「ねえ、あの人ずっとこっち見てない?」
「あ、深淵くん?」
「え?ああ、知り合い?」
「いや、話したことはないんだけど。いつ見ても一定の距離でこっち見てるの」
「行こう、警察!」
「あ、待って待って!いいのいいの深淵くんは!」
「良いわけなくない!?」
「深淵くんが私を見ている時、私もまた深淵くんを見てるから」
「マジで全然わからんけどせめて一度きちんと話し合って!!!」
"逃れられない"
「ばか!アンタなんかもう知らない!勝手にすればいいじゃない!もう私に話掛けるんじゃないわよ!さよなら!」
「そっか…嫌な思いさせてごめん。また明日な」
「また明日ね!!」
喧嘩を持ち越さないことで有名なカップルである。
"また明日"
「空気読みなよ」と女子に睨まれたあいつは「見えねえもんが読めるわけねえだろ」と不機嫌に言い返した。
"透明"
「写真、良かったらみんなで一緒に撮らない?」
決死の思いで密かに想いを寄せている相手に少し震えた声でそう訊ねた。今日は体育祭で、どこかしこで皆も写真を撮ってる。例え私が彼の隣を絶対に陣取るつもりだろうが、クラスメイト数人で写真なんて怪しくもなんともないはずだ。うん、そのはずである。
何も言わない彼に内心ばっくばくで待っていると、やがて「あの」と小さな声が聞こえた。
「その後で…ツーショット、とか、だめすか、ね」
現実が理想を越えないでほしい。
"理想のあなた"
「あ、前髪切った」
そう隣から覗き込まれて咄嗟に「んぐ」と声が出た。突然失われた前髪について言及されただけでなく、疑問ではなく断定の形だったのがどうしようもなく悲しい。
「テレビ観てたの…」
「前髪切りながら?」
「そお…」
前髪を手で隠しながら少しでも見られないように距離を取っていると、小さな小さな声が聞こえる。
「顔、よく見えてうれしい」
ばっちり聞き取って、臓器がドッッッとなった。
"突然の別れ"