〝カーテン〟
カーテンがふわっふわ、と波打った気がした。最近涼しくなってきて窓を開けていないのに。
気のせいかと手元に集中しようとしたら、足にくすぐったい感触と、鳴き声。
キミが原因だったか。全く、「もう少ししたら一段落だから」と口には出すが、両手が伸びた。
キミを抱いてほんの少し顔を埋めた。
低い声で、にゃあぁ〜、と返された。
〝束の間の休息〟
赤ちゃんが泣いてる。
おかあさんは、ぼくに妹だよ、と言う。
ぼくに妹ができた。
いつでも家のなかを、ばたばた、おかあさんの笑った顔を見ないな。
イスに座って、ふぅ、と…おかあさんは元気ない。
冷蔵庫を開けて、いつでもぼくの好きなジュースを、おかあさんは買ってきてくれる。それを座ってる前に置いた。
「のど、かわいてない?」
「良いの? 大好きなジュースなのに」
「いいよ」
「お兄ちゃんだね〜! ありがとう」
おかあさんが、わらった。
〝星座〟
友達と手持ち花火をした帰り、街灯もあって懐中電灯も持っているけど、夜の道はやっぱり心細くなった。
早く帰ろうと早歩きをすることにした。
コンビニが視界に入り、明るさにホッとした。
ちょうど人が出てくるところだった。知ってる顔。
「え、こんな時間に何してんの」
「そっちこそ……あたしは友達と遊んでた帰り」
「真面目そうにみえて実は不良」
すっかりゴミだらけになってるビニール袋を見せてやった。
「悪かったって。で? 楽しめた?」
「うん、楽しく過ごした」
笑いかけてくれる彼。こんな人だったっけ。学校じゃ結構ふざけてる姿しか見ない。
「ところでそっちは何してるの。あたしだけ知られるのは不公平よ」
「塾の帰りだ。ほれ」
彼は鞄の中身を見せてくる。本当だった。
「日頃怒られてるのに真面目だな」
「仕返しかよ」
車が数台行き交った。
「家どの辺?」
「どうして?」
「こんな時間だし、一人より二人のほうが良くないか?」
送るよ、その言葉が予想として出てきていた。けれど現実は、こなかった。
並んで歩きながら、彼は暗くなった空を見る。
「足元見ないと躓くよ?」
「星、見れねぇなぁ」
「話聞いてる?」
「聞いてる」
「星座、わかるの?」
「わかったところで、何もカッコよくないけどな」
彼はそう言い、前を向いて歩く。
「あたしにはよくわからないから、カッコいいと思うけど。日頃の会話に軽く入れてくれたら、違った景色になるよね」
「日頃の会話に星座って出てくる割合少なくね?」
「あ〜……ニュースでよく見れますよって情報がないと確かに見ないかもね……」
お互い表情が引きつったまま笑った。
気づけばあたしの家の近く。
「ありがとうね。夜の道、本音は怖かったから、助かったよ」
彼からは、「ん〜」と手を振ってくれた。そして、ちらほら灯りがあるだけの商店街へと走っていった。もしかして家、そっち方面? 意外にも近所に住んでた。
〝胸の鼓動〟
何か大きなことがあると、大人は言う。「緊張してない?」って。
それがわかってきたのは、授業で発表するとき。
それから、小学校高学年になってきたあたりから。
バレンタインにはチョコを渡す。その意味を知って、憧れた。
小学校からの大半が同じ中学へ行き、一気に大人になった気がして、緊張した。
当日までに盛り上がりをみせるバレンタイン。誰かに渡さないの? って聞かれたから。比較的話しやすかった隣の席の男子に「義理だから」と言って渡した。
お返しの日とされてる3月14日。
下駄箱で靴を履き替えてたら、ぶつかる。「ごめんなさい」と振り返ったら、「チョコありがとう」と返ってきた。
「チョコ買うの、緊張しなかった?」
「だって義理だし」
それを聞いて、そうなんだけどって思ったけど、ショックを受けてるわたしがいる。
高校受験。食欲がなくなるほどに緊張した。中学ほどには……驚くほどの変化はなかった。けど、付き合ってるんだって、これを新しくなって間もない環境で聞くのはびっくりした。
中学で付き合って、同じ高校を受験? 良すぎて言葉が出ない。
静かに進められていたバレンタイン。彼氏、彼女の関係がすでに多く、ちょっと恥ずかしくなった。
「よかった、帰ったかと思った」
何だかんだよく話してて、同じ高校だったんだと気づいたから、クラスの子に渡してとお願いしたんだった。忘れてた。
「クラスのヤツから渡されるってことは義理なんだろうと思うけど……いろいろ考えた。高校でもくれて、ありがとう」
「うん……」
義理だって言いきった中学の頃も覚えてるの? 高校になって、わたしはどう思ってた? 高校でもって、ヤバい……意識しちゃうじゃん。
〝鏡〟
最近、友達がよそよそしい気がする。あたし何か気にさわること言っちゃったのかな。でも言って何でもなかったら、ウザいって思われたりしない?
「はぁ……あっ?!」
トイレに行きたくなって入ってみたら、同じクラスの男子が1人。
「何してんの。女子トイレだよ?」
「まだ入ってはないでしょ。手洗い場とも言えるスペースだ。こういった部分は男子トイレにもある」
足元はすのこで、左右に鏡……合わせ鏡みたくなってて、それに関する怖い話があるらしい。
それらを通過したら、扉があって、個室のトイレに繋がっている。だからまぁ、悪さするにも人の視線があるわけで、心理的なハードルがあるからか、小学六年間ずっと困ることはなかった。
扉が、男子と女子とで色分けされているから、手を洗うだけにしても自然と男女分かれて使用するのが日常茶飯事だったりする。
「泣いてたの?」
「どうして?」
「目、赤いから」
「別に。あたしがトイレから出てくるまでには、どっか行っといてよね」
けど、向こうはまだ居た。
「何で居るの」
「女子トイレのは、合わせ鏡なんだなぁと思って」
「男子トイレも同じだって、言ってなかった?」
「こっちのは鏡はあっても合わせにはならないんだよ。身だしなみを整えたりもするから、そういった意味で差別化してるのかな」
ていうか、調べてる風なのは何で?
「誰もいなくても、鏡を見たら人は良い表情をしようとする。何でだろうね」
「そうかな。家だったら見るけど、あたしは外では見ないかな」
「へぇ〜。じゃあその距離感を、人にもしてるってわけだ」
「何を言いたいの?」
「友達と喧嘩ではないよね。聞く限りでは、自然消滅?」
何も言ってないはずなのに、当たってるのはどうして。
「あー……図星だった? ごめん」
「クラス離れて、同じアプリも入れて遊んでたけど、段々と飽きてきて話題がなくなったんだよね。気にさわることを言った覚えはないから、喧嘩じゃないとは思うんだけど……接点が急に無くなったから、なんかつまらないなぁって」
そう言い出したら、涙が溢れてきて、流れそうになる。
「別にいいんじゃない? 誰かに良い顔をしたくなるものだし、気を遣いすぎるなんて面倒だし、疎遠だと気づいて急に寂しくもなる」
「なんか、大人だね。あたしが知らないだけか」
泣き笑いにみせて、涙を拭う。
「似てる部分があったから、言ってみた。ほんとうに図星なんだな、なんかごめん」
同じクラスだったのに、本ばっか読んでて変な人の扱いをされていた男子と過ごした放課後。
中学、高校と同じ学校になって、一応スマホで連絡も取れる。周囲がみたら仲が良いんだと思う。友達かと聞かれたら悩む。でもね、気を遣いすぎる相手じゃないんだ。