今日は学校で幼稚園実習があった
わたしが昔通っていた場所でもあるそこには、わたしの思い出がたくさん埋もれていた
いつも先生が立ってチェックしていたトイレ
水槽と体のサイズが明らかにあっていない金魚
ぽつんといる亀と脱皮したてのザリガニ
走り回るのに最適だと思っていた遊戯室は片道大股十歩
背が高いと思っていたマリア様の像もいまでは背丈を越していた
そこには確かにあった思い出をいつしか通り越していたんだ
でも、わたしはここにいたという事実が心を動かす
年長の時にお世話になった先生が目に入ったけど、どうせ覚えてないだろうと思って、通り過ぎたら
「〇〇ちゃん!!」と呼び止めてくれた
その時に広がった安心感と心の暖かさはあの時の純白で無垢な感覚のままだった
月にも願いを込めていいの?
いや月に願いを込めるなんて縁起が悪い気がする
星に願いを込めるのはずっと空で輝いてくれているからだろう。月は欠けてしまう。
いや、まてよ
三日月の時に願いをかければそのあと徐々に満月になっていくから逆に縁起が良さげじゃないか?
縁起がいいとか悪いとかそんなことをいちいち考える自分の中は、もう幼い頃の無垢さと爛漫さは消えてしまったようだ
「逃げたらいけない」
そう父に言われてわたしは育った。
逃げることは悪。
立ち向かうこそ正義なんだと何度も何度も言われてきた。
ジェットコースターに乗れない
「また逃げるのか」と父が言う
試合に出たくない
「ふーん。そうやって逃げるんだ」と父が言う
学校に行きたくない
「学校からも逃げるのか」と父が言う
何かから逃げようとするたびにずっと頭のどこかから父の声がする。
逃げたい。辞めたい。
「そうやって逃げるのね」と口からこぼれた
今は明日が来るのが怖い
毎日悪化していく体調が怖い
どこかが治ってもほかのところが辛くなる
去年と同じ
せっかく後遺症抜け出したのに、ようやく抜け出せたのに
青春を奪ったお前はまたわたしから日常を奪うの?
お前が憎いよ、人より小さいウイルスの癖に
ああ喉が痛い、鼻詰まりがひどい、頭が痛い、お腹も痛いし倦怠感がひどい、座っているのが辛い、寝転がっていたい
むかし、自傷癖をこじらせたことがあった
すぐにイライラする癖があったわたしは、よく親から「イライラしないの!」と怒られていたその「指導」の甲斐あってか、「イライラするのは悪いこと」だと、「イライラが収められないのはよくないこと」と決めつけ自傷行為に走った。
イライラしそうな時は予兆がある。足のちょうどふくらはぎのあたりが異様に張って、足の裏が形容し難いぐらい痛いようなむず痒いような感じになる。
そんな時に、掌にスーッとカッターを走らせて、皮膚と肉が切れる痛みと、背中を伝う冷たい雰囲気に任せて自分を落ち着けていた。
一度ついた癖はなかなか消えない。今でもどうしようもなく自分が憎くてなにか傷をつけたくなるときがある。
そんなときは、コップに水をなみなみ表面張力が張るまで注いで、一気に飲み干す。
透明な水が自分のイライラを薄めてくれるように願いながら息を殺して飲み続ける