作品3 また会いましょう
チャイムがなる。
んんーっと大きく伸びをして気合を入れ、重いカバンをよいしょと背負う。いつもみたいに急いで教室を出て、せんせーがいる教室へと向かう。
せんせーがちょうど教室に入るのが見えた。
「せんせー!さよーなら!」
「はい、また明日。じゃないですね、きみですか。こんにちは。時間も読めないんですか?」
「ノリ悪いなー。いいじゃん別に。放課後じゃん」
「でもこれから部活でしょう?」
「それはそうだけどさー」
せんせーがガチャガチャっと教室の鍵を開けた。この教室は誰にも使われていない。故に、我らがアニメ研究同好会が勝手に使っている。俺はその部員でせんせーはその顧問だ。
このめんどくさがり屋のせんせーが、なぜ顧問をしているのか、疑問に思い聞いたことがある。
なぜ、僕みたいな人が顧問をしているかって?なかなかに失礼な言い方ですね。そうですね、強いて言うなら、学校という職場でも娯楽に触れられるのが嬉しいから、ですかね。
当然、軽く引いた。全く、こんな大人にはなりたくない。
アニメ、と言っても、俺もせんせーもアニメはあまり観ない。そのかわり、映画をたくさん見る。
映画なら、アニメ映画はもちろんのこと、恋愛やミステリなど、ジャンル問わず様々なものを観る。ただ、俺もせんせーもホラーだけは観ない。俺は別に怖いわけではないけど、せんせーがホントニムリナンデスゴメンナサイアッコレミマショウアオイタヌキミタイナネコノオハナシトテモオモシロイデスヨ。ネ?ネ?なんていうから、観てないだけだ。別に、怖くなんかこれっぽっちもない。ほんとに。
「では、今日はこちらの作品を観ましょうか。天才ハッカーが主人公の映画です。ほら、君が前から観てみたいといっていた。」
と言った先生の声で、意識が思考の海から戻ってくるのに気づく。かっこよく言ってみたが、ただボーってしてただけだ。
「え、せんせいこれって」
「ええ、この前あなたが観たいと言ってたやつですよ。さっきも言ったのに聞いてなかったのですか?」
「ごめんごめん。」
急いでカバンの中から、DVDを入れるためのパソコンを取り出す。完全に俺の生活が反映されていて、好きな映画のシールや兄弟にされた落書きなどがこれでもかってほど敷き詰められていて、何ていうか、控えめに言って、
「やっぱ汚えなこのパソコン。どうしたらきれいになるんだろ。」
思っていたことが口からこぼれる。
「でも、味があっていいですよね。僕は好きですよ、こう言うの。」
思わず先生の方を見る。
「え、急なイケメン発言。惚れてまうやろがい。」
「はいはい、そうですね。ほら、早く観ましょう。」
横からせんせーの手が伸びてきて、マウスをカチカチッと押す。映画が始まった。
フーッと感嘆がもれる。
「控えめに言ってさいこーだった!特に角砂糖を使ったあのシーン!あれめっちゃ好きだった!」
「ハッカーたちがネット上で集まるのを、電車の中というもので表現するなんて、なんて素晴らしいアイデアなのでしょう!完全に僕のために作られた映画ですね!」
「これで2時間もないんだよ!最高じゃん!」
「そしてこの題名!とんだ皮肉ですねいいですよこういうの大好物です!」
いつもみたいに、互いが思った感想を相槌もなしに、聞き合いもせずにひたすら言い合う。この時間が、たまらなく好きだ。
ふと、時計を見る。やっばこんな時間だ。せんせーの方をみると、同じく気づいたらしい。
「おや、もうこんな時間に。ほら、子供はもう帰ってください。」
「誰がガキだよ!」
なんてタメ口で言い合えるのも、せんせーだけだ。
重いカバンをよいしょと背負う。一度ふざけてよっこいしょういちなんて言ったことがあるが、せんせーにゴミを見るような目で見られたから、もう二度としていない。面白いのにな。
「それじゃせんせ!」
「はい、さようなら」
「もーちがうでしょ!」
ハンドルを握った真似をして、せんせーに圧をかける。
「まだやるですかあれ?飽きないですね」
「いーからはやく!下校時間過ぎちゃうよ」
「はいはい別れの言葉はなしかー?」
せんせーめ。棒読みでしやがる。
「フルスピードで走るのが俺の人生だった!」
まあ、これが言えて満足だから良しとしよう。
「全く、いつまでこれをやるんですか。恥ずかしいとかないんですか?」
「いいじゃん楽しいし!ね、せんせ!」
タタタッとドアの近くまで行く。
「また明日ね!」
「はい、また明日会いましょうね。」
せんせーが言い終わらないうちに、俺は教室を飛び出した。
相変わらず元気なものですね彼は。僕は、教室の窓を開け、はーっと息を吐く。真っ白だ。もうこんな季節になってしまったのか。枯れた葉っぱが教室の中にヒラヒラと入ってきた。
彼は体調を崩してしまったりしないだろうか。いや、バカは風邪ひかないというから大丈夫ですね。
彼は来年受験生。1年後のこの季節にはもう“また明日”なんてこと、言い合えないのでしょうね。
楽しいこと時間も、あとすこしでおわってしまうのか。
それが、僕には少しだけ、寂しい。
けれど、きっと。彼のことだからメールでやり取りしてくれるでしょう。そしてたまに会って、互いにそれまでに見た映画を勧めあって。帰るときには“また明日ね”と“また会いましょうね”が行き交うはずです。
そんな未来を、僕は別れのたび期待している。
⸺⸺⸺
読んでいただきありがとうございました。
途中に出てきた映画は『ピエロがお前を嘲笑う』という、実際にある作品を見ているという設定です。特にこのお話と共通点はないのですが、彼らと同じ気持ちを味わえるので、一度見てみてください。おすすめです。
本当はワイルドスピードの名言を入れたことで「俺」を事故にあってしまうようなお話を書きたかったのですが、難しかったので断念しました。
ここまでわざわざ読んでいただき、とても嬉しいです。
願わくは、あなたとまた会えることを。
作品2 スリル
空を飛ぶというのはスリルがあってとても気持ちいいらしい。彼らに聞いてみたから知識にあるだけであって、人魚の私にはよくわからない。けれど、自由に羽ばたけるのを、羨ましいなと思う。そもそもスリルってなにかしら?彼らの言うことはよくわからない。
『彼ら』と呼ぶのは何かおかしいな。あの種族は性別というものを持たないらしいから。これは、50年くらい前に亡くなった祖母から聞いた。そして『彼』とは雄を指すというのもだ。これは私の200年という短い人生経験から学んだ。
けれど、他にいい感じの言いようがあるかしら?
少し悩んでみるけれど、やっぱりわかんない。いいわ、『彼ら』で。別に思考を読まれているわけではないのだし。
私はいつもこういうことばかり考えている。ただ一人、砂浜のきれいな海辺で、人魚にしか歌えない特別な歌を歌いながら。陸に出ているときは尾が足に化けるから、人間たちからすると同じ生物に見えてるでしょうね。やっぱり偽物の足で歩くのは下手だけど。
そんなことを考えながら歌っていると、ふと視線を感じた。
いつものあの子だわ。彼らの中でも特に真っ白で、大きな翼を持ったあの子。
最近よく私の歌を聞きにくるの。バレてないつもりで隠れているのでしょうけど、生憎初めて聴きに来てくれたときから気づいているわ。
あのときの私を見たときの瞳!あれはまるで私に恋してるみたいだったわ。
日が沈んでしまった。家に帰る。母が夕飯の準備をしていた。ただいまーといい、いつものようにご飯を食べ、片付け、眠る。眠る前にはいつも母とお話をしている。陸に上がっていることは私だけの秘密だ。何を聞こうかしら?そうだ、スリルという言葉の意味について聞こう。
お母様、スリルってなあに?
スリルっていうのはね、簡単に言えば、ハラハラしたりドキドキしたりすることだよ
今日も陸に上がって歌を歌う。きっとあの子も来るでしょうね。あの子、私が人魚だと知ったら、どんな反応をするのかしら?
⸺ガサ
後ろで何か小さなものが落っこちた音がした。気になって音の近くまで行くと、怪我をした小鳥が落ちていた。可哀想に。血の匂いもするわ。
動物に襲われないところにおいてあげようかしらと、小鳥を手に持った。その瞬間小鳥が暴れ出し、血の匂いが一気に強くなった。ああ、なんてかわいそ、う、、、に……
オイシソウ……
一瞬周りの音が聞こえなくなる。
私は今何を思った?可哀想?いやそのあと。オイシソウ?美味しそう?なんで?
小鳥を持っていない方の手を見る。血がベッタリとついていた。もう片方には羽が赤くなってきた小鳥。とても強く香る血の匂い。
急に意識がなくなった。
気づくと両手は真っ赤に染まり、あの小鳥のものだと思われる羽が、私の周りに散らばっていた。口に違和感を感じ、そっと吐き出してみると、小鳥と思わしき肉塊が出てきた。
私は怖くなって、その場を離れた。
頭の中が、『もっと食べたい』で埋まっていく。『美味しい』とも思ってしまう。胸がおかしいくらいにドキドキしてる。
ドキドキ?最近聞いた言葉だわ。そうよ、この前の夜お母様に聞いたときのだわ。なぜだか、さっき感じていた恐怖が次第に消えていく。
すごいドキドキしてる。これが『スリル』ね!スリルって美味しいのね!
あの日以降、私はこっそり小鳥を食べるのにハマってしまった。日が沈んで、誰もいなくなったとき。小鳥がかかるように罠を作り、かかったときだけ少しだけ食べる。とても美味しい、私だけの味。誰にもバレちゃいけない。
そしてかわらず、海辺で歌も歌っている。あの子も変わらず、聴きにくる。あの子も翼を持っているわ。あの子は美味しいのかしら?
ある日、夜が来るのを楽しみにしながら歌を歌っていると、隣に人が座ってきた。誰かしら?
あの子だわ。真っ白な翼が穴だらけになって、血の匂いがすごいする。なぜ?
驚いたけど、これはいい機会だわ。思わず笑みが溢れる。この思いに気づかれないように、いつもどおりにしなきゃ。
人魚だけが歌う歌を、この子のためだけに今歌う。さあ、早く意識よ崩れなさい。
少しぼーっとしてきている。あと少しよ。
私は立ち上がる。この子も立ち上がる。足が痛むのを我慢して、海の方へと歩いていく。この子もついてくる。あと少し、あと少しよ。
海に潜る。この子も潜る。ああ、やっと来たこの瞬間が!
足はもう隠す必要なんてないわ。元の私を見せてあげましょう。でも可哀想に。もう意識はないのね。最期に聴く音が人形の歌でよかったわね。幸せでしょう?
大きく口を開ける。反してこの子の眼は閉じていく。この子の意識が完全になくなったのがわかる。喉の奥からギュルルと音がなる。
さあ、あなたのスリルの味を教えて!
こちらの作品は、自身が以前書いた、作品1 飛べない翼の、「彼女」目線のつもりで書きました。単体でもわかるようにしましたが、良ければもう一つの方も読んでみてください。どうして、「あの子」の翼が穴だらけになったのかが分かります。多分面白いと思います。
作品1 飛べない翼
彼女は空を飛べなかった。ただ一人、翼を持っていないからだ。いつも一人、海辺で歌を歌っていた。その歌声はハッとするほど奇麗だった。
頭のいい人達は彼女に近づくな、その声を聞くなと、僕らにいつも言っていたが、僕は彼女のそばにいて、歌を聴いていたかった。
その思いは日に日に膨れ上がった。
そしてナイフを手に取り……
この日、僕は、永遠に彼女の隣にいるために、飛べない翼を持ったただの人となった。
彼女の隣に行くと、彼女は少し驚いたあと僕に笑いかけ、あの声で歌を歌ってくれた。
しばらくすると立ち上がり、海の方へ歩いていった。少し変な歩き方だ。僕もついていった。
彼女は海に潜った。僕も潜った。気づくと彼女の足がなくなっていて、そのかわり魚の尾がついていた。なぜか僕は酔っ払ったみたいに、何も考えられなくなっていた。彼女が口を開けた。意識が崩れた。
最期に思い出したことは、あの歌は人魚だけが歌うらしいということだ。