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 指先から夜に呑み込まれるように、透明になってしまう。
 
 それは幻想的なものではなく、黒い恐怖が心臓に向かって纏わりつくような、生々しい不気味さがあった。
 自身が死んでしまったことを自覚させる生物のようだなと思うと、口角が皮肉に吊り上がって、また沈んでいく。徐々に透明なものへと身体を侵食し、焦りに取り乱しながら一段、また一段。
 ふらふらと上半身を揺らしながら階段を登り始めたのは泣いてしまいそうな時間に溺れて、投げやりになった思考回路が、もう一回死んでしまおうと切り替わってしまったからだ。
 歩道橋で中心で立ち止まり、ごう、と威嚇する大きな風の音が横から髪を掻き乱した。
「わっ……!」
 振り向けば、目を瞠るような美しい夜景が広がっていた。
 大都市の中心部は、夜闇に飲み込まれながらひとつとつ異なる光を浮かび上がらせ、行き交う車は人の息継ぎが感じられる速度で駆け抜けていく。ひしめき合うように隣接するビルは側面の細長い硝子に反射し、屈折したライトを散らしながら青い夜に染まっていた。
 風に向かって翳した透明の手のひらを呑み込む美しい世界。頭の中で絡まった糸がするすると解けて澄んだ空気が流れ込んでくる。
 まだ、生きてみたい。差し込む光は透明になりきれない自分自身にとって希望のように眩しいものだった。

2/15/2024, 1:15:17 AM