上司の手伝いさせられて、
なんなら、八つ当たりのハケグチにまでされて。
で、私のグルチャにメッセを投げてきた。
「せっかくの連休だったのに理不尽」って。
「なにか、慰めの言葉ちょうだい」って。
つまり、友達の連休は、散々な平日だったのだ。
ふぁっきん(ノーモア・心の健康泥棒)
「てことで先輩、なんかコメントちょうだい」
「私のコメントなど、この手の話に関しては、堅苦しい付け焼き刃しか持ち合わせが無い」
「それが欲しいの。先輩の学術的豆知識、ただ感情論で励ますより数倍役に立つから、伝えたい所存」
「逆にその、感情論的な共感と寄り添いこそ、今のお前の友人に必要な薬では?」
「セカンドオピニオンも必要でござる」
「はぁ……」
受け止め方によっては、完全に年齢と性別による差別と言われるデータでしかないんだが。
先輩はそう付け足すと、視線を下げて、額にシワ寄せて、首筋ガリガリ。唇なんて、長考中の真一文字だ。
「……PFCに絡めるか」
おもむろに先輩が言った。
「お前の友人の、その衝動的に怒鳴り散らす上司、まさかとは思うが50代60代付近の男性では?」
「プロテイン・ファット・カーボナントカ?」
「PreFrontal Cortex。衝動と心のブレーキ、前頭前野だ。蛋脂炭の栄養バランスではない」
「心のブレーキがPFCバランスで、50代60代?」
「お前が友人に伝えたいのは過度な低糖・過蛋脂ダイエットが精神と腎臓・膵臓に与える影響か?」
「そっちも聞きたい。けど先にオー・ジー・ビーフ」
「……『美味い肉でも食って元気出せ』。『そのクソ上司にお前と同等な我慢のブレーキ性能と理性を求めるだけ無駄だ』。以上」
この想いだけは、正しく伝えたい。
私のキモチ。
だから、私はここにいよう。
もし、少しでも私の事を心配してくれているなら……私は大丈夫だって伝えよう。
でも、この想いを伝えたら……。
君はもう二度と私を助けてくれないのかな? もう会いにも来てくれないのかな? ……もうあの温かい手で撫でてはくれないのかな? その事を考えるとやっぱり胸が苦しくなってしまって……。
そんなことを考えていると涙が止まらなくなってしまうんだ。
ねぇ……君は今どこにいるの? もう会えないなんて嫌だよっ! 会いたいよ!
もう一度会いたい
私があなたを一番大切に思っていることをわけってほしい。
誰かに伝えたいことがあったとして、良いことであれば少し恥ずかしいくらいで伝えられるんだろうけど、悪いことは伝えにくい。
最近、Xで上手な断り方のノウハウを見たけど、相手への期待が強くなるほど断られたという事実の衝撃は大きくなるし。
コミュケーション術…みたいなのって本当に役に立つのか疑問に感じる。
テーマ「伝えたい」
自分は中学生の時、2年と3年の時の担任の先生に色々と迷惑をかけてしまった。宿題は出さないし、提出物も出さない、そんな自分であった。でも1番困らせたのは3年生の時の担任だった。
高校生になる一年前、自分はさすがに変わらなきゃと思い「提出物を忘れずに出す」と心から誓っても「義務教育だからいいや」の怠けによってそのまま1年がすぎていく。授業中も寝てたりほか事したりして授業態度も悪かった。テストだってそうだ、数学なんて何一つ分からない。そんな自分が高校受験を受けようとした時、担任は困り顔をしていた。それは三者懇談の時である。「今の状態だと、どの高校の受験をしても受からないかも」と。そりゃそうだ、ろくに授業も受けてないしテストだって学年最下位、色んな先生からも見放されて何年生なりたての頃は不登校になっていた。そんな中ふと教室の後ろにあったゲージを見て気になったものがあった。それは料理の体験ができる高校の学校だった。自分はそれを見て「料理ができる学校に入りたい」と心から願った。自分は料理の体験ができる学校を何回も通って思った事がある。「料理を学んで色んな物を作ってみたい」その意思が強くて自分はその高校の過去問をスマホで調べたり受験前にその高校で貰えるテスト対策の冊子を貰って何回も何回も真剣に取り組んだ。そして受験当日、自分は落ち着いてテストに迎えた。自分は合否が分かるまでの間ソワソワしていた、「あんだけ頑張ったのに落ちたら困るな」そんな不安でいっぱいだった。そして合否がわかる当日、放課後先生に呼ばれて別室で一人一人話していた。ついに自分の番が来て担任が封筒を開けて中身を見た…結果は、「合格」だった。自分は呼ばれるまでの間「落ちている」としか思っていなかったので正直、合格しているのに嬉しいという実感がなかった。そして中学生の卒業式、次は高校生だと思いから何故か緊張した。自分は高校生になって教室で新しい人と同じ教室で過ごして11ヶ月、色んな事があった。同じ教室で自分がいじめられてリスカしたり、提出物の多さに、単位が必要だからといって毎日学校行ったり色々としんどかった。
でも、これだけは中3の時に困らせてしまった。担任の先生…今の高校生活少しは楽しく過ごせてます。なぜなら「提出物は今の所、全部提出出来ているからです。」今までの6年間とは違って自分は大きく変わりました。それは恩師のおかげです。ありがとうございました。また、どこかでお会いできたらその事を伝えたいです。
伝えたい事
以前は色々と心配して声に出して言えば、伝わると思っていた。
今は伝えたいと思って言って、伝われば良いなぐらいしか思わなくなった。
何故か?
伝えられたことに対して
実行するかの決定権を本人が持っていると考えたからだ
多く経験したことは、
はいと言えば伝わったと思い、勝手に期待して
違うことをすれば、裏切られたと怒ったり、悲しんだりする
この事に気付いたのが1年前ぐらい
人生の中でだいぶ、時間が掛かったと感じる
うまく伝えれる方法には出会えていない
出会えるように進もう
kazu
☆伝えたい☆
子供の頃の自分に伝える事が出来たなら
「今のままで自分を信じて」と
伝える事のできる大人は
どれくらいいるのだろう
僕には無理だ
特に今の人生に不満があるわけではないが
満足もしていない
「常にこんなはずでは無い」と
思う自分がいるが
何がこんなはずじゃないのかも
どうすれば満足するのかもわからない
そんな自分が
子供の頃の自分に伝えたい事は
過去でも未来でもなく
今を一生懸命に生きてほしい
結局 過去には戻れないし
未来は勝手にくるものだから
勝手に創り出した自分と
張り合うのはやめて
今を楽しく生きるのに夢中になろう❢と…
伝えたい
君が産まれた朝がどんなキレイな朝陽だったか伝えたい
伝えたい。誰かに対するメッセージ。そういうものは特にないな。
毎日をただ生きている俺にそんな大層なものはない。
そもそも他人との交流はめんどうなだけだ。心が傷つくだけだ。
一人でいい。一人で生きて死ねればそれでいい。
主張をするのは得意だと思ってた
はっきりと言えば相手に気持ちが通じるんだと
思い込んでいた
でもあなたと出逢ってそうじゃないって知ったよ
失敗ばかりの私だけど、
くじけない強さはどんどん増してるから、
伝わるまで…
「大好きだよ」
────伝えたい
伝えたい
伝えたい事は色々あるけど、
結局伝えたい事の1/3も伝えられていない。
頭の中にある伝えたい事を、
言葉を使って上手く伝えるのは難しい。
だから考えてしまう。
本当に伝えた方が良い事なのかどうかを。
思いを言葉にしたら、
もう無かったことには出来ないからね。
paki
歳を重ねて、つらいことに直面して、一人になって、ようやく親の偉大さに気付いた今日この頃。
もちろん嫌なこともあったし理不尽に怒られたと思ったこともあったけど、振り返るとちゃんと親をしてくれていたんだなって思う。
両親ももう若くないし、一緒にいられる時間も減ってくる。
だからこそ、ありがとう、と伝えたい。
気恥ずかしくて普段は言えないけど、人生の節目には、伝えたい。
伝えたくて伝えたこと、
伝えたいのに伝えられなかったこと、
不本意に伝わってしまったこと、
そんな言葉が人生の中には数多くある。
でも私には伝えた後悔は無くて、伝えられなかった後悔ばかりある。
あの時ありがとうって言えれば、
あの時好きだよって言えれば、
あの時、嫌だって言えれば、
あの時…あの時…
言えなくて心にしまった言葉たちを思い返せば、
伝えられないことこそが弱さなんだなと思う。
本当は嫌なのに相手を嫌な気持ちにさせないために
笑顔で乗り越えてきた過去が
私の弱さの象徴だ。
でもそんな自分が好きなのも事実。
弱さは弱さだけど、短所じゃない。
強さも時には短所になりうる。
だから自分が自分を1番好きでいる。
きみの喉をとおって、ぼくに届いていた声。
きみが正座して聴いていたあの歌。
きみとの夕餉の音。
涙より前に、思いだせるようになったよ。
さっきから焦点の合っていない目でふわふわしていたと思っていたら、気づいたらこいつは突っ伏していた。――相変わらず弱い。全然進歩していない。
今日も担いで帰るのか――そう考えると少し面倒だが、誰かに押しつけることはできない。そこまで治安もよくない。
くせの強い赤毛がまとめられた首のあたりが見える。こいつのここはそこまで敏感じゃない。撫でても唇で触れてもあまり反応しない。だからつい放っておいてしまっている。他の部分でもっと感じるようだから、そっちを優先している。
君たち、本当に酒とセックスばかりですね――いつだったかソレイユに言われたし、こいつも言われたらしい。たしかそのときはこいつがすねていて、しばらくしたら子供みたいな誘い文句で飯に誘ってきたから、市で変なものばかり食べさせてやったっけ。カエルの足を提案したときは全力で、ちょっと涙を浮かべながら拒否されたのもまだ憶えている。可愛いやつなのだ、こいつは。
オルステラにも好意や愛情を言い表すのにいろんな言葉がある。が、面倒な言い回しは分からない。そこまで分かろうとも思わない。愛しいというのもよく分からない。たぶん違う。こいつのことは、可愛いとか、生意気とか、そういう言葉で形容することが多い気がする。
高価いものは散々見てきたが、それでも私は高貴さとは縁遠い。学者のような知識層でもない。だから面倒な言葉は知らない。こいつもたまに知らない言葉で、(たぶん)愛情を表現することがあるが、やっぱり分からない。ただ、そのときのこいつの顔を見れば程度はともかくその気持ちが好意や愛情であることだけは分かる。だからそれでいいのだ。
もし、私にもそんな細かな言葉が分かるとしたら、こいつに何を言ってやれるのだろう。何を言いたくなるのだろう。そう、答の出ようもない疑問がよぎる。奪われたことのない者でも失うことの不便さや悔しさを考えることはできる。切られたことのない奴でも、痛いということくらいは想像できる。でも、たとえば赤という概念を知らない者が赤を思い描くことはできない。私の今の感覚も同じだ。知らない言葉など捻り出しようもない。
「だが、」
目の前で静かに眠っている男を見やる。
今日はもういいか。
ポケットの中で数枚の硬貨を選び、立ちあがってこいつの横から腕をさし入れ、肩で支える。服ごしに熱を感じる。立ちあがってゆっくりカウンターに寄ってコインを投げ出すと、馴染みのバーテンダーがこいつを見て微笑んだ。
いつかこの男に飽きることもあるのだろうか。
この男が離れていくことがあるのだろうか。
だが。
この男は、今このときは、私のものなのだ。
このひ弱で知らない言葉を発する変な男は。
そう、誰にともなく気を吐いて、私は酒場の扉を押した。
子供の頃は伝えられたことも、大人になったら伝えられなくなった。手段や語彙は増えたはずなのに。
『伝えたい』
伝えたい。でも伝えてしまったら、今の関係じゃなくなってしまうかも。そう思うと私の言葉はなかなか体から出ていかない。なのに、彼の顔を見ると心の中にあるこの気持ちがどんどん大きくなっていく。
人を好きになることが素敵なことなんだと思ったのと同時に、少し怖いとも思った。
______やまとゆう