好きじゃないのに
この世は好きじゃないもので溢れている
人間関係なんてその筆頭だ
「人間の悩みは、すべて対人関係の悩みである」
『嫌われる勇気』という本の中に出てくる
アドラー心理学の教えにもそう記されていた
好きじゃないのに会わないといけない
好きじゃないのに見たくない情報が
当たり前のように流れてくる
好きじゃないにも種類があって
嫌い、苦手、無関心がある
嫌いなものが多いと自分が苦しくなるだけだから
自分ではどうしようもできない問題には
無関心でいることも大事なのかもしれない
特別な存在
特別な存在と聞いて真っ先に
思い浮かぶのは家族
子どもが欲しいとか老後一人は不安だとか
家族を持ちたい理由は人それぞれだけど
特別な存在が傍にいてくれるだけで安心
というのがやっぱり大きいかもしれない
人間や犬やカワウソなどの社会的動物は
一匹だと生きていけないから
孤独になると不安になるし
ストレスで寿命も縮んでしまう
だから楽しいときや辛いとき
傍にいてくれる特別な存在が誰しも必要だと思う
不条理
性犯罪のニュースが流れてくる度に思う
特に子どもが被害に遭うケースは
見ていて吐き気がする
身も心もズタズタに破壊されるのに
容疑者にはたいした刑罰が与えられない
ほんとうに気持ち悪い
泣かないよ
大人でも子どもでも男でも女でも
泣きたい時は泣けばいい
それで相手から面倒臭がられたり
みっともないと思われても構わない
ドラマや漫画に出てくるような
綺麗な泣き方じゃなくてもいい
排泄と同じで
我慢は体に悪いからね
安らかな瞳
お題を見て亡くなったおじいちゃんの事を思い出した
たまに夢に出てきてはあれ?生きてんじゃん!と
夢の中で考えてたりする
働いていた頃は何度も死にたいと思っていたらしい
踏切を見ると飛び込んでしまいたくなる衝動に駆られて、でもその度に家族の顔がぽつぽつと浮かんできて踏み止まったって話を母から聞いた
そんなおじいちゃんも癌が見つかった時は
死にたくないと怖がっていた
病院のベッドの上で横になるおじいちゃん
日に日に痩せ細り何も食べられなくなって
歩くことも喋ることもできなくなって
孫よりも細くなった皺々の手を握った時は
とても安らかな瞳をしていた
何年も前のことだけど今でもたまに思い出す