『バレンタイン』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
思いバレバレバレンタイン
苦く甘い思い出
全部思いをばら撒いて
バックに入れた板チョコは家に帰ると砕けてた、どうせ後から砕くから。
砕いて溶かして形にして。気づけば全部友達か。
あまりをもらう、合コンの数合わせ。楽しくもないのに、少しの期待膨らます。ほろ酔いの帰り道、コンビニで買った割引のケーキ。
【バレンタイン】
今年もチョコは6人分。
ガトーショコラにブラウニー
プリンに生チョコに
オレンジ生ショコラケーキにチョコクランチ。
それぞれ想いを込めて推したちに作ったチョコ。
イメージを形にしたチョコ。
来年はどんなの作りうかな〜♡💭と
悩む時間すらも愛おしい。
バレンタイン/待ってて
「放課後待っててくれる?」
なんて言われたら、期待しちゃうんだけど!
当たり前でしょ?
今日バレンタインなんだよ。
授業なんかうわの空だよ。
#172
バレンタインにチョコレートをあげたいが、彼はチョコレートアレルギーである。
だからバレンタインでは毎年、カレールーを送ってカレーを作ることにしていた。
だが、今年はいつもと違い、隠し味を入れることにする。
いつものように食べる彼に私は笑いかける。
浮気した、あなたが悪いんだからね。
最近のバレンタインは、恋人に渡すためじゃなく、自分に買うためのものになっているらしい。
義理面倒だし男の子は甘いもの苦手な人も多いからその流れはとても大歓迎だが、世間の認識はそんな簡単に変わるものなのか、とも思う。
これもまた、インターネットの代物なんだろうな。
と、デパートに並ぶ美味しそうなチョコレートを眺めて一人思う。
「バレンタイン」
あの日、受け取ってもらえなかったチョコ。
受け取ってくれなかったと当時は悲しかった。
でも、それは彼の優しさだと今は思う。
早めに気持ちに踏ん切りをつけられたのは、
チョコを受け取ってもらえなかったから。
今でも彼を好きになったことは、素敵な思い出。
どこかの誰かから貰ってきた
可愛らしいラッピング。
丸っこい文字。
「女の味」がする
チョコクッキー。
「貰ってきたから食べる?」と
貴方がシラっと私に言うから
私が食べたけど?
どこかの誰かの気持ちを
美味しく頂いた日。
私だけの特権。
私が勝つんです。
絶対に。
「ごめんね!笑」
題 バレンタイン
著 塵芥 詩歌
「カズキくん、これ受け取ってくれる?」
そう言って袋に入った小さなカップケーキを差し出したのは、いつもクラスメイトに囲まれている人気者、梨花だった。
「みんなには内緒だよ。先生に没収されちゃうから。」
口元に人差し指を当てて、梨花はまつ毛の長い目をぱちぱちさせる。カズキは信じられない気持ちながら、たどたどしくお礼を言って受け取った。
もちろん、義理チョコ以上の意味はないと分かっている。それでも、自分とは無縁の可愛い女の子だと思っていた彼女が、わざわざ用意してくれたというだけで感に堪えなかった。
バレンタインの翌日、梨花は救急車で病院に搬送された。なんと彼女の水筒に、虫よけ剤が混入していたというのだ。
突然のことに教師やクラスメイトたちが混乱する中、カズキだけは驚かなかった。
カズキは知ってしまったのだ。クラスの女子たちは、大人しくて抵抗もできないような男子に、バレンタインを利用したとあるイタズラを仕掛けたのだと。女子たちのリーダー格である梨花は、陰で心底可笑しそうにこう言っていた。
「ねえねえ、あのキモい奴にさ、塩がめちゃくちゃ入ったチョコあげたらどうなると思う? あはは!」
そういえば 今日はバレンタイン!?
そっかそっか…
妻から毎年もらうと言ってたから
私の入るスキマは微塵もなく
そのまま今年も世間の賑やかさから離れていく私…
ふーっとため息を、あと何回ついたら
次のステージに進める!?
早く開放されたい あなたから
早く誰か 私を捕まえて…
早く 早く これ以上 私を惨めにさせないで…
#バレンタイン
バレンタイン。最近は義理チョコという文化がなくなりつつあるらしいな。
普通に考えてどうでもいい相手にチョコだのお返しだのはばかばかしい。その当たり前の事実にみんな気が付いたということだろう。
とはいえイベントになにもしないというのも寂しいものがある。なのかは知らないけど代わりに自分へのご褒美チョコが流行っているとかいないとか。
これまた普通に考えてどうでもいい相手にチョコあげるよか自分でチョコ食ったほうがいいのはあまりにも当然すぎる。
俺もチョコは好きで毎日食べている。食べ過ぎはいけないからお徳用の袋に入っている小さいやつを一日一、二枚程度だ。
俺が好きなのはカカオ多めのビターチョコ。カカオ78%とか書いてる健康系のチョコ。
アーモンドチョコとかも好きだけど結局チョコオンリーが一番だな。チョコを食うなら素直にチョコだけを食うのがいい。
世の中には色々とチョコがあるけどやっぱりビターチョコがいい。甘さ控えめがちょうどいい。
愛を表現する日バレンタイン、選択して伝える。愛とは何だろうと考えたとき私は、愛とは「執着」なのだと思いました。そう、強くひかれて深く思い忘れないこと。皆様は誰かの忘れられない思い出になれましたか?
今日、老人の健康麻雀会でチョコレートをもってきてくれたひとがいた。そうか今日はバレンタインデーか。そう言えば昨日高校生の孫がチョコレートを買ってきてと言って銘柄の記された包装紙を見せららた。くれるんじゃなくて買ってきてだった。
『バレンタイン』
「あなた、これ。今年のチョコね」
「あぁ……。ありがとう」
「今日も行ってらっしゃい」
「……あぁ。行ってくる」
歳が経つにつれ、チョコをもらう機会も、そもそも甘いものも食べる機会も少なくなった俺だが、お前が毎年くれるこの少し苦めのチョコレートだけは毎年嬉しい。表情が表に出やすい俺は、顔を隠したまま家を出た。職場に着いたら食べるとしよう。ハッピーバレンタイン。
______やまとゆう
日本でバレンタインデーが盛んになったのは昭和30年代頃で、女性が気になる人にチョコを贈る日ーーなどという独特な風習に変わって定着したのが昭和40年くらい、
1965年、つまり昭和40年生まれの私にとっては「なんて日だ!!」と叫びたくなる顛末が多かった。
すごく期待していたのに、もらえない日ばかりだったからだ。(母は除く)
今は義理チョコだとかチョコレート渡すのは気軽になったり、義理もないくらい廃れて来てるのか知らないが、
とにかく私の子供から思春期にかけてはチョコはそもそも高級品だったし、バレンタインデーはガチ勝負みたいな雰囲気があったのである。
当時、3人兄弟で、3時のオヤツに板チョコを3等分して分けていた記憶がある、
わが家が特別貧しかった訳ではないと思う。当時の平均的な家庭はそんなものだった。玉子がバラ売りされていて、1個20円くらい(今より高い)、その1個の生玉子を、普通に2人で分けて食べていたから。
「チョコは食べ過ぎると鼻血が出るからだめよ!」と母親や周りの大人からも注意を受けた。
いう事聞かずに1人で1枚の板チョコを全部食べたら直後に鼻血が出た。
さっき調べたら、食べ過ぎると鼻血が出るなどという事実はないらしいので、暗示にかかっただけのようである。
多分、高級品を子供にバクバク喰われては堪らないから大人がそういう事を言っていたのではないか?
そんな高級品だったから、渡す方だってそんなに気軽には渡せなかっただろう。1枚の重みが今とは少し違うのである。
残念ながら私はほとんどもらった記憶がないのだが、
小学3年生くらいの時、バレンタインデーの日に歩いていたら、女子高生が数人たむろして何やら楽しげに話をしていた。手にはチョコが入っていそうな紙袋を手に手に持っていたのである。
彼女たちのそばを通り過ぎようとしたその時、「ちょっと!」と女子高生の1人が私に声をかけてきた。
私はドギマギして、聞こえない振りをして足早にそこから離れ去ろうとした、
「ねぇ!!君!」私は顔を真っ赤にして走り出していた。
さすがに追いかけては来なかったが……
シャイな小学生であった。
勝手にチョコを渡されると思って逃げたのだが、
それは単なる私の思い過ごしだったのかも知れない。
今となったては永遠に分からない。
「はい、バレンタイン」
「あ、ありがとう。友チョコってやつ?」
「んー?まぁそんな感じ」
よかった、まだバレてないこの気持ち。
「本当に料理上手だよね~、今度教えてよ?」
「いいよ。じゃあホワイトバレンタインちゃんとお返ししてね?」
「もっちろん!」
あなたが好きだなんて、言えない。
友達としてじゃなくて……恋愛感情として。
でもきっと、この先もずっと気づかれない。
バレンタインは、ずっとこの想いを抱いて、1日過ごすことが多いのです。
チョコを買った。それもバレンタインチョコをバレンタイン当日に。
普通の子はみんな事前にあれはどうだあそこはどうだと事前に調べてると言うのに。
買ってそれをカバンに入れてからじわじわと後悔する。
どうしよう。
食べるか。
食べよう。
どうせだから友達と食べるのもいい。
友達にラインを飛ばせば近くにいた。
バレンタイン
貴方への、この魅惑的な感情は
こんな甘ったるい液体すら
苦く感じさせてしまって
貴方への、この膨らんだ妄想は
こんな可愛らしい容器には
収まりきらなくって
貴方への、この天邪鬼な態度は
こんな煌びやかなラッピングじゃ
カバーしきれなくって
今年のチョコレートは
貴方のせいで、一段と歪な物が
出来上がりそうですよ
バレンタイン
これ、あんたの。
押し付けられた小さな箱
恥ずかしそうにそっぽ向く君
バレンタイン
普段見られないいろんなチョコが見られて
自分へのご褒美に、ちょっと高級なチョコを買ってしまう日。
なんて楽しい!!
指先から夜に呑み込まれるように、透明になってしまう。
それは幻想的なものではなく、黒い恐怖が心臓に向かって纏わりつくような、生々しい不気味さがあった。
自身が死んでしまったことを自覚させる生物のようだなと思うと、口角が皮肉に吊り上がって、また沈んでいく。徐々に透明なものへと身体を侵食し、焦りに取り乱しながら一段、また一段。
ふらふらと上半身を揺らしながら階段を登り始めたのは泣いてしまいそうな時間に溺れて、投げやりになった思考回路が、もう一回死んでしまおうと切り替わってしまったからだ。
歩道橋で中心で立ち止まり、ごう、と威嚇する大きな風の音が横から髪を掻き乱した。
「わっ……!」
振り向けば、目を瞠るような美しい夜景が広がっていた。
大都市の中心部は、夜闇に飲み込まれながらひとつとつ異なる光を浮かび上がらせ、行き交う車は人の息継ぎが感じられる速度で駆け抜けていく。ひしめき合うように隣接するビルは側面の細長い硝子に反射し、屈折したライトを散らしながら青い夜に染まっていた。
風に向かって翳した透明の手のひらを呑み込む美しい世界。頭の中で絡まった糸がするすると解けて澄んだ空気が流れ込んでくる。
まだ、生きてみたい。差し込む光は透明になりきれない自分自身にとって希望のように眩しいものだった。