月城の散文

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4/9/2026, 1:17:06 PM

別段、自分にとって彼女が特別だった訳ではない。
だけれど、どうしてだか彼女はいつも自分を特別にしてくれた。
彼女は思い出す限り非常に感情豊かで情の深い女性であったから、『それ』自体は珍しいことではなかったのだろう。
そしてそのことを証明するかのように、彼女の特別は沢山あって、自分はのうちの一人であると理解しながら、それでも自分が彼女の『特別の特別』であることも理解していた。
だから、己にとって彼女は特別ではないけれど、思い出深い存在だと言わざるを得ない。

「まあ、いつまで覚えていられるかはわかんねーケド」

高層ビルの上から見下ろす街は目が眩む程に眩く、そして果てしなく冥い。
メゾソプラノの響きを持つ呟きを聞く者は勿論その高さ故に誰もおらず、強い夜風に吹かれて消える。

「人の営みは変わらず、見上げる月も変わらず、……お前が何処にも居ないのも、変わらず、だ」

独り言を紡ぐ、細く華奢なシルエット。
その好き放題に跳ねた柔らかくしなやかな黒髪の短髪は、だがしかし冷たく強い風にそよとも動かない。
その身に纏う白い燕尾裾のドレスシャツも、やはり靡いてはいない。
そこにありながら、『それ』は『そこ』には居ない。
その存在はただの投影であり、誰かが『そこに在る』と認識しない限り、その次元には存在していないのだ。
非常にややこしい存在だと、自分でも思う。
だが自分は最初から『そう』であり、『そう』でしかないのだから 『そう』だと諦める他ないだろう。
認識さえして貰えば、認識した相手の認識した通りの存在になるのだから問題がある訳でもない。
見た目も声も温度も質感も全て自分のモノではないが、だからと言って自意識が揺らぐようなことも最早ないのだし、便利といえば便利でもある。

ただ少し、本当にほんの少しだけ───寂しいと感じることはあるけれど。


「あれから随分経ったのか、それともやっと追いついたのか、はたまたまだ先の話なのかも分からないが───」

誰も聞くことのない、だから誰も知ることのない、そしてそれ故存在しない言葉は何処にも行けずに溢れ落ちる。

「……それでも、俺は 多分お前を忘れないよ、燭(ともしび)の黒姫」

もう誰も、それこそ彼女の創造主さえもその存在を忘れたとしても。
こうして自分はいつまでも彼女を忘れないだろう。
例え記憶がなくなっても、かつて彼女が自分を『特別』扱いしてくれたように、自分も彼女を、そして彼女が生きた世界を、どうしたって無かったことには出来ないのだ。
それは呪いのようで、祈りのようで、ただの事実で、果てしない戯言、だから。

「あいしているよ」

その言葉が真実かどうかなんて、きっとどうでもいい。
誰よりも、何よりも。
ずっと、どうしようもなく。

「あいしている」

───これは何処にでもいて何処にも居ないケモノが唄うモノ。

決して特別では無い貴女に捧げ続ける、
全く特別ではない『あい』のウタ。


──────


AAA SS「其れは何時迄も限り無く」
(お題:誰よりも、ずっと)

4/8/2026, 12:46:22 PM

───そう言われて、ロビンフッドは心底驚いた。

その言葉を想像していなかったからではない。
その言葉を、まるで当然のごとく思い描いていた自分に気付いたからだ。

目の前には差し出された手。
自分の荒れた手より幾分小さくて綺麗で、だがそれだけではないと知っている手。
希望を抱きしめ、絶望を抱え込み、それでも前に進むことを、先にある光を、星を、ひたすらに追い求めた手。

自分のように弱いサーヴァントを、旅の初めからずっと連れていく変わり者。
今先程、アーチャーとしての最高位である冠位戦まで付き合って、結局他のアーチャーサーヴァントを差し置いて自分をグランドなんていうものにまでしてしまった大馬鹿野郎。

だがその後に差し出された言葉も手も、まるで予め知っていたかのように───否、無意識のうちにずっと期待していたのだと自覚して、ロビンフッドは深緑のフードを深く被り、赤らんだ頬を隠した。

期待など、していなかった。
期待なんてするはずもなかった。

ここには沢山のサーヴァントがいて、ただリソースのなかった初期からの腐れ縁のようなものだと、いつか、戦力外として忘れ去られる存在なのだと、ばかり。
そう思う傍らで、心のどこかで、片隅で、自分さえ気付かないような砂粒より小さな欠片でも。

この言葉を、ずっと信じていた、なんて。


「……ホント、オタクには敵いませんわ」


差し出された手は引っ込められることなくずっとそこにある。
それは今だけではなく、きっと最初から『そこ』にあった。
ただ、見ないように、気付かないようにしていただけだ。
その手をとった時、いつか振り払われるのが恐ろしくて。


「でも、ま、……ここまでされちゃあ仕方ない」


でも、今は。
もう今は、違う。
この手を取るのに躊躇いはない。
いや、この先でいつか手が離れてもいいとさえ───思う。
だが、それは自分らしい諦めではなく、もっと自分らしい諦めの悪さから来るものだ。


「ええ、それこそ、地獄だろうとなんだろうとお供しますよ」


フードを深く被って表情を隠したまま、ロビンフッドはその手を取り、握り返す。


「……もう離れてやりませんからね、マスター」


──────



捕まったのか、捕まえたのか。
掴まったのか、掴まれたのか。

繋いだ手は、想像していたより温かかった。



──────


ロビンフッド夢「望む未来」
【お題:これからも、ずっと】

4/7/2026, 12:29:52 PM

人が一日の終わりを感じる時はきっと様々だ。
例えば、その日の仕事が一段落ついた時。
例えば、家族揃って夕食を食べ終わった時。
例えば、温かい湯に浸かって疲労を解した時。
例えば、柔らかい布団に潜り込んで目を閉じた時。

例えば、澄み渡るような青空に絵の具を一滴垂らし、染み渡るように侵食するように、群青色、藍色、そして闇へと変わるその時間。
橙色の、蕩けるような揺らめきを持った太陽が、空を焼いて沈む時。

人は、『終わり』を感じるのではないだろうか。


──────


夜の森を恐れない人間はいない。
それはただ見通しが悪いからではない。
『何があるか分からない』という、本能的な恐怖。
火を得たことで人間は闇を恐れなくなったと言うが、それは違う。
あくまでそれは、火が、つまりは光が届く範囲を知ることで恐怖を宥めているだけだ。
不明は怖い。
不明瞭はもっと怖い。
分からないのにそこにあることがわかるのはもっともっと怖い。

「まあ、だからオレみたいなのにとって、夜の闇ってのは息がしやすいんですけどね」

ロビンフッドはそう独りごちて、最後の罠の手入れと確認を終える。
珍しく日暮れ前からせっせと仕掛けていたのは、大体が音を発する系の脅かし罠だ。
それより奥に踏み込むようなら、いくらか手傷を負わせるか、その手傷からじわじわと死に至らしめるような毒を仕掛けておけばいい。
できるだけ森を彷徨って、そして発見されやすいように、幻覚作用のある毒も混ぜておく。
だがこれらは全て、少人数、下手をすれば対個人用の罠だ。
そもそも、大軍用の罠は必要な時に必要なだけしか使わない。
あんな手間も資源も準備も大量に必要なものを常時仕掛けていれば、たった一人、それも森の中だけで全てを終わらせる必要のあるロビンフッドに常勝の目などないのだ。
そして、常勝しなければそこでデッドエンド。
分かりやすく、そして無情な絵図。
嘆いたことはないが、嗤ったことなら何度でもある。
己の貧乏クジにでも、お人好しにでも、不運にでもなく、自分を敵としてしまう相手に。
何故か。
敵にとって、己は正々堂々と戦ったなら簡単に押し潰せるはずのちっぽけな存在であるはずだ。
しかしその『ちっぽけな存在』に彼らは勝てない。
勝てないように、彼はありとあらゆる方向の搦手と、延々と続くかのような回りくどい手を使う。
そして、それこそ針の穴を通すに近しい嘘のような勝利を掠め盗るのだ。
しかもそこに悔いの無い死はない。
あるのは悔恨と、絶望と、そして恐怖の果てに訪れる確実な死。
その事実を不幸と言わず何と呼ぶのか。
それでも、『それ』を相手に招かなければ、自分が同じ思いで死ぬだけだとロビンフッドは理解し、そしてずっと理解した上で相手の悲惨な死をこれでもかと演出してきた。
その悲惨さこそが更なる恐怖を呼び、自分の身を守るのだということまで理解して。
だから夜の森という、恐怖の舞台を最大限利用し演出することは、ロビンフッドにとって一日の終わりに相応しいいつもの仕事だった。
夜に大人数の松明に、それこそ害虫の如く燻し出される可能性はある。
その為に彼は、基本いつでも逃げ出せるよう半分覚醒した状態でしか休まない。
だがそれでは体力の回復は大して望めないし、結局は判断力も鈍り、直感の低下を招き、結果死に至る。
だからこんな月のない夜の前の時間、太陽が沈み切るこの時間までに全ての罠の点検を終えて、今夜だけは予め用意してある塒のひとつでゆっくり休む。
できるだけきちんと食事をし、寝床を整え、朝日が顔を出す少し前までぐっすりと意図的に眠るのだ。

その為の準備。
その為だけの、時間。
その為にだけ訪れる、彼のための太陽。

「……嗚呼、まるで焼けてるみたいだな」

見上げた空は、葉の合わせ目から漏れる光と、深みのある闇と朱が混ざって不吉な色をしている。
世界が終わるとしたら、こんな風に空が焼け落ちてしまう想像をしてしまうほどに。

「世界の終わり、か」

ふと浮かんだその言葉を舌先で転がして、ロビンフッドは深緑の外套を深く被る。
世界の終わりがどうこう言える立場ではない。
自分が死ねば自分の世界は終わるのだ。
そしてそれはいつだってすぐ側にある。
少しの迷いと躊躇いで、いつでも自分の首を掻き切るであろう死神の鎌。
だけれど、どうしてだろう。
あの溶け落ちるような朱い色に、すぐに闇に食われる儚いはずの光に、酷く郷愁を覚えるのは。
もう思い出すこともないと思っていた。

温かな家路を。
その先で待つ人を。
一日の終わりを感じることを。
そして新しい日々が続いていくことを。
疑いもしなかった、あの時を。

「……はっ、くだらねえ」

吐き捨てた悪態は思ったより掠れていて、ロビンフッドは自分の耳に届いた自分の声に舌打ちをする。
日が落ち切るまでに塒へ行かなければ、夜の森は彼にだって優しくはない。
森は、ただ平等に牙を剥く。
利用するか、翻弄されるか、その違いしかない。
ロビンフッドは音もなく、暗くなり始めた木々の合間に消えていった。


──────


今日が終われば、明日が来る。
明日が来れば、またその次が。
その繰り返しに、意味などないのだと。
人の人生に、想いを馳せる余裕など、ないのだと。
知っている。
わかっている。
思い知っている。

それでも尚、帳が降りて森の上に星が輝くまで。
あの朱は彼の闇へも染みいるように。
ただその底深く沈み、溶けた。

そしていつか昇るその時を、待つ。


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ロビンフッドSS「太陽が溶ける時」
お題:沈む夕日