そよ風

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怒号が聞こえる。そちらをチラリと見るとリビングから母と兄が口論をしている。声が響き渡る。父は聞いているのか聞いていないのか、ソファに座りお酒を飲みながら黙ってテレビを見ている。僕はその光景を物心ついた時から見てきた。そして学んだ。声を発することで争いが生まれると。
僕は家族の前で話すことを控え、友達の前で話すことも控え、一人でいることが増えた。1人でできる遊びが好きになった。

今日も学校から帰宅し、洗面所で手を洗う。鏡に映った自分は何にも興味がなさそうで冷え切っている目をしている。

いつの間にか中学生になった。なんだかんだと世の中は俗にいう陽キャと陰キャで分かれていて、僕は後者のグループに所属し、上手いことポジションを選び、いじめられるでもない位置にいた。
「静かにして下さい。」とある中学生の朝。日直の女の子が言う。やんちゃな坊主頭の男の子とふくよかな体型をした男の子がふざけ合いを続け、ついに先生が声を荒げた「何をやってるんだ。いい加減気づけ。周りのことを考えろ。」と。2人の男の子はようやく静まり、朝の会が始まった。やはり、面倒だと感じる。

この日は席替えが行われた。僕は普段隣が空いてる席、障害を持つ学生の隣の席から移動となった。お気に入りの席だったのに、と若干の名残惜しさを残しながら、次の席へと向かった。明るい女の子の隣の席になった。
声を出さないことで争いを避けてた僕は、人と話すことが極端に苦手だったし、周りからつまらないやつと評価されていることも知っていた。この子も内心嫌がっているのだろうとそう思った。

席替えが終わり、授業までの休憩時間。人と関わらない娯楽、本を取り出し自分の世界へ入ろうとした時、パシンっ!本が弾かれた。何が起きたか分からず反射的に弾いてきた方を振り返る。そこには女の子がニコニコしながらこちらを見ていた。本を開く前だったから栞はずれていない。何するのと、聞く前に、何読んでるのっと聞いてきた。ギャグ漫画を小説化したものを読んでいたので、個人的に笑えたところを読ませたら、笑ってくれた。

休憩時間が終わり、授業が始まる。
黒板の文字が見えない、とノートを覗き込んでくる。しかし、そこは僕も見えないところでぼかして書いていたので笑って誤魔化した。それになんだよ、と笑い合った。他にもたくさんある。分かる人は手を挙げて。ノートに答えを書いているけど、人の前で発言したくない僕は手を挙げなかった。バッ!手が挙がってしまった。彼女が僕の手を掴んで挙げたのだ。困惑した僕を見てまた笑う。

給食の時間。彼女と向かい合わせになる。正面から見る彼女にドキドキとしたこれまでに感じたことのない胸の昂りを感じた。

この日一日、たくさん笑った。


胸の昂りを抑えられずに帰宅した。母と姉が言い争ってるのを横目に、一目散に洗面所に向かった。鏡に向かい、にいっと口角を上げ、笑顔を作る。明日の朝、どんな話をしようかどれだけ笑うことができるかな。
胸の昂りに温もりを感じた。

『明日への温もり』

6/9/2023, 12:17:50 PM