ただひとつ微笑めば、誰もがあいつに優しくなった。ただひとつ溜め息を溢せば、誰もがあいつに手を差し伸べた。ただひとつ頬を膨らませれば、誰もがあいつの味方をした。ただひとつ、ただひとつ、ただのひとつ。そのひとつで、あいつは全てを手にする女だった。
「覚悟しておいてくださいね」
俺の手を掴んで、異常な至近距離で、それはそれは美しく、微笑んで。
あ、食われる。
本能的にそう思って、ゾッとした。
"誰よりも、ずっと"
国も傾くといわれるこの顔面でとびきりに微笑む。瞬間、目の前の男がぎくりと体を強張らせた。その隙に手を握りぐんと距離を詰める。
「私、これからも貴方の腐れ縁に甘んじるつもりはありませんよ」
覚悟しておいてくださいね、と耳元で囁けば。男は赤くなるでもなく、慌てるでもなく、ただただ青い顔で「ひ、」と微かに呻いた。
"これからも、ずっと"
「帰り道にカレーの匂いがすると無性にお腹空くよな」
「うちおかんが今日カレーって言ってた」
「いいな。俺もカレー食べたくなってきた」
「じゃあうち来る?親も兄もばあちゃんも皆ちゃんといるよ、カレーだから」
おかん絶対いいよって言うだろうし、と提案して気付く。初めての彼氏を家に呼ぶ理由が「今日カレーだから」なことあっていいのか?いいわけなくない?
「ご、ごめん」
不躾な提案を、と謝りかけたその瞬間。
「…それは…ちゃんとお土産買って、ご家族に迷惑じゃない、タイミング…がいい…」
ぼそぼそ聞こえるどこか掠れた小さな声。暗くなりつつあるのにやけに赤い顔をしているものだから、笑ってしまった。
"沈む夕日"
「昔やったホラーゲームに眼球愛好家が出てきてね」
「へー」
「そういうの、オキュロフィリアっていうんだって。調べると結構色々あるみたいで…あれも多様性なのかなぁ」
「時代が追い付いてきたのかもな」
何の話?と思いながらそんな当たり障りのない返しをすれば、彼女も小さく頷く。かと思えば、「ねえ」とやけに柔らかな声。
「話は変わるんだけどね」
「うん?」
「目の色、綺麗だよね」
本当に話が変わったのかをまず教えてほしい。
"君の目を見つめると"
「もっと星、見えたらいいのにね」
「今は時間がまだ早いかもな」
「そっか…。じゃあ一回解散して午前二時フミキリに再集合しよ」
「見えないモノを見ようとしてる?」
担ぐ望遠鏡がねぇわ。
"星空の下で"