別段、自分にとって彼女が特別だった訳ではない。
だけれど、どうしてだか彼女はいつも自分を特別にしてくれた。
彼女は思い出す限り非常に感情豊かで情の深い女性であったから、『それ』自体は珍しいことではなかったのだろう。
そしてそのことを証明するかのように、彼女の特別は沢山あって、自分はのうちの一人であると理解しながら、それでも自分が彼女の『特別の特別』であることも理解していた。
だから、己にとって彼女は特別ではないけれど、思い出深い存在だと言わざるを得ない。
「まあ、いつまで覚えていられるかはわかんねーケド」
高層ビルの上から見下ろす街は目が眩む程に眩く、そして果てしなく冥い。
メゾソプラノの響きを持つ呟きを聞く者は勿論その高さ故に誰もおらず、強い夜風に吹かれて消える。
「人の営みは変わらず、見上げる月も変わらず、……お前が何処にも居ないのも、変わらず、だ」
独り言を紡ぐ、細く華奢なシルエット。
その好き放題に跳ねた柔らかくしなやかな黒髪の短髪は、だがしかし冷たく強い風にそよとも動かない。
その身に纏う白い燕尾裾のドレスシャツも、やはり靡いてはいない。
そこにありながら、『それ』は『そこ』には居ない。
その存在はただの投影であり、誰かが『そこに在る』と認識しない限り、その次元には存在していないのだ。
非常にややこしい存在だと、自分でも思う。
だが自分は最初から『そう』であり、『そう』でしかないのだから 『そう』だと諦める他ないだろう。
認識さえして貰えば、認識した相手の認識した通りの存在になるのだから問題がある訳でもない。
見た目も声も温度も質感も全て自分のモノではないが、だからと言って自意識が揺らぐようなことも最早ないのだし、便利といえば便利でもある。
ただ少し、本当にほんの少しだけ───寂しいと感じることはあるけれど。
「あれから随分経ったのか、それともやっと追いついたのか、はたまたまだ先の話なのかも分からないが───」
誰も聞くことのない、だから誰も知ることのない、そしてそれ故存在しない言葉は何処にも行けずに溢れ落ちる。
「……それでも、俺は 多分お前を忘れないよ、燭(ともしび)の黒姫」
もう誰も、それこそ彼女の創造主さえもその存在を忘れたとしても。
こうして自分はいつまでも彼女を忘れないだろう。
例え記憶がなくなっても、かつて彼女が自分を『特別』扱いしてくれたように、自分も彼女を、そして彼女が生きた世界を、どうしたって無かったことには出来ないのだ。
それは呪いのようで、祈りのようで、ただの事実で、果てしない戯言、だから。
「あいしているよ」
その言葉が真実かどうかなんて、きっとどうでもいい。
誰よりも、何よりも。
ずっと、どうしようもなく。
「あいしている」
───これは何処にでもいて何処にも居ないケモノが唄うモノ。
決して特別では無い貴女に捧げ続ける、
全く特別ではない『あい』のウタ。
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AAA SS「其れは何時迄も限り無く」
(お題:誰よりも、ずっと)
4/9/2026, 1:17:06 PM