そよ風

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6/9/2023, 12:17:50 PM

怒号が聞こえる。そちらをチラリと見るとリビングから母と兄が口論をしている。声が響き渡る。父は聞いているのか聞いていないのか、ソファに座りお酒を飲みながら黙ってテレビを見ている。僕はその光景を物心ついた時から見てきた。そして学んだ。声を発することで争いが生まれると。
僕は家族の前で話すことを控え、友達の前で話すことも控え、一人でいることが増えた。1人でできる遊びが好きになった。

今日も学校から帰宅し、洗面所で手を洗う。鏡に映った自分は何にも興味がなさそうで冷え切っている目をしている。

いつの間にか中学生になった。なんだかんだと世の中は俗にいう陽キャと陰キャで分かれていて、僕は後者のグループに所属し、上手いことポジションを選び、いじめられるでもない位置にいた。
「静かにして下さい。」とある中学生の朝。日直の女の子が言う。やんちゃな坊主頭の男の子とふくよかな体型をした男の子がふざけ合いを続け、ついに先生が声を荒げた「何をやってるんだ。いい加減気づけ。周りのことを考えろ。」と。2人の男の子はようやく静まり、朝の会が始まった。やはり、面倒だと感じる。

この日は席替えが行われた。僕は普段隣が空いてる席、障害を持つ学生の隣の席から移動となった。お気に入りの席だったのに、と若干の名残惜しさを残しながら、次の席へと向かった。明るい女の子の隣の席になった。
声を出さないことで争いを避けてた僕は、人と話すことが極端に苦手だったし、周りからつまらないやつと評価されていることも知っていた。この子も内心嫌がっているのだろうとそう思った。

席替えが終わり、授業までの休憩時間。人と関わらない娯楽、本を取り出し自分の世界へ入ろうとした時、パシンっ!本が弾かれた。何が起きたか分からず反射的に弾いてきた方を振り返る。そこには女の子がニコニコしながらこちらを見ていた。本を開く前だったから栞はずれていない。何するのと、聞く前に、何読んでるのっと聞いてきた。ギャグ漫画を小説化したものを読んでいたので、個人的に笑えたところを読ませたら、笑ってくれた。

休憩時間が終わり、授業が始まる。
黒板の文字が見えない、とノートを覗き込んでくる。しかし、そこは僕も見えないところでぼかして書いていたので笑って誤魔化した。それになんだよ、と笑い合った。他にもたくさんある。分かる人は手を挙げて。ノートに答えを書いているけど、人の前で発言したくない僕は手を挙げなかった。バッ!手が挙がってしまった。彼女が僕の手を掴んで挙げたのだ。困惑した僕を見てまた笑う。

給食の時間。彼女と向かい合わせになる。正面から見る彼女にドキドキとしたこれまでに感じたことのない胸の昂りを感じた。

この日一日、たくさん笑った。


胸の昂りを抑えられずに帰宅した。母と姉が言い争ってるのを横目に、一目散に洗面所に向かった。鏡に向かい、にいっと口角を上げ、笑顔を作る。明日の朝、どんな話をしようかどれだけ笑うことができるかな。
胸の昂りに温もりを感じた。

『明日への温もり』

6/8/2023, 1:18:06 PM

僕には妬んでいる人間がいる。いや、羨んでいるといった表現が正しいか。僕が彼だったらと思ったことさえある。僕の友人だ。その彼が亡くなった。自殺らしいが遺書は残されておらず、理由は分からないまま。最後に会ったのは入社後の研修期間の休日だった。酒を交わしながら仕事でミスをしたことに腹を立てたことや子供の頃からの念願であった一人暮らしが叶ったとプライベートの話をし、自分の人生を楽しそうに笑っていた。順風満帆そうな彼がどうして自殺をしたのか僕には分からなかった。
彼の葬儀には、地元の友達が大勢参列していた。やはり人気があったのだなと感じる。式が終わると久々に顔を合わせた友人達とお酒を飲むことになった。彼は人を巻き込んでお酒を飲むことが好きだったから、こんなところにも彼が残したものがあるのだなと、感じるものがあった。その飲み会では、それぞれの近況や最近勢いのある俳優や世の中のことなんかを話し、みんなの体にお酒が回った。そこで誰かが言った。彼は何で死んだのだろう。俺が彼だったら絶対に自ら死ぬことはないと皆が口を揃えて言う中に一人、口を開かず俯いたままの彼の友人がいた。顔に怒りの色を滲ませ、僕らの顔を見つめる。どうしたんだよと尋ねると怒り口調で語り出した。彼には歳の離れた兄がいた。高圧的な性格で幼少期から虐待を受けていた。父は中学生の頃に他界し、相談する宛もなく、ずっと耐えていた。大人になり、ようやく家を出たが仕事でひょんなミスをし、実家に帰らされた。彼はパニックを起こした。仕事でのミスより何よりもその家が嫌だったのだ。彼は幼少期からの人生全てが無駄だったと絶望し、自殺をした。俺は全て知っていたのだ。どうすることもできなかったと泣き出した。なんとも言えない気持ちでアパートに戻り、ベランダの夜風に当たりお酒を冷ましながら考える。もし僕が彼と似た境遇だった場合、命を捨ててしまっているのだろうか。僕が彼の兄のことを知っていたら救うことができたのか、と。
なんとなく流していたテレビに速報が入った。飲み会で話題になった人気の俳優が命を絶ったらしい。

『人々の岐路』

6/7/2023, 11:09:55 PM

幼い頃、テレビで活躍するヒーローを見た。強く憧れた。僕も誰かを守りたい。守れるくらい強い人間になるのだ。そう誓った。
時は流れ僕は大人と呼ばれる年齢になった。いつまで時が過ぎてもヒーローは現れないから自分がヒーローになることに決めた。子供の頃の輝いた世界が少し曇ったが何気ない日常ながら満足した毎日を過ごしている。そんなある日。突如としてとある一報がテレビから流れ始めた。緊急地震速報です。強い揺れに警戒してください。これが最も多くの人々が聞いた最後の音だろう。地面と垂直に立っていた僕の体は瞬く間にアスファルトの上に投げ出され、何が起きたかも分からないが痛みと揺れ続ける地面のおかげで動くことができない。僕のすぐ隣に女の人が倒れ込んできた。大丈夫ですかと声をかけたが返答はない。意識を失ってるのか。地面に這いつくばったまま、揺れが収まるのを待ってから救助活動をしようと考えた。揺れが収まり、立ちあがろうとした。ガタン!バチバチバチっ!音をする方を確認するまでもなく背後に立っていた電信柱が火花を上げながら、僕達目掛けて倒れた。

-君はどう思うだろう?憧れも望みも叶わないこの世界を。-

『空虚な世界に君は』