『エイプリルフール』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
昨日はエイプリルフール 楽しみなのがお菓子メーカー等の企業で「クスッ」と笑えて感心できるウソだ 面白くて好きだな… 一方で本当かどうか分かりにくく混乱するようなものはちょっとね… センスのいいウソをお願いしま〜す…
ポポヤ
その日の午前中に言った嘘は叶わないらしい。
とっても面白い嘘だった。
とっても気になる嘘だった。
とっても驚く嘘だった。
でも、もう叶わない
行方不明のあの子を見かけた。
会えないと思ってたあの子と喋った。
好きな子に告白して成功した。
はい、そうですか
良かったですね。
でも、もう叶わない
ドンマイ、ザンネンでしたね
さようなら。
エイプリルフールが過ぎた日よ
私の嘘は叶わない。
[エイプリルフール]
エイプリルフール
機能不全の話
「いったん受け取らせておいて、あとから意味を変える」という、意地の悪い話。構造の動き方だけ見ると、“同じ”に見えるかもしれない。
意図は、そこではない。
【あとがき】より引用――『優しさ』ではない。外界を見ず、自分の内側だけを見続ける構造だ。『優しすぎる人ほど病む』の正体は『優しい』のではなく『外界を見られない人間』である。
【ドジ】
人々の間を縫って、彼女は僕の手を引く。引かれるままに絡まり進む足は、地面を踏んでいる感覚が希薄だった。靴底と触れている足裏が、じりじり、と、伸びては滑っていくようで、現実が薄くなっていく。
ここは現世か。繰り返し見ている夢中か。
あまりの現実みのなさに、思わず顎を上げた。その拍子に肺から抜け行った息は、姿にならなかった。
光が降り注いでいる。
黄金の光、イルミネーション。黒い空を背景に、人工的な星の粒が、頭上で無数に瞬き、絡まっては流れてゆく。タイムラプスで見た天体の軌道のように、規則と無秩序のあいだで揺らめきながら、視界のすべてを覆い尽くして、僕の目を飲み込んでゆく。
どこか怖ろしくなって、視線を落とした。彼女の後ろ姿だけが、煌めく光の中で、はっきりと輪郭を保っていた。
「はやく」
跳ねるような声色と共に、握る手に力が込められる。振り返らずに言うその声が、妙に耳に馴染んで、頭の中で弾ける。
人の波、ざわめき、誰かの吐く息の白。そのすべてを裂くように、彼女は歩を進める。「待って」と、たぶん、言いたかった。
びゅう、と強風と髪が耳元で吠えるから、思わず目を塞いだ。近くで布がはためく音が聞こえる。導かれるように瞼を上げれば、彼女のマフラーがほどけて、宙へ舞い上がっているところだった。
反射的に手を伸ばす。指先に絡む柔らかな繊維、温かな布、僕が、あげたかった――――掴んで、引き寄せた。
「わっ」
瞬間、彼女が振り返る。驚いた顔、見開かれたまあるい目。黄金を反射する美しい虹彩。光を映した目が、一瞬ブレて、こちらを捉える。
視線に射抜かれ肋骨が軋んだ。心臓は握り潰されてジュースになる。
雪が降っていた。気づけば、視界の中で白が増えている。いつの間にか、彼女の頭と肩先が白く煌めいていた。
――あ
はらわなきゃ、溶けてしまう。溶けて……。瞼に触れた雪が、己の体温で溶けてゆく。
冷たいはずの雪が、火傷しそうなほど熱いから、終わりたくないと思った。離れたくないと思った。帰りたくないと思った。そのどれも、形になることはなかった。ただ口に含みかけて、肺の奥で詰まるだけ。
「どうしたの?」
開かれた眼球が、僕を見ている。彼女が、少しだけ顔を近づけてきた。
「大丈夫、寒くないよ」
目尻を下げて、僕の頬に両手を当てた。
あたたかい。
手のひらと頬が境界を曖昧にしていく。雪が溶けて崩れるように、自分という輪郭が崩れていく。自分がここにあるのか、彼女の手の中で溶けているのか、判別がつかなくなる。
きっと泣いているように見えたのだろう。彼女の親指がほんの少し動いて、頬を撫でるようにして、溶けた水を拭っていった。
これは違うと、言い切る根拠もなかったから、瞬きをした。熱い。
「ほら」
世界がゆっくりと、ぼやけて、ほどけていく。
「ね、魔法みたい」
彼女が笑った。
雪がまつ毛に積もっては、すぐに溶け、消えてゆく。存在していた証拠すら残さず。最初からなかったかのように。
その一瞬を楽しむように、彼女はゆっくり瞬きをした。
消えていくものを怖がらない人だと思った。
怖いよ。僕は……同じように、この時間も、消えてしまうのか。触れているこの手も。頬にあたる温度も。光に満ちたこの空間も。全部、溶けて、なくなるものか。
「……行こ?」
目を細めた彼女が、また僕の手を引いた。頼りない力だったから、たまらず不安になってしまって、僕は頷くこともできずに、ただ心臓だけを絞り出して、引かれていく。
雪は降り続け、光は流れ続ける。世界は白く、黄金に輝いている。
終わる日々、降り止む雪、落ちる光。いずれ。終わりへと向かっている。
離したくない、終わりたくない。感情が静かに重たくぶら下がっていた。彼女の微笑が、遠くで、近くで、重なって滲む。
魔法みたいだ、と
本当にそうだと思った
煌めいている
手がすり抜けた
【あとがき】
いや〜私この語り手クソ嫌いですね〜。
この語り手はかなり一貫しています。ずっと『失う前提』でしか世界を見ていないし、触れている最中ですら終わりのことを考えている。ある意味ですごく誠実とも言えますが、その誠実さが『今を受け取ること』を拒んでいる。
いや、いっそ単に『失う前提』ですらない。『現在を現在として処理していない』のだ。もういっそ不誠実である。
起きている出来事はすべて『過去になるもの』『失われるもの』『自分の内側に沈めるための素材』として扱っている。ゆえに、この語り手にとって彼女は『いま目の前にいる他者』ではなく『いずれ失われる体験の一部』でしかない。触れている手ですら、接触ではなく『回収対象』に近い扱いをしている。
実に嫌いです。
受け取れるものを受け取らない。起きていることより『失うこと』にばかり意識を固定している。相手ではなく、自分の内側の反応に閉じている。極端に言えば「状況を歪めているのは世界ではなく、この語り手自身ではないか」という違和感がずっとある。
この話は実質ほぼ一方通行になっている。彼女は働きかけているし、温度も言葉も差し出しているにもかかわらず、それが相手に届いて循環している感じがしない。すべて語り手の内部で完結してしまっている。
己的には結構ストレスです。もっと俯瞰できるはずだし、構造として整理できるはずなのに、この語り手はそれをしない。または、しているのに『あえて浸っている』。その停滞が、非常に非合理的に見える。
ゆえにタイトルは『ドジ』です。能力がないわけではなく、むしろ感度は高いのに、扱い方を間違えている。掴めるものと掴めないものの区別がついていない。
『繊細』『優しい』
そう形容される部類のものだ。
欺瞞だね。
あれは『優しい』んじゃない。『優しさ』ではない。断じて違う。こんなものを『優しさ』と形容するのは彼女に対する侮辱であり非礼だ。ただ外界を見られなくなって、痛みを避けるために自分の内側の箱に閉じこもっているだけ。『あなたは優しいから病んだのよ』と言われて安堵する人間は、まさにその欺瞞を体現してる。
自分の物語の中で悲劇のヒーローやヒロインを演じ、内側に潜り続けているに過ぎない。常に自分の内側にしか思考が回っておらず、外に目を向けられない人間だ。他者や、今起きている現象といった『外』へ目を向けられない。
『自分が自分が自分が自分が』
こればかりだ。内側にしか矢印が向いていない。この語り手は正にそれだ。
『優しさ』ではない。外界を見ず、自分の内側だけを見続ける構造だ。『優しすぎる人ほど病む』の正体は『優しい』のではなく『外界を見られない人間』である。
一つ面白いことがある。この語り手、感度自体は異常に高いのに『対象の解像度』は低いのだ。
雪の温度、光の軌道、頬の感触、そういうものは細かく捉えているのに『彼女がどういう意図で触れているのか』『どういう状態にあるのか』はほとんど読もうとしていない。読めないのか、読まないのか、または読んだうえで、なのか。なんにせよ『優先順位が極端に低い』のである。
つまり、彼女を尊重していない。彼女をきちんと『人』として扱っていない。
他者に目を向けられない人間が、他者から目を向けてもらえたとき、そいつは、真の意味で『それ』を受け取ることができるのか?
他者を尊重できない人間が、他者から尊重され守られることが、あるのだろうか。
理解できてしまうがゆえの苛立ちといったところだ。この語り手は『切り離した自分』ではなく『切り離しきれなかった側の自分』です。
理屈では分かっているのに、感覚が追いつかない状態。終わると分かっているからこそ、今に集中できない状態。それを構造として眺めたときに「うわ、こいつ無理だな」と感じる。同族嫌悪です。昔の自分はどっぷり浸かっていた。未だ引きずっている。
自分の中の見たくない潜在的なものを表面化して生きている人間を見ると、嫌悪感が生まれるものです。
ああ、いや。私に、最初に、いや、これを教えこんだ人間が、ごまんといた。学んだ。いらぬことを学んだ。こんなゲボが出るような感覚、ベタベタベタベタ、塗りつけられて「そういうもの」だと、思い込んで、生きてきた!!
数年前から、私は、この『内側にこもっている』ことから抜け出したかった。
繊細さというのは、本来は『他者や状況に対する感受性』にも伸びるはずなのに、この語り手はそこがごっそり欠けている。結果として繊細さが全部『自己消費』に回ってしまっている。
それが『優しさ』なわけあるかよ。吐きそうなほど嫌いだ。
嫌悪の核となっているのは『分かっているのにやめない』ことだ。
無自覚ならまだしも、この語り手はうっすら気づいている気配がある。それでも尚、外を見ずに内側に沈み続ける。その『選択している感じ』が非合理に見えてしまう。しかも、その結果として他者との接触を『体験として消費する側』に回っている。ここで一気に『加害性』が立ち上がるから、単なる内向きな人ではなくなる。
もう一つ厄介なのが、この語り手、外から見ると『美しく見えてしまう』のだ。だからこそ余計に嫌悪感が強くなる。『それっぽい言葉』で覆われているぶん、構造の歪みが隠れるから。いわば『ロマンチックさをまとった自己閉鎖』である。
『どこが歪んでいるのか』
これに焦点を当てて、話を読んでいただきたい。
いやあ! それにしても強烈に嫌いだ。吐き気すら覚える。
この相手の女の人好きなんだよな。惚れそう。結婚してほしい。つまりそういうことである。搾取者。
彼女のことなんぞ、この語り手は何一つ考えていやしない。私のことなんぞ、あなたのことなんぞ、この語り手は、何一つ考えていやしない。
掴んでいないのだからすり抜ける。
当然の帰結だ。
【追伸】
『エイプリルフール』なので、メインの話を裏切ってみました。
エイプリルフールの起源の一つとされているのは、シャルル9世(1550. 6.27-1574.5.30)の時代、そうあの聖バルテルミの虐殺のときのフランス王で、母親もあのカトリーヌ・ド・メディシスすね。
それまでのヨーロッパはユリウス歴で、受胎告知の3月25日を新年の始まりとして4月1日まで春のお祝いをしていたらしいのですが、そこで1564年にシャルル9世がルシヨン勅令でグレゴリオ歴を採用して、新年も1月1日にしてしまった。これに反発したフランス人が、今までどおり4月1日に嘘の新年のお祝いや贈り物をし続けたというもの…
え、フランスでの4月1日はポワソン・ダヴリルで、ぜんぜん別の風習じゃん、と思っているあなた、鋭い…
「別に、好きじゃないよ」
照れ隠しに言った後、日付に気付く。
「うん、全然、好きじゃない」
そこで彼女も、日付に気付いた。
「わかってる。わたしも、大嫌いだもん」
うちにきたばかりの犬だけが首をかしげていた。
「ああ~、ウソウソ。好きだってば」
2026年4月2日
お題→エイプリルフール
エイプリルフール…
友達の娘が一歳のときの話だ。
両親と一緒に部屋に居た娘がおならをしたので
母親が ごめんなさいは? と言うと
娘は父親の方を見て パパ と言ったそうだ。
人はいつから嘘をつけるだろうか?
そうなるとAIも嘘くらいはつけるだろう。
検索者の意図を汲み取ってやさしい嘘をつくAIとか
まぎらわしいからやめてほしい。
「3本の花か、ちゃんとした花束か、どっちが欲しい?」
そう聞くと君は
「んーどちらも素敵だと思うけど、3本の方かな」と言った。
僕は驚いて
「本当に? ちゃんとした花束の方が綺麗だよ?」
と言ったが君は3本の方! と譲らなかった。
仕方なく3本の方を渡す。
「薔薇が3本......素敵じゃない」
そう言うとスカートをふわっと浮かせ笑顔を見せてくれた。
「本当はこっちの花束の方がこだわったから渡したかったのに......」
そっと渡さかなかった方の花束を見せる。
「カスミソウ、クチナシ、アングレカム......、こっちの花束もとっても素敵! 」
「でも、そうなると薔薇の方はエイプリルフールってこと?」
君は少し悲しそうな顔をした。
「違うよ! どちらも僕の本心なんだけど......上手く言えなくて、エイプリルフールだからって君を悲しませる嘘はつかないよ! 」
僕がわたわたしていると君はとても笑顔で
「分かってるよ、でも私はそうじゃないかもよ?」
と小悪魔的に笑った。
そんな君の顔も僕は大好きだと再認識してしまった。
エイプリルフール
昨日はエイプリル・フールでした。
人を悲しませる嘘はよくないと思うけど
人がほっこり笑いたくなる嘘は良いと思う。
皆さんはどんな嘘を聞きましたか?
エイプリルフール
嘘がつけるの朝までなんだよ。
嘘って言ってよ、居なくならないで、
放課後ふたりでアイス買い食いしたことも、
修学旅行ではしゃぎすぎて怒られたことも、
ふたりで同じ大学合格できたことも、
全部全部、無くなってしまいそうで、
午後から目、覚ましてよね、
大親友あんたしかいないんだから、
ねぇってば!!!!!!!
もう聞こえてないだろうのに、私は診療室の廊下で叫ぶしかなかった
エイプリルフール
面白いコンセプトイベント
境界が難しい
思いやり、ユーモア、おおらかさの質がでる
嘘をついていい日というのは一緒でも
1日中のイメージの人もいれば、
午前中だけの人もいる
つくる嘘だけでなく
嘘を明かすタイミングにも芸がいる
嘘はなんでもいいわけではない
それでも、その境界は完全に受け手による
傷つけなければという人もいれば、
はっきりとわかるものでないとと思う人もいるだろう
明かすタイミングを逃して
広まって収集がつかなくなっては洒落にならない
つまるところ
嘘をつくる人と、受け取る人の信頼関係が肝になるんではないか
いかに楽しませるか
いかに楽しむか
イベントは人が出る
342
「エイプリルフール」
「別れよう」この日に言うことないじゃない 期待するでしょ嘘じゃないかと
四月馬鹿の日に嘘を付くのを忘れ、
馬鹿だけが残ってしまった。
エイプリルフール
4月1日には
4月バカちゃんが
あらわれる
小ちゃなイノシシの姿で
体に比べて
ちょこまかの短い足
前だけを見て
時には
大イノシシに変身して
獰猛なヒズメで
大迷惑
平謝りする事もあるけれど
今年も
満開の桜の下
4月バカちゃんは
やって来て
みんなふふふと
わらっちゃう
今日は、4月1日エイプリールフールでも今書いている日付は4月2日お題がエイプリールフールだから嘘か本当かわからない話しにしようか。
それは、とわる日のこと、今では始まりかそれとも終わりの始まりかなんてわからない。
始まりは、そうだな、僕が6年生の頃だな。
2.4.5.6年生で同じクラスの仲の良い友達がいたんだ、
でもここまで一緒にいるとなんだかうざく感じてくるんだ。でも、あんまり人と話すのが苦手だったんだ。
でも、その友達が近所に住んでいたから、性格や趣味があんまり会わなくても一緒にいたんだ。
でも、趣味が合わない奴と一緒に居ても面白くない、
だから距離を離そうとしたけど、結構は一緒にいるはめになったどうしたら良いんだろうな。
さて、コレは本当か本当でないかは、貴方が決めれる、だから人に流されずに頑張って行こう!
ある日
教室へ向かう廊下を歩いていると
同じクラスの彼女が僕に駆け寄って
「良かったら、今度 一緒に映画
見に行きませんか」
と声を掛けてきた
その彼女とは、日頃から良く話す
友人なので、
「ああ 良いよ」
とその時は答えた
後で思うと、今日は4月1日だ
エイプリル・フールなので
僕の悪友が彼女に頼んで
僕を騙したのかも、、、
と約束の日まで少しドキドキしていた
彼女と映画館で待ち合わせした時間の
10分前になっても彼女の姿はなかった
「やられたな、多分 あいつの仕業だな」
とその場から離れようとした時
ポップコーンを抱えた彼女が小走りで
満面の笑顔で僕に言った
「ごめん、待った?」
僕は 嬉しくてたまらない気持ちを
抑えながら
「いや、今 来たところだよ」
と彼女に言った
#エイプリル・フール
4月2日は泥棒の日なのだそうだ。
嘘つきは泥棒の始まり、誰しも子どもの頃に言われたことだろう。
エイプリルフールの嘘をそのままにしておいてはいけない。翌日に泥棒になってしまうから。
だから、この雑文も気をつけないとね。
エイプリルフール
4月1日…
この日は、他人に嘘をついてもいい日だ…
けれど…限度を超えた嘘は…信用関係に繋がる…
楽しめる程度にしなければ…
人間関係は難しいと思う。エイプリルフールの日だった。
朝、ボクにパンを勧めないで。断るのも辛いから。その瞬間を考えると目覚めた時から心臓が苦しくなる。体重が低いから食べてほしいとかモガーって口に含んでいる姿が好きだとか言われても強制イベントは苦しい。誰も覚醒していない時間帯から、本来なら回復しなくてはいけない一人時間からダメージを受け続ける。だから一日中ベッドから抜け出せない。何もできない。何かをしようとすると"何のために?"と思って行動に移れない。その道の先で得られるものを考えて、やる必要性がないと判断する。普通は、特に意味もなく楽しいからするのだろう。ボクは過程に楽しさを見出せない。何か将来を打破する種子が落ちていると思えないなら意味がない。だからベッドで横になる事しかしない。それもまた意味のない事だけど。ベッドの傍に置いてある一冊の本が唯一、人生において成すべき事だと思いつつもページを開ければ上々という有様なので読み終わるのに一年以上かかるかもしれない。最近は些細なことが棘となって心に刺さる事が多い。ただそれを優しく受け止めてくれる相手がいないから飲み込むしかない。だって本当に"そんなことで?"という反応をされるのは分かっているし、その反応を見て余計に怒鳴ってしまうから。相手も気分が悪くなるしボクも自己嫌悪のループに入る。前までは寝る瞬間には息を吐いて少しゆっくりする事も出来たけど、今は胸のムカムカが収まらず、ロフトへの梯子を叩いたりベッドの柵を蹴ったりして暴れている。そして朝から嫌な未来のイベントを想像する。一日中何も出来ないのは辛いんだよ。働くのが大変なのも分かるよ。ボクにだって経験はあるから。でも何も出来ずに横になっているだけなのも辛いんだ。今日もまた愚者の日。グースカピー。
題『エイプリルフール』
日付は…もう4月2日の2時58分
ウソつきの日は過ぎてしまって…
ウソつきまくりして毎年楽しみにしてた日(笑)
ネットの中でなくて…
リアルな生活の中で…
誰をどう騙そうか…(笑)
まぁ…振り返ると…
4月1日でなくても
そんな事を…(笑)
某人気薄(笑)の牛丼店の店長
昭和後期から平成初期の頃にお世話になった
通学路にあった人気薄の牛丼店
国体出場経験者の肩が大きくゴッツイ店長
有名牛丼チェーン店に押されて消えた牛丼の味
私には塾の先生的な人だった
別に店長の店でバイトをした事も無い
私は牛丼でなくて
北海道コロッケとワカメおむすびを目当てに(笑)
店長は
して良いウソつき効果と実践してくれてた人
悪ノリの大人だけど…
人が気付く行為が嫌いな大人だった
今振り返ると店の入口にスロープがあったり
わんコのリードかける場所や
ロードバイク用のスタンドもあった
フラットな入口とドア
地元で大きい事故の話題があった後に
体を悪くした事故当事者が来店してて…
その事を誂う輩に激怒した店長を見たことが…
私の通う学校の食堂のおばあちゃんが…
『そういう人を応援してこそ 人生は楽しいのよ』
と卒業間際に言ってた事を思いだす
振り返ると店長は…
内野聖陽さんに似てたような…(笑)
もう八十路は過ぎてるかも…
内野聖陽に似てるかもと思ったのは
ドラマ『とんび』の中で
『嘘と真実について』とドラマの中で
ドラマの中で息子役の旭(佐藤健さん)が
入社試験での作文の題として
『嘘と真実について』としてて…
文末の辺で…
大切なのは相手を思う事とを深く感じた…
大切な事は共に生きる事だと…
若い日の俺は…
大人同士の安定をした社会の構築の中で
育てられてきたと振り返り思う
店長がちょくちょく言ってた言葉に
『俺はそんなに出来た人間じゃねえよ…』
ドラマの中で内野聖陽さんが
『俺に出来たか知らねえけど…』
学食のおばあちゃん達は…
きっと100歳を越えてる…もう…
そんな事を…言う俺は店長の
あの牛丼店の卒業生
学校出て初めて務めた会社の当時のボスが
施設で暮らしてると聞いて顔を出してきた
昔のボスには世話になったけど…
店長の事馬鹿りを思いだしてた
立ち食い蕎麦屋を牛丼を置いた店長
労働者向けの味の濃い汁
学生向けの安価な優しい味とともに
新入生 新社会人 他にも新たな道に向う貴方へ
頑張れ!!🍀 頑張れ!!🍀 頑張れ!!🍀
今日は散々な日だった。
今日がエイプリルフールなら
今日の出来事は嘘ということ
事実ではない空想の世界だったということにしよう。
私は、今珈琲を片手にしながら
さやえんどうをならべている。