詩のようなもの0006
神田伯山先生は「講談で携帯を鳴らす客は来ないでくれ」と言った。
私もそう思う。思っていた。いや今も思う。
その日は寄席や講談の類いではなくて、ワンピースでおめかししてヒールの靴を選んで履いて行ったライブ。
しっとりとしたバラードの、ライブの一番聞かせどころの歌の最中。
けたたましく電話が鳴った。
黒電話の音だ。誰だ!
空気が一瞬にして凍りつく。
その一瞬早く、私が凍りついていた。
私だ、私の携帯だ、黒電話だ。
大急ぎで音を消した瞬間、もうライブの音は何も聴こえなかった。震えていた。変な汗でずぶ濡れになっていた。
アコギも歌声も多分拍手も、何もかも聴こえない、ライブ会場が突然海の底になったみたいだと思った。
海の底をたゆたう私。海の泡になれるものなら、もしも人魚姫なら今すぐ消えてしまえるのに。と思った。
ああ、ごめんなさい。心から。
8/5/2025, 9:09:57 PM