カフェで向かい合わせで好きなパフェを頬張る君が愛おしくて堪らない。
キーンコーンカーンコーン
チャイムと同時に鞄を持って走り出す。
今日も友達に遊びに誘われたが最近はそれところでは無い。
階段を上がり渡り廊下に着くと早速聞こえるいつもの音色。
滑らかなピアノの旋律が僕の心を惹かれる。
2つ年下の君はいつもこの曜日だけ授業が1時間早く終わる。
1時間分聞けないのは少し残念だが彼女がここで演奏していることを知っているのはきっと僕だけだろう。
渡り廊下から眺める最上階の夕焼けは彼女の演奏によってより一段と美しいものに変えていく。
運動部の掛け声と相まって更に良い。
今日こそは勇気を出して話しかけてみようかな。
渡り廊下を抜けてそーっと音楽室に近づいていく。
曲中に入るのは少し失礼な気がするからせめて曲が終わるまでは扉の下で身を潜めて待つ。
……
曲が終わった。
思い切って扉を開ける。
「あ、あの…さっきの演奏凄く素敵でした!曲名教えて欲しいです。」
初めて見た黒檀色(コクタンイロ)のストレートの髪の毛は腰辺りまであり、前髪はぱっつん、横の髪が少しある俗に言う姫カットと言われる髪型で、制服から出る手は雪のように白い。
俯き加減で少し肩をビクッと震わせる彼女。
脅かしてしまったかな。
「さっきのはラルゴ 変ホ長調。もうすぐピアノの発表会があるからその練習です。あまり上手く弾けないけど。」
「そんな事ないよ。いつも放課後になったら聞こえる君の音色が好きなんだ。君さえ良ければもっと聞かせて欲しい」
その瞬間彼女は目を大きく開けてこっちを見た。
「え、私のでいいんですか?今はYouTubeとかで調べたらいい曲いっぱい出てきますよ」
「君が弾く曲だからいいんだよ。音楽経験はないけれどわかるんだ、君の良さ。」
また俯いて、そっぽ向く彼女。
「また来週も来ていいかな?」
「はい。でもこの事は他の人には秘密にして欲しいです。ちょっと恥ずかしいので。」
「分かった、そうする。ここ、座ってもいい?もっと聞いていたいな。」
入口から近くの席を指す。
「どうぞ。」
「ありがとう」
彼女の顔の赤さも僕の頬が火照る感じも夕日なのか別のものなのかは分からない。
今後もずっとこの時間が僕と彼女だけのものでありますように、なんて思う高3夏。
『君の奏でる音楽』
向日葵畑の真ん中で僕があげた麦わら帽子をかぶり
「私に似合う?」と笑う君
そんな君を撮る僕
少しジメッとしたあの夏から20数年
棚に置かれた若き写真を眺めている僕の隣で寝ている君はあの時と変わらない笑顔を僕に向けている
あの帽子は娘にあげたらしく、君と同じように気に入ってるみたい
麦わら帽子をかぶった娘は世界で2番目に可愛い
いつまで経っても世界一可愛くて綺麗な君
嗚呼、やはり貴女は狡い人だ
そんな貴女に惚れ込んだ僕も大概かな
『麦わら帽子』
ふぁ〜よく寝た、時刻は午前2時。
やはり電車は気持ちいいな、この揺れ心地は赤ん坊の頃を思い出す。
今日は大きな仕事達成出来たし、お疲れ様会で社長や部長からかなり功績を称えられた!これ程やり切った事は無い!
ご褒美の3軒ハシゴもいつもよりも苦ではなかったな。
さてと、このアナウンスは最寄り駅に着いたこ…ろ……
え?
は?
ここは……どこだ!?
ま、まさか終点まで来てしまった!?
まぁよくある事だし、終点から自宅までそう遠くないからタクシーを呼べばなんとかなる。車掌の点検が来る前に電車から降りなくては。
何とか電車から出られた。
ンにしても終点はこんな駅だっけ?最後に来たのが半年以上前だから忘れてても仕方ない。さて、改札を出てタクシーを呼ぶとするか。
<聞き慣れない改札音と暗闇と共に駅を去る。>
駅員すらも居やしねぇや。
駅前の時計台が指す時刻は午前2時3分。
タクシー捕まるかな。
〈使い慣れた携帯を開き、お馴染みのタクシー会社に電話をかける。〉
プルルル、プルルル、プルルル…
プルルル、プルルル、プルルル…
プルルル、プルルル、プルルル…プツッ
お繋ぎになった電話は、電波が届かない所にあるか、電源が…
あれ、おかしいな。今日の分の業務は終了でもしたか?
夜勤の運転手もいるはずだし、前もこれぐらいの時間にかけて繋がったよな。はてさてどうしたものか。
野宿するにも真夏だというのに少し肌寒い。
今日なんて過去最高気温だったのに。
近くのベンチに腰掛けて少し休むとするか。
プルルルル、プルルルル、プルルルル…
見慣れない電話番号からの着信音だな、とりあえず出てみるか。
<貴方をお迎えに参りました。
タクシーが迎えに来ますのでもう暫くお待ちください。>
タクシーなんて呼んだっけな?でも迎えが来るんだ。有難く乗せてもらうとしよう。
あのタクシー会社のオペレーター、いつもは男性の声だったよな?今日はたまたま女性社員なのか?
<約20秒後、短いクラクションと共に夜の色と同じ色のタクシーが車内のライトと行灯前後のライトだけを灯してやって来た。目の前に停ると静かに後部座席のドアが開いた。〉
〇〇までお願いします。
<妙に顔が見えない運転手。バックミラーにすらその顔は映っていない。それにいつもなら目の前に明るく照らされるタクシーサイネージも今日に限って電気がついていない。>
家に帰れるならなんでもいいや。
<車が発進したが街頭も明かりも何も無い、ただあるのはタクシーから発せられる明かりのみ。>
運転手さぁ〜ん、これちゃんと○○に停まるんですかぁ?
<再び酔いが回って来た。運転手は何も答えない。ただひたすら闇に向かって走る車>
<"目的地"にはちゃんとら逝きますよ。お望みかどうかは別ですが。>
目的地に行けるならなんでもいいや。
そういや、運転手に首あったっけな?
酔いが覚めるのか先か、"目的地"に着くのが先か……
そしてここは本当に駅の終点なのか…人生の終点なのか…
『終点』