冬の寒い時期になると、専業主婦である母の手は自然と荒れてきてしまう。
そんな母に弟は、ガサガサしていて汚い手だと言った。
怒ってやろうと思った。
だけどなんて言ったら良いのか分からなくて、私はただ黙っていた。
すると父が母の手を握って
「これは働き者の綺麗な手なんだ。
お母さんはどんな人よりも美しいよ」
と言った。
私はなんて美しい夫婦なんだろうと涙が溢れた。
この世界は、見栄で溢れている。
優しい人は、人に優しくしている自分が好きで、そこに自分の人間としての価値を見出している。
逆に厳しい人は、人に厳しくすることで自分の存在をアピールして、自分の威厳を保っている。
そして私も、人に認められる為に嘘をついて、自分の弱さを隠す為に笑ってる。
人間、みんな種類は違くても、結局は見栄っ張り。
どうせ、そんなもん。
どうして人は人を傷つけるの?
幼い頃に、父にそう聞いたことがある。
私の不躾な質問に、父は迷うことなくこう答えた。
人を傷つけていないと、自分を保てない。
それに傷つけるつもりがなくても、価値観の違いで相手を知らないうちに傷つけることもある。
仕方のないことなんだよ。
…と。
私は何を言っているのか分からなかった。
だけど今なら分かる。
だって、私もそうだから。
私には夢がある。
保育士という小さな夢が。
だけど最近、少子高齢化が進んだせいで保育士の将来性は見込めず、やる人が沢山いるからか給料も少ない。
そして本気で子供を愛し、仕事に取り組む人が減っていっているとニュースを見ていても思う。
そんな保育士にはなりたくない。
だけど、もし自分が保育士になったら自然とそうなってしまうのかもしれない。
だから…ずっとこのまま純粋に夢を追うことは…出来ないかもしれない。
いつも通りの帰り道。
もう隣で笑い合うこともないであろう友人を忘れるために、一人歩く。
今までタンタンとしていた足音も、一人で歩くとトボトボしてしまう。
服では隠しきれない肌を、冷たい風が刺す。
痛いし、苦しいし、寂しい。
この寒さが身に染みて、やっと友人の大切さが分かった。
…もう、遅いけどね。