ぎゅ、と抱き着けば途端に鼓動が速くなった。何ともありませんというようなしれっとした顔をしているくせに、耳は赤くて視線は絶対に合わない。
「ふふ、身体は随分正直ね」
「言い方よ」
ああ、かわいいひと。
"正直"
「てるてる坊主を毎日大量生産したら梅雨って来ないまま滅するのかな」
「そんなに梅雨に恨みあんの?」
てるてる坊主も荷が重いだろうよそれは。
"梅雨"
あ、と気付く。物販列の折り返しに並んでいた俺と同じツアーTシャツを着た女の子は、いつも教室で物静かにスマホを構っている同級生だった。整列バーを一本挟んだだけの距離は、話しかけるには難しくない。けれど、このバンドが好きだったことを初めて知ったし、そもそも話したことだって必要最低限な連絡事項くらいしかなかった。
会場中の多くの人が着ているのに、そんな距離感のクラスメイトが自分とお揃いのTシャツなのが何故だか妙に落ち着かなくて。慌てて見なかったフリをして、帽子を目深に被り直した。
"半袖"
「オレのために人生まるごとフルスイングしたお前に今さら何言われてもな」
「こちらの台詞だ。俺に殺されたくせに死後もご丁寧に俺を待っていたお前に何を言われても愉快なだけだよ」
軽口を叩き合いながら、地獄へ続く道をようやく揃ってまっすぐ歩き始めた。
"天国と地獄"
「織姫と彦星が今年も会えますように」
ざあざあと雨音が響く七夕にそう願う女に目を向ける。窓を開けて、ちらとも星が見えない空に真剣に願っているらしい。
「何をわざわざ。放っておいても会っているとも」
「どうして?今年は天の川が見えないわ」
「そもそもだ、宇宙に雨は降らない」
雨が降るのは星より下である。天の川がこちらから見えようが見えまいが、雲より上の星々には関係ないはずだ。
「…あなたって浪漫がない人ね」
それなのに、どこか拗ねたような声を出されてむっとする。何も間違ったことは言っていないのに何故批難されなければならないのか。
反論しようと口を開いた、その瞬間。
「でも、優しい人だわ」
くすくす笑って付け足された言葉にどんな顔をしていいやらわからなくなって、ぐうと喉を鳴らした。
"月に願いを"