伝えたい
第一章
遠山ミツコは仕事から帰ってくるとオナニーを始める。
毎晩だ。快楽を貪ることしか頭にない淫売だ。
俺はミツコ程の造形が整った女を知らない。ドキリとする程大きな目と少し物足りない鼻の大きさが却ってアンバランスで個性を際立たせていた。顔が100点なら体も100点だ。モデル体型ですらりとしているのに胸がでかい。
しかしミツコが完璧なのは外身だけで、中身の方は打って変わって醜く歪んでいる。
俺という男がいながら、見る度に違う男を連れている。
その度に俺は、その男は既婚者のクズだとか、その男はマザコンで今でも母乳を飲んでるとかの情報をきちんと伝えていた。
ミツコはオナニーを終えると、お気に入りのYouTuberの配信を見始めた。それは人気漫画家による配信で、俺も子供の頃はその漫画家の作品を楽しんだ。懐かしい思いと共に、ミツコへの愛着が増す。
ミツコは愚かな女だ。だからこそ俺が守ってあげなくてはならない。その思いを胸に俺は盗聴を続ける。
第二章
最近盗聴されている気がする。しかも、部屋に入り込んだ形跡もある。
私が悪口を言ったマンション住人が嫌がらせにあったり。
私が欲しいと言った食べ物や小物がさりげなく部屋の中に置いてあるのだ。
私は中学生の頃に好きな男の子がいた。サッカー部で運動神経が良く、笑顔が素敵な進藤ナオト君。
当然ライバルは沢山いた。どうせ私なんかに振り向いてくれるはずない。
そんなナオト君が私のお気に入りの漫画の読者だと聞いてテンションが上がった。
「ナオト君、今週の出稼ぎ刑事面白かったね。まさか、被害者の妹が犯人だなんて思わなかった。」
「おい、なんでナタバレするんだよ。まだ読んでねんだぞ。」
えっ?だって週間少年コップが発売してからもう3日も経つよ?私はネタバレしちゃった事を反省しつつ、ファンならとっくに読んでいて当然なのにと、ちょっとだけナオト君を責めた。
私はナオト君の反応が可愛くて、翌週も、そのまた翌週も同じことを繰り返した。だってこの作品の素晴らしさを伝えたいんだもん。面白さを共有したいんだもん。
漫画を通して私たちは仲良くなっていったが、その関係はナオト君のある行動を見つけて終わってしまった。
ナオト君がクラス1の美人の清水さんのリコーダーを舐めていたのだ。私はその変態的な行動よりも清水さんが好きなんだと言う事実にショックを受けた。ああゆうタイプが好みなんだな。私と違ってスタイルいいもんな。
やがてナオト君は出稼ぎ刑事からは卒業したようだが、
私はいつまでもこの漫画に拘って、ついに刑事になることができた。
私は刑事になってもネタバレ癖を辞められず、同僚にドラマの展開を喋ってはイヤがられていた。
そしてそんなある日、マンションの隣の住人に話しかけられた。
「すみません、ちょっと相談に乗って欲しくて、実はお隣さんが刑事だって聞きつけて、私、隣に住む、遠山ミツコと言います。」
第三章
私は自分が男にモテるタイプだと十分に理解している。
しつこく付き纏ってくる男もいた。
しかしストーカーの被害に遭うのは初めてだった。
ひょんな事から隣の住人が刑事だと知って、相談してみることにした。
始め、穏やかな表情で相談に乗ってくれていた隣人が、防犯カメラの映像見た途端、表情に狂気が宿った。
「この部屋は盗聴の疑いがあるわ、もし良ければ私の部屋と交換しない?」
奇妙な提案だった。これは正規の捜査手順なのだろうか?
しかし、盗聴のストレスから解放されるならと、二つ返事で了承した。
まだストーカーが捕まっていない以上、不安は残るが、意中の相手とのデートも再会したし、声を潜めずに電話もできる。
あの刑事には感謝しかないが、捜査は進んでいるのだろうか?
第四章
おかしい。遠山ミツコの様子が今までと違う。
表情が明るくなった。また男漁りを始めたらしい。
奇妙なことは他にもある。俺が送ったマフラーを隣の住人が巻いている。俺が送ったバックもだ。
しかしあのマフラーを巻いた女、どこかで見たことがあるような既視感がある。どうにも気になってしまう。おかしくなったのは俺も同じか。
第五章
遠山ミツコと入れ替わって1か月が経つ。
盗聴されている事を承知でオナニーを繰り返す。気を引くために大袈裟に声を上げた。中学生の頃振り向いてくれなかったナオト君が、私の声を聞きながら興奮している。その場面を思い描いてオーガズムに達する。
ヒントを出すために、出稼ぎ刑事の作者のYouTubeチャンネルを見たりしている。
ナオト君が送ったマフラーやバッグを身につける。
伝えたい。私は遠山ミツコじゃなくて、中林エミ。
だけどネタバレした瞬間に私は彼を捕まえなくてはならない。まだこの関係を続けたいのだ。
2/13/2024, 3:57:46 AM