あの人は駄目だなあ
うん
主人公になるには、傲慢さが足りなかったんだ
自らを正義と信じて疑わないような
自分だって差別意識はある癖に、人を罵って自分は違うと見下す愚かさも
聖職者なんか、自分の手元にある本を見てみろってもんだ
あの人も愚かだったさ
でもな、違うんだよ
あの人の愚かさは、根本的に違っている
紙一重だったさ
あの人も、すれすれ
いや、もしかすると他の視点で見れば既に主人公だったかも知れない
でも、違った
正義と正義が戦って、勝つのはどっちだと思う?
強い方か?弱い方か?
いいや違う
強さなんて関係ない
どちらの視点で見るかで決まる
つまり、どちらが主人公になるかだ
主人公になれさえすれば、勝敗はもう決まってるんだ
主役になれば勇ましい勝利が約束され、悪役になれば、無様に負ける。それがルールだ。
小さな塵を見過ごしても、その塵が積もり積もって街一つ埋めようとも
許される、それが正義だ
あの人は、主人公になろうとしたんだろうなあ
そういう人だったから
でもな、結局お終いだよ
あの人、才能は十二分にあったんだがな
お題『最悪』
自分にできないことができる人は尊敬するし
私よりも早くできる人も
私より完璧にできる人も尊敬できるのに
自分より下であってほしいと思う人がいる
その人が私より少しでも上だと感じると嫌になって、
自分の生きている価値が分からなくなる
違う分野で比較して安心して
また劣った部分を見つけて泣きそうになる
その子のことは大好きなのに
誰より仲良しな自覚もあるのに
醜い征服欲を抱えて
相手の言動に一々ピリピリして
こんなこと、もう辞めたい
お題『誰にも言えない秘密』
ほら、やっぱり
あんまり考えすぎちゃダメなんだよ
考えることは確かに真理に近づくけれど
考えすぎると逆に遠ざかる
人間そんな複雑にできてないのに
死にたいのに死ねないのは怖いから、とか
あの人が死んだのは事故だったから、とか
そんな事実を受け止められなくなるくらいなら
思考をやめた方がいい
適度に考えて適度に気を抜く
そのバランスを保たないと壊れてしまう
だからあの子は壊れてしまった
だから私は生き延びた
こんなに狭く小さいところで
発狂するのは救えない
私は生きる
あの子の肉を喰らってでも
狂っているのは
あの子だけ?
お題『狭い部屋』
何で神様は私を作ったの?
何でこんなパーツにしたの?
何でこんか世界に生まれさせたの?
何で作ったのに放置するの?
何で教えてくれないの?
ねえ
ねえ
ねえ
ねえ、教えてよ。
「好奇心は猫をも殺す」って言葉知ってる?
私ね、殺して欲しいの
猫みたいにね
私、本気よ
嘘なんかじゃないわ
死にたい程辛いわけじゃないけど
それ程に、追い込まれてるわけじゃないけど。
ただね、知りたいの
死ぬのって、どんな感じか
私を、おかしいと思う?
思わないでしょ
だって、狂ってるのは私じゃなくてあなただもの
ふふ、怒っちゃった?
ほら、あなた、私の首に手をかけてる
殺したいんでしょ
良いわよ
私、殺されたいって言ったでしょ
そう、そのまま、
呼吸する間なんか与えないでね
決心が鈍るわ
ねえ、
でも、最期に教えてね
私はあなたが好きだったのよ
あなたは?
手のひらに残る生々しい感覚と、彼女の遺した言葉が、目の前に倒れる『それ』が夢でないことを示していた。
何で彼女はこんな僕を好きになったんだろう。何でこんな奴に殺されたがったんだろう。
初夏の暖かい空気の中、頬を濡らす雫は空を知らなかった。
お題『梅雨』
子供は無垢で良いねえ。
子供が無垢なのは頷ける。けれど、無垢とは良いことだろうか。無邪気であるとか、そういった事は全てプラスであるのだろうか。
私なりに、幼い頃を振り返ってみる。
ある雨上がりの日のことだ。学校から帰っていた私は、道に蛙を見つけ、何も考えず傘の先で潰した。
結果、蛙はくきゅ、と音を立てて無惨な姿に変貌し、私は顔を顰めた。
あれは無垢だ。
罪の意識もなく、純粋な興味のみで行われた行為は無垢そのものであり、到底咎められるものではない。悪意を持って起こった事ではないからだ。
もう一つ。
私の小学校には、気の弱い生徒がいた。
自分の意見を全く言わず、人に合わせる、早い話が引っ込み思案だった。その子はいつもオドオドしていて、幽霊みたいにふらついていた。
そのことを、誰かがこう言った。
「あの子って、おかしいよね」
『おかしい』この言葉に、大した差別意識や嘲笑などは含まれておらず、ただ自分が感じたままに言っただけである。
しかし、それ故に周りも賛同した。
お前、おかしいって。ねえやっぱりさあ、おかしくない?おかしいよね。うん、分かる。
それはどんどん伝染して行き、耐えられなくなったその子は、担任の教師に訴えた。
教師はクラスメイトを叱ったが、誰一人として心に響いてはいなかっただろう。
何故なら、悪意を持った行動でないからだ。
いじめてやろう、嫌がらせてやろうと思って笑っていた者は一人もいないのだし、むしろ面白いネタが増えたくらいの気構えだったのだ。
これも全く無垢である。
どんなに善い行いをしても、その根源に欲があればそれは無垢ではなく、打算の上の行動だ。
逆に、悪逆非道の限りを尽くしても、その根源に欲望がなければそれは無垢なのだ。
心に濁りのない者は、ひとたび道を間違えると独裁者にもなりかねない。小さいうちならまだ叱咤で済まされるだろうが、年齢を重ねるにつれて負う責任の重さも増していく。
そう考えると、大人になる前に無垢を失うのは良い設計と言えるのかもしれない。
お題『無垢』