詩のようなもの0006
神田伯山先生は「講談で携帯を鳴らす客は来ないでくれ」と言った。
私もそう思う。思っていた。いや今も思う。
その日は寄席や講談の類いではなくて、ワンピースでおめかししてヒールの靴を選んで履いて行ったライブ。
しっとりとしたバラードの、ライブの一番聞かせどころの歌の最中。
けたたましく電話が鳴った。
黒電話の音だ。誰だ!
空気が一瞬にして凍りつく。
その一瞬早く、私が凍りついていた。
私だ、私の携帯だ、黒電話だ。
大急ぎで音を消した瞬間、もうライブの音は何も聴こえなかった。震えていた。変な汗でずぶ濡れになっていた。
アコギも歌声も多分拍手も、何もかも聴こえない、ライブ会場が突然海の底になったみたいだと思った。
海の底をたゆたう私。海の泡になれるものなら、もしも人魚姫なら今すぐ消えてしまえるのに。と思った。
ああ、ごめんなさい。心から。
詩のようなもの0005
ただいま!って帰る義実家。
なんたって姑は私の推しだからね。
帰路名産品を食べながら
温泉に寄り道しながら
田舎に近づいていくのがもう、
毎年毎年、楽しみすぎるんだけど。
ああこんなところに生まれたかったよと思う、絵に描いたような田舎と、
こんな人に育てられたかったよと思う、波長の合う義母。
まあそんな人にそんなところで育てられたんだから
当然夫はいい人です。
世の中には
不仲な嫁姑が跋扈してるらしいね。
でもさ、多分マイノリティだから
カミングアウトできないだけで
こっそり、ベッタリ、さっぱり、まったり
それぞれいい感じに仲良しな親子って
案外普通にいそうな気がするんだけどね。
推し自慢みたいに義母自慢できたら
いいのにな。
縁あって親子でよかったって
一緒に布団敷きながら言いあって。
今年もビールと母の手料理で
乾杯して美味しくいただくよ。
車を止めたら玄関に走って行って
あの引き戸を開けて言うんだ。
「おかあさん、ただいまー!」
夏の帰省が待ち遠しいよ。
詩のようなもの0004
ぬるい炭酸
だるい腰
無口な君と
まとわりつく
熱帯の空気
安い、愛
詩のようなもの0003
平安ラブレター
波にさらわれたりしない
風に飛ばされたりしない
光に色褪せたりしない
強い言葉を散らすんだ
雪も月も花も
恋する心を伝えるための
愛おしい心を表すための
優しい小道具に使いたい
三十一文字の枷をつけて
幾通りもの文字を操り
紙色を選び墨色を整え
筆は一気に走らせろ
手練手管も
天真爛漫も
古(いにしえ)千二百年
今も時を封じ込めて
平安の都の貴人の想いの数々は
和歌集の中に静かに眠っている
詩のようなもの 0002
八月に会いたいのは
会ってみたかったねお祖父様。
赤狩りにあって獄中死した貴方に。
あなたが!
犯罪者として葬られたせいであなたのうら若き美人妻は大変な目に遭い、
そのせいで坊ちゃんだった私の父と兄妹の人生はめちゃくちゃになって、
そのあおりは末代に祟るんだよ、私も従兄弟たち全員も結構しんどい人生だった。
お祖父様。
貴方には決して曲げられなかった正義があったんだよね?
それは一体どんなものだったの。
女房子守れずに何の正義だ、私なら絵踏だって踏むけどね。
あなたは!
何を一番大事にして生きていたの?
悪いのは貴方を捉えて殺した奴らだ。
間違えちゃいない、貴方じゃない。
だが命日に花を手向けても何もわからない。知りたくても、何もわからないんだ。
戦後八十年だってさ、お祖父様。
貴方のように殺される人はもういない。
この先もいないといい。