僕には妬んでいる人間がいる。いや、羨んでいるといった表現が正しいか。僕が彼だったらと思ったことさえある。僕の友人だ。その彼が亡くなった。自殺らしいが遺書は残されておらず、理由は分からないまま。最後に会ったのは入社後の研修期間の休日だった。酒を交わしながら仕事でミスをしたことに腹を立てたことや子供の頃からの念願であった一人暮らしが叶ったとプライベートの話をし、自分の人生を楽しそうに笑っていた。順風満帆そうな彼がどうして自殺をしたのか僕には分からなかった。
彼の葬儀には、地元の友達が大勢参列していた。やはり人気があったのだなと感じる。式が終わると久々に顔を合わせた友人達とお酒を飲むことになった。彼は人を巻き込んでお酒を飲むことが好きだったから、こんなところにも彼が残したものがあるのだなと、感じるものがあった。その飲み会では、それぞれの近況や最近勢いのある俳優や世の中のことなんかを話し、みんなの体にお酒が回った。そこで誰かが言った。彼は何で死んだのだろう。俺が彼だったら絶対に自ら死ぬことはないと皆が口を揃えて言う中に一人、口を開かず俯いたままの彼の友人がいた。顔に怒りの色を滲ませ、僕らの顔を見つめる。どうしたんだよと尋ねると怒り口調で語り出した。彼には歳の離れた兄がいた。高圧的な性格で幼少期から虐待を受けていた。父は中学生の頃に他界し、相談する宛もなく、ずっと耐えていた。大人になり、ようやく家を出たが仕事でひょんなミスをし、実家に帰らされた。彼はパニックを起こした。仕事でのミスより何よりもその家が嫌だったのだ。彼は幼少期からの人生全てが無駄だったと絶望し、自殺をした。俺は全て知っていたのだ。どうすることもできなかったと泣き出した。なんとも言えない気持ちでアパートに戻り、ベランダの夜風に当たりお酒を冷ましながら考える。もし僕が彼と似た境遇だった場合、命を捨ててしまっているのだろうか。僕が彼の兄のことを知っていたら救うことができたのか、と。
なんとなく流していたテレビに速報が入った。飲み会で話題になった人気の俳優が命を絶ったらしい。
『人々の岐路』
6/8/2023, 1:18:06 PM