『エイプリルフール』
そういや今日は、嘘をついてもいい日か。そう思ってまわりを伺っても、なんの変化もない。
バレンタインだの、節分だの、いろんなイベントがあっても、エイプリルフールは特に何も無く一日が過ぎるだけだ。
寝起きに見たSNSで、企業が可笑しな投稿をしていて笑えた。
それだけで、個人が何かをするにはハードルが高いようにも感じる。
「エイプリルフールだから言いますね。好きになりました、未和さんのこと」
「ん?」
「もうすぐバイト終わりますよね、俺もなんで。コンビニで春限定のもの買って、近くを歩きませんか?」
「歩くのはいいんだけど」
「じゃあ、外で待ってますね」
エイプリルフールだからって何。そもそもエイプリルフールって何よ。
バイトの合間にさらっと言ってきて。
好きと言われたことが頭に残って、今さら身だしなみを整えるとか。色付きのリップクリーム、無いよりましか。
バイトの終わりが合えば、互いに共通してる話題で笑い合って帰ってた。
好きって言ってきて、コンビニで買い物しようって、近くを歩こうって。いつも通りになれないんだけど。
買い物をしてるとき、コンビニを出るとき、スマホを何度も見る。見るのは一瞬だから、時間を気にしてる? でも何で? あー、午前中までだっけ? 嘘をついてもいいのは。え、嘘、好きって言ったのって。
「午前が終わったから言いますね」
「エイプリルフールだからって言ったよね」
「言いました」
「じゃあ、好きって言ったのは?」
「好きになったのは本当です。去年のバレンタイン、貰えたので」
「本命じゃなくて義理だよ?」
「 嫌いな相手に渡せますか?」
「そうだね、無理だ」
「嫌われてないのは確実なんで、言いました」
だからって、四月一日に言わなくてもいいじゃない。でもまぁ、かなり印象には残ったか。
『幸せに』
パパパッと打ち込んで、持っていたスマホは、ソファへと投げ込まれた。
座って沈み込んでいた部分に落とされたスマホは、スーッと流れて俺の膝で止まる。
このあと姉貴はトイレに行く。いつものことだけど、食卓のテーブルに置いておけばいいのに、なぜかソファだ。
いつも通りに、手の甲で払って、ソファの隅へと流してやろう。
自然と眼に飛び込んできた、「幸せに」の文字。退屈そうな、自分にも関係のある事柄だけど直視したくない、つまらない眼をしながら打っていたのがこれなんだ。
歳の離れた姉貴。友達だろうと思われる相手のアイコンには、赤ちゃんの写真。
姉貴はよく誰かと付き合っている。その分、別れもあって泣いているのを聞くこともあった。
トイレから戻ってきた姉貴は、料理を始めた。時刻はとっくに昼を過ぎている。
親が仕事で居ないとき、気まぐれに姉貴は料理をした。
食卓に二人分が並べられた。できたよ、とか、ごはんとか、いろんな呼び方あるだろ。無言で自分だけ食べ始めんなよ。
「味付け丁度いい」
「いつもチャーハンなのに、なんで今日は感想言ってんの」
幸せに似た漢字……あぁそうだ、辛いっていう字。ちょっとしか違わないなら、この瞬間の表情みたいに、笑ったときを笑えたときを、幸せと考えればいいんじゃないの。
『何気ないふり』
話すことがほとんどない男子と、日直になってた。
今朝取りに行ったから、日誌はあたしが持ってたし、当然あたしが書いた記録がある。
どうしよ。
とりあえず、やれることはやって、記入しないと。
背伸びしてやっと消せるところまで、びっしり書かれてる。その上を軽々いってしまう男子の手。
日誌持ってる?
そう言ってきて、声が出せなくて、指差しをした。
ぱらぱら捲って、シャーペン借りていい? その声にも頷いて返事するのが精一杯。
「黒板、上のほう、消してくれてありがとう」
「……別に。そういうの言われ慣れてないから、知らない振りしとけよな~」
言わなきゃよかったかな、なんか気まずい。
窓も閉まってる、あとは鍵をかけて日誌も一緒に職員室へ持っていけばいいだけ、なんだけど。
日誌を持っていた両手が、突然軽くなる。
「日誌、俺のすることほとんど無かったし」
そう言ったら、鍵も一緒に持って行ってしまった。また言うと気まずい空気になっちゃう? でも、「ありがとっ」そう言い切ったら「んー、じゃあな」そう返ってきた。