「ん、コレ」
幼馴染が私にミニブーケをくれた。
私もよく行くスーパーに併設されたフラワーショップで売っているのを見かけたことがある。店頭でブリキ缶に入っている幾つかのブーケの一つ。
「珍しいね。って言うか、初めて」
幼馴染との付き合いは長い。
幼少期から自宅が近所で、親同士の仲が良くて、家族ぐるみのお付き合い。
男とか女とか性別関係なく追いかけっこもしたし、ゲームもした。バーベキューも花火も、海も、スノボも。
宿題を写させてあげたり、サッカー部のマネージャーになって合宿も。
幼馴染、親友---一時はそんな枠を超えて恋人関係になったこともあったけれど、もう、過去のこと。
私は来月、結婚をする。
住み慣れたこの街を離れ、彼の故郷に住居を構える。
「まだ好きなんだって。ちゃんとお別れさせてあげたら?」
なんとなく避けてきた幼馴染に会うように親友にセッティングされて、今、海沿いの丘にある展望台に幼馴染と二人でいる。
展望台と言いつつ、寂れて草木が生い茂って、眺望は此処へ来る前の開けた場所の方がマシだったほどの。
「コレ、ヤマトストアーの花花のブーケでしょ」
「…花屋で花買うとか照れ臭いんだよ」
頬が赤く染まる。
懐かしいな。昔はこの照れ顔が好きだった。
「花花が精一杯?」
揶揄うように覗き込むと、視線を逸らせて「そーだよ」とぶっきらぼうに伝えられる。
「うん、嬉しいよ。ありがとうね」
薄紫の小花が揺れている。
タンポポの色違いで茎が長い、そんな花。
名前は知らない。きっと幼馴染も知らない。
花花のミニブーケは値段だけの掲示だし。
「なあ」
「ん?」
「俺のダメだったところってどこ?」
ブーケから顔を上げる。
真剣な瞳とぶつかった。
「ダメなところなんてなかった…と思うよ」
「そんなわけねーだろ。別れ話を切り出したのはおまえからだった」
「うん、そうなんだけどね…」
「他に好きなやつがいるか聞いてもいないって言うし。アレは嘘だった?」
「嘘じゃないよ」
ブーケに視線を落とす。
幼馴染の精一杯の祝福のプレゼント。
いつも優しくて、こんなときにも優しい幼馴染が選んだブーケ。
こんなに優しい人を傷つけて、私は別の幸せを掴む。
「あの頃、あなたは何も告げなかったけれど、結婚を考えてくれてたでしょう?でも私はそこまで気持ちが追いついてなくて、それで別れを決めた」
「そんなの、俺はおまえの気持ちが追いついてくれるのを待ってた。別にすぐにって考えてたわけじゃなくて」
「うん。わかってたんだけどね。でも、同じだけ好きじゃないことに苦しくなって」
「そっか…うん、わかった」
幼馴染は展望台の海側に歩み寄って柵に手をかけた。
「展望台とか言って、見晴らし悪いよなぁ」
海を見て独り言ちる。
私が、ちょっとだけ泣きそうになっているのを気づかないフリをしてくれている。
だから私も気づかないフリをする。
少し涙を含んで湿り気を帯びた声音を。
「でも、海、綺麗だね。キラキラして」
「おぉ、綺麗だな」
自宅へ帰り、ミニブーケを生ける。
花瓶なんてないから、ジャムの空瓶に。
お姉ちゃんが帰宅して、キッチンの花をチラッと見た。
スマホに目を落としたまま、お姉ちゃんが私に尋ねた。
「その可愛い花の名前、知ってる?」
「知らない」
「シオン」
「シオン?」
「花言葉は、【あなたを忘れない】【遠くにいる人を思う】」
「……」
「お休み」
「うん、お休み」
花は散る。
けれど、幼馴染の想いは花が散るほど早くには無くならなくて。
永遠の花束
「さわっても良いですか?」
公園で犬の散歩をしていると、ひとりの女の子が話しかけてきた。
小学3.4年生くらい?礼儀正しい可愛い子だなあ。
うちのチワワはおとなしく、噛みついたりしたことはない。
「うん、良いよ」
女の子はそおっと優しく背中を撫でた。
犬もおとなしく撫でられている。
女の子はワンコをひとしきり撫でた後、
「ありがとうございました」と私にはお礼を言い、
ワンコには「バイバイ」と手を振って、友だちの輪に再び加わっていった。
「さ、いこ?」
ワンコは女の子たちが遊んでいる遊具を眺めるように体を向けておすわりした。
「あれ?行くよ」
おすわり続行。
紐を引っ張っても足を突っ張って動こうとしない。
「ありゃ。嬉しかったんだねぇ」
少しだけ付き合うかと、ワンコの後ろに座り背中を撫でて、遊具で遊ぶ女の子たちを眺める。
5分もしないうちに、さっきの女の子が走ってきた。
「ワンちゃん、疲れちゃったんですか?」
「うーん、皆んなが遊んでるのを見たいんだと思うよ」
「かわいいっ」
女の子は喜び、でも、先ほどと同じく、そおっとワンコを撫でる。
「動かなかったら、どうするんですか?」
「抱っこだねえ。しばらく抱っこしてあげれば気が済んで、また歩き出すから」
「甘えてるってことですか?」
「そういうことだね」
「かわいい」
女の子とのおしゃべりを楽しんでいると、公園内で短く音楽が流れた後、
『5時になりました。早くお家に帰りましょう』
帰宅を促すアナウンスが流れた。
女の子の友だちが全員合流して、ワンコをかわいいと愛でてくれる。
ひとしきり皆んながワンコを撫でた後、
「バイバイ」とワンコに言って、私も子どもたちにバイバイと手を振る。
ワンコは女の子たちの後ろを追いかけて歩く。その足取りは軽い。
ニコニコしてかわいいけど、バイバイできていない。それがいかにも人間大好きな犬っぽくて可愛すぎる。
公園外の横断歩道を渡るとこまで見送って、自分も行きたいと主張するワンコの頭を撫でる。
「キリないよ。楽しかったね」
バイバイが理解できないワンコ。
女の子たちとずっと一緒に遊べると信じて疑わないワンコ。
愛おしくて抱っこをすると、べろべろと顔をしつこく舐められた。
バイバイ
私はよく居眠りをする。
旦那が運転する車内で、
新幹線の車内で、
飛行機内で。
私にとって、移動時間は睡眠時間。
うつらうつらと眠くなり、眠っては起きて、起きては眠ってを繰り返す。
旦那の運転が荒過ぎるが故の移動中の睡眠は、乗り物酔いしやすい私が編み出した対処法。
(いつの間にか、乗り物全般に適応したのは些か困っているけれど)
移動中に目を覚ませば、
そこはもう見知らぬ世界の旅の途中。
長い長いトンネルの中を走っていたり、
海岸沿いのビューポイントだったり。
瞬間移動してる楽しさは、私の居眠りがないと始まらない。
家族で旅行に出かけたその日、目が覚めると車はSAの駐車場に停めようとしているところだった。
車から降りると、聞き馴染みのない方言が私の知らない抑揚で飛び交っている。
幟で推されている名物は、私の知らないB級グルメ。
炭火の美味しそうな匂いに誘われてキッチンカーを覗くと、良い塩梅に焦げ目のついた大ぶりのお肉!
食べたら旅館の夕食が食べられなくなっちゃう?
魚介食べ放題のプランなのに、それは避けたい。
いやいや、こんなに美味しそうなのに食べないなんて勿体ない。
とりあえず一旦冷静になろう。
その場を離れて自販機でお茶を買おうとして、和紅茶のペットボトルを見つける。
へぇ、珍しい。
コレを買って、さっきのお肉は諦めて…
頭の中で折り合いをつけていると、さっきの美味しそうな匂いが濃くなった。
振り返ると、別行動をしていた娘がパッキングされた物を持ち上げた。
「お母さん、お肉食べたかったんでしょ」
「バレてた?」
「バレバレ。味見しよ」
「うん」
口を大きめに開けて、ひとくちづつ皆んなで頬張る。
決して満腹感が出ないように、遠慮がちに名物をシェアして、思い出を貯金する。
旅の途中。
それはスタンプラリーのようなものかもしれない。
立ち寄るけれど、ゴールはまだ先にあって、ゴールから逆算しながら楽しむという過ごし方。
旅の途中
あなたは知らない。
私があなたに対して、たくさんの不満を抱えていることを。
あなたはいつも自分の意見ばかりで、
ドラマを「くだらない」と私が毎週観ていることを気づきもせずにチャンネルを変えようとするし、
昼食と夕食分で炊いたご飯を「たくさん炊いたね」と昼食で終わらせようとする。
旅行でレジャースポットに行っても私や子どもたちを置いて、どんどん歩いて行くのが辛かった。私は泣きながらあなたの姿を追いかけていたんだよ。
悪阻で辛かったときに「これなら食べれそう」と必死で作ったサラダを私の分を残さずに全部食べたのは、まだ許してないんだからね。
あなたもきっと私に不満がたくさんあるんでしょうね。
あなたと私は時々喧嘩する。
あなたは怒ったらスッキリするの?
怒った後は普通に接してくるけど、私はあなたを許す気にはなれないんだよ。
あなたは知らない。
自分をいつも正しいと思っていて、妻に寄り添わない。
あなたの知らないって幸せだね。
その幸せ、ずっと続くかはわからないけれど。
まだ知らない君
「妹みたいなものだから」って友人たちには言ってきた。
君の好意を可愛いなぁって笑っていられなくなって、ドキドキと心が逸るようになったのはいつからだった?
認めるよ。
君が他のヤツに馴れ馴れしく声をかけられているのを見るのが嫌で嫌で仕方ないって。
「妹みたいなもの」って言いながら、俺は君へ贈り物1つしたことがなかったね。
君からは愛情がこもったプレゼントを長年もらってきたのに。
さあ、瞳をとじて。
片手をとって、手のひらにそっと置く。
ピンク色のリボンを結んだ、僕の部屋の合鍵を。
見開かれた瞳をもう一度閉じさせて、そおっと優しくキスをした。
あなたへの贈り物 & 瞳をとじて