【たとえ間違いだったとしても】
「あのさ、ホントにいいの?」
少し後ろから聞こえていた足音が止まり、声をかけられた。
振り返ると、いつも笑っているアイツとは思えない表情の消えた顔が見えた。
そんな顔もできたんだな、なんて場違いな考えが頭をよぎる。
「何が? どれの事言ってる?」
「何もかも全部。
……今ならまだ引き返せると思うけど」
そっと指された先はズボンのポケット。
中には少し前にうるさくて電源を切った俺のスマホが入っている。
「それお前の両親からだろ。今出ればまだ────」
「あ、悪い。スマホどっか落としたわ」
ばしゃん、と間抜けな音が響く。
海に浮かぶ薄い板を、奴はぽかんとした顔で見つめる。
しばらくして二人して堰を切ったように笑いだした。
「ふ、あっはは! お前、ホントにバカじゃねぇの!」
「お前こそ。ここまできて戻る訳ないだろ。今日の為に全部捨ててきたんだから」
「そうだったな、お前はオレなんかのために親と絶縁までしたんだもんな。
ホントお前はバカだよ……」
ぐす、と鼻を啜る音がする。
「なぁ、オレらは世間一般では間違ってる関係だけどさ。それでも一緒にいてくれるか……?」
「何度も言わせんなよ。間違いだろうが周りに認められなかろうが、ずっとそばにいる」
たとえ間違いだったとしても、これが俺達の答えで、正解だ。
【何もいらない】
『いい子』になれば認めてくれると思っていた。
家の事はなんでもやった。
学校でも皆が嫌がる事を率先して引き受けた。
沢山勉強していつもテストで100点をとった。
そんな事しても無意味だと貴方は言った。
アイツらは俺達の事を見ていない、と貴方は言った。
そんな事はない、と私は言った。
初めて貴方と大喧嘩した。
もういい、と言って貴方は出ていった。
そのまま二度と帰ってこなかった。
貴方はいつも、私を気にかけてくれていたのに。
貴方以外何もいらないと。
気付いたのは貴方がいなくなってからだった。
残ったのは『都合のいい子』だけ。
【もしも未来を見れるなら】
もしも未来を見れるなら、それは幸せなことだと思う。
未来が見れるということは、未来の私は生きているってことで。
仮に私が死んじゃったら、未来は見れないはずで。
どんなに今が辛くても、私は生きることを選んだってことだから。
だからもしも未来を見れるなら、それは幸せなことだと思う。
【無色の世界】
私の心は無色透明の空っぽだ。
みんなは色とりどりの心を持っているのに。
それは成長の証。これからどんな色にもなれる可能性の色だって、大人は言う。
心にもない事ばっか言いやがって。
私には何にも無いって、私が一番分かっている。
周りを妬んで、恨んで、心がどす黒く濁っていく。
そうして私の心は真っ黒になった。
やっと空っぽじゃなくなったのに、全然心は満たされない。
どうして?
あの時の無責任な奴らのせいだ!
私に無いものばっか持ってる奴らのせいだ!
こんなにも惨めな思いをしてるのは全部周りのせいだ!
八つ当たりして、周りに嫌われて、その事でまた他人を恨んで、それを繰り返して。
疲れ果てて何もかもどうでもよくなった時。
気付いたら世界が無色になった。
昔の私とおんなじな、空っぽで無色の世界。
何も感じない、心が安らぐ透明な世界。
あぁ、しあわせ────
【桜散る】
「あら、そろそろ時間だわ」
「えぇ〜! もう行っちゃうの?」
縁側から立ち上がり、彼女がいる方へ振り向く。
彼女は不満げな顔をしていた。
「もうちょっとだけここにいようよ。少しだけなら大丈夫でしょ?」
「そういう訳にはいかないの。我慢してちょうだい」
「うぅ〜〜〜〜」
もう高校生になったというのに、別れ際に駄々をこねるのは昔から変わらない。
「……ねぇ、また会いに来てくれる?」
「もちろん。この桜が枯れない限り、私はずっと貴女に会いに行くわ。」
「約束だよ?」
「えぇ、約束よ」
そうこうしている内に、私の身体が光に包まれる。
彼女は涙を拭って、とびきりの笑顔で告げる。
「じゃあまた来年! 次会うときは食べたがってたケーキ持ってくるからね!!」
「うふ、それは楽しみね。
じゃあ、また春に会いましょう────」
一際強い風が吹き、最後の花弁が地面に落ちた。
次に会えるのは来年の春。桜が満開になる頃だ。
桜が散ったらさようなら。