『キャンドル』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
ぽつぽつ照らされる4つの柱
赤い光は訪れの灯火
1つは1つへ、1つも1つへ
次々に来る赤い明かり
小さな火も大きな喜び
暗い部屋に活力をご招待
やがて消えゆく運命も
それもまた訪れ
――サメの言うことにゃ、
キャンドル
(キャンドル。)🦜
あのね
僕は・・・・・
小雀だから🦜
・キャンドル。と
・キャンディー。の
(区別が解らなかったんだね。)
「優しい、叔父さん。の
家に遊びに行った時
素晴らしく、美しい
《キャンドル。》か
有ったんだね。」🦜
✢その時の、お話を
娘すずめ、しゃん。に
話したんだけど、キャンドルを
キャンディー。と間違えて
話たんだね。🦜
✢娘すずめ、しゃん。は
不思議な顔をするから、🦜
✢優しい、叔父さんに頼んで
娘すずめ、しゃん。にも
見せてあげたんだよ。🦜
・幻想的に揺れる炎に
娘すずめ、しゃん。も
見惚れて居たんだけど。🦜
【僕は、其れからしばらく
完全に、馬鹿にされて。】
❝今でも白眼視されてる。❞
『キャンドル』
ライターで火をつけ、部屋の明かりを全て消す。
部屋の真ん中で火がゆらゆらと優しく燃える。
誕生日に友人から貰ったアロマキャンドルを使ってみた。
優しい明かりからは気持ちがリラックスできるラベンダーの香りが漂う。
急に寒くなった夜は少しセンチメンタルになりやすいが、
なるほどこれはいい...
淹れておいたコーヒーの入ったマグカップを両手に持ち暖を取る。
パーカーを羽織って両手にはコーヒー。
アロマキャンドル...
いろんな温もりが体の芯をゆっくりと温めてくれる。
今度するときは本を読もう。
今日はここまでにしようかな。
そう思いアロマキャンドルの火をふっと消す。
真っ暗な部屋は温もりを忘れるようにしんと静まりかえる。
両手に持ったコーヒーも冷めてきた。
また...寒くなってしまった。
語り部シルヴァ
キャンドル
カタカナだとクリスマスとかディナーとかキラキラしたイメージ。
漢字で蝋燭と書くと日本家屋とか古典芸能とか和のイメージ。
同じものでも随分変わってきます。
私調べですが。
なんだか女の人みたいですね。
お化粧する前とした後で別人になるから。(私だけ?え)
恋してる時とそれに終止符を打って吹っ切った後は別人になるように全然違う人になります。
怖いこと書いてる?
男の人はどうなんでしょうね。
もともと本能的に1人の人に固執しない?から、熱くはならないのかもしれませんね。だから恋しててもしてなくても変わらないのかな。なんかそう見えるますけど。
街がいっそう輝き出す季節の到来です。
昔は1年で1番大好きだったこの季節。
今は行き交うカップルを横目に「電気代かかるんだから消せばいいのにバカやろー」と毒づくオンナに成り果てました。
恋でもしたら変わるんでしょうか。
「ヤダきれーい、お星様みたーい」とか言うんでしょうか。怖いこと書きましたね。
大丈夫。もう恋なんてしませんから。
なんて言わないよ絶対。
多分。
なんてねーーend
時間が経つと溶けてゆく
少しずつ 少しずつ
ゆらゆら
真っ赤な火を灯しながら
ゆっくり ゆっくり
溶けてゆく
全て溶けると火も消える
まるで人の命のように
頑張って火を大きくするとすぐに溶けてしまう
逆に小さすぎると役割を果たさない
少し立ち止まって自分のキャンドルに聞いて欲しい
「頑張りすぎてない」「怠けすぎてない」
そう問いかけることでまた新しいキャンドルに生まれ変わる。
人は程よく生きることを嫌いすぎている
しかし人生とは何かをなすには短すぎるし何もしないとしては長すぎる
となると程よく生きるのも悪いことではない
むしろいいかもしれない
あなたは今程よいキャンドルを立てられていますか?
後1カ月でChristmas ケーキにキャンドル 子供達の好きな料理を作ろう
ゆらゆらゆれる
ロウソクの灯火を
ぼんやりと見つめる
静寂のなかで
ゆれる炎が
「無」のわたしに
してくれる。
キャンドルの炎、ボーッと見ている
のが好きです。
ゆらゆら揺らめく炎を見つめるだけで
心が落ち着きます。
しかし、インコを飼ってからは一切
キャンドルを使用する事はなくなり
ました。小さい体に煙は有毒なので。
その代わり、クリスマスシーズンは
キャンドルとクリスマスソングのBGM
動画で雰囲気を楽しんでいます。
〜お題『キャンドル』〜
キャンドルはろうそくのこと。
「キャンドルナイト」と聞けば、この季節にピッタリなイルミネーションや催しを思い浮かべますか?
そう、あのエモい映えるやつですよ。
でもね。
これを日本語に訳すと、「ろうそくの夜」です。
暗闇の中に灯る無数のろうそく‥‥。
‥なんということでしょう、舞台は一気に「百物語」に早変わり‥‥!
これが日本語の面白さであると同時に、蠟燭という漢字はめちゃムズいと感じる寒がりの夜。
炎のゆらめきと
心の揺れ
ゆらぎのリズムが
シンクロしたら
ココロホドケル
………キャンドル
キャンドル
火を灯す
こころが揺れて落ち着かない
揺れる灯に見抜かされ
目を逸らす。
ふと、我に返り
ふと、息をかける。
小さなあかりが消える。
もう一人の私も消える。
キャンドル。
お誕生日の
キャンドル。
あんなに
幸せな
お誕生日。
アロマキャンドルに
癒された。
炎で
温まろう。
キャンドル
月の綺麗な日に灯したキャンドル。カーテンがふわりと靡き、心地よい風が部屋の中へ、夏の空気を一身に纏ったキャンドル。そんな一瞬の出来事が、小さな灯火が、私の心までもを照らしていた。
─── キャンドル ───
そのひとつひとつが
産まれてこられなかった魂
どうか安らかに
どうか穏やかに
どうか…
キャンドル
ゆらゆらとオレンジの体を揺らしてる
『キャンドル』
これまで心底どうでもいいことばかり記してきた俺が、ここにきて人生において役に立つことを書いてみる。
それは『ガラにもないことをあえてやってみる』ということだ。
人は自分の性格や姿形で自分をこういうものだと無意識下で決めつけて、つい自分が認識してる自分がやりそうな趣味や趣向をおこなってしまいがちだが、実はそんなことないのだ。
たとえば俺。100人の見知らぬ人に『この人はドーナツが好きだと思いますか?』と質問したら、80人近くは気難しそうで無愛想に見える俺のことをドーナツが好きじゃないと思うだろうし、彼はドーナツよりイカの塩辛や醤油せんべいが好きそうだと答えるだろう。実際、俺はドーナツが好きじゃない。いや、好きじゃないと決めつけていた。
ドーナツなんて俺が食う物じゃないと勝手に遠ざけていた。
だけど、物は試しと「あのー、すみません、このエンゼルなんとかと……そこのやつと……あと、へ、へへ、ポ、ポン・デ・ザクショコラ……ください……テイクアウトってやつで、はは」
恥を忍んでドーナツを購入し、家に帰って食ってみると驚くほどに美味かった。はっきり言って数年ぶりに食べ物で感動した。
人生の幸福度が20%くらいアップした。
そうして俺は、大人になってようやく気付いたのだ。自分を自分でキャラ付けして、似合わないからやめとこうと思うのは馬鹿らしいということに。
それからというもの、自意識という殻を破った俺は色々なコトにチャレンジした。
スーパー銭湯に一人で行って流行りのサウナで整ったり、キックボクシングジムに入門したり、ターミネーターツーが好きなので大型二輪免許を取ろうとした。
サウナは地元のおっさん連中が水風呂を占拠するし、キックボクシングジムはすぐ潰れたし、大型二輪免許は取ろうと思ったけど絶対乗らないだろうしそもそもバイクを購入する金がないからやめたけど。
まぁ、とにかく……
そんな俺がガラにもなく『キャンドル風呂』でリラックスしてみようと思うのは必然だった。
たしかあれは数年前だったか。
念入りにユニットバスの浴槽を掃除して、お湯を貯めて、ネット通販だかなんだかで買ったアロマキャンドルってやつに火を灯して、キャンドルの明かりだけが揺らめく狭い浴室で半身浴してみた。
BGMはもちろん、タイだかインドだかの『プァァァ~ン、ヌァァァ~』って感じの、瞑想できそうな曲をスマホで垂れ流しつつ。
(おお、いい……いいな……宇宙を感じる……)
そうとでも思わなければ、目を閉じて暗い浴室でキャンドルをつけて変な音楽流して、全裸でお湯に浸かって瞑想してる自分の存在を肯定できなかった。
取捨選択の必要はあるが、俺が言いたいのはなんでも一回はやってみよう!ということ。それと、キャンドル瞑想風呂は俺には合わなかったということ。
薄闇に
キャンドルみる
クリスマス
聖夜の祝い
始まりけれや
キャンドルの光は、いつか必ず消える日が来る。
終わりって、いつも悲しく感じる。
何かを失うことは何度も経験してるのに、慣れないや。
ある日のことだった
君が気まぐれで買ってきた
インテリアのキャンドルが気になって
使わなそうだったから
火をつけてみた
まぁ…昼間は
案の定、炎が見えづらくて
カーテンを閉めて
照明を消したんだ
すると
炎が力強く
存在を主張した
微かな風での靡く様さえ
なんだか綺麗に見えた
それで昔、
君が話していた事を思い出した
「星の光は、昼間は太陽に消されてしまうの」
キャンドルの炎は
太陽に砕かれた心に
小さな星を灯した
キャンドルってすごく落ち着くし癒される。何も考えたくない時ぼーっと見てると、心に溜まってたものがすっと消えていくような・・・
線香花火とかろうそくって儚いような気もするけど、だからこそ心から綺麗だなぁって感じられるんだと思う。あなたが感じたもの、見たものは他の誰でもないあなただけの想い出。これからもたくさんの感動と出会い彩り豊かな人生を歩めますように。