「力を込めて」
渾身の力を込めて
包丁の刃をぐっと
深く押し込める
手が痛む
それでも私は
何度も繰り返す
食べたいのだ
コトコト鍋で煮込んで
あぁ、しかし固すぎる
手強い、かぼちゃ
今日はかぼちゃの煮転がしを
作るのだ
「過ぎた日を想う」
サヨナラ
過ぎた日はさようなら
「星座」
一晩中
夜告鳥が歌っている
冷ややかな星たち
吐息が洩れる
「踊りませんか?」
踊りたいけど踊れないの
臆病者の少女はまるで大地に根がはってしまったかのように足が一歩も動きません
少女は自分に自信がないのです
そのうち痺れを切らした少女の影がハサミを手に持ちチョキチョキチョキ
少女と影は離れ離れになりました
影は自由自在にステップを踏みます
とても愉しそうです
少女は羨ましそうに影を見つめています
そんな少女に声をかけてきた影がいました
その影の持ち主は少年です
少年も少女と同じように臆病者でした
少年は少女に恋心を抱いていましたが
声をかけられずにいたのです
少年の影が少女に耳打ちしました
「君は美しい、自信をもって」
影が少年の元に戻りました
少年は勇気を振りしぼって少女に歩み寄りました
「僕と踊りませんか?」
少女は恐る恐る少年が差し出した手に自分の手を重ねました
音楽にのせて身体と心を躍らせます
ふたりは音楽が鳴り終わってもずっとステップを踏んでいました
少年と少女はとても幸福でした
「巡り会えたら」
お久しぶりです
父さん覚えていますか?
私は父さんが棄てた娘です
父さん、あなたの居場所をやっと見つけ出しました
私の人生、もがけばもがくほど身体がどんどん泥濘にはまっていき鬱屈した毎日を過ごしていました
私はたったひとつだけ、この日が来ることだけを生き甲斐に今日まで生きてきました
今とても幸せな気分です、人生でこんなにも気分が高揚したのは、はじめてです
父さん、もうすぐ会いに行きますからね、待っていて下さいね
あなたの娘より
こんな手紙が、1週間前ポストに投函されていた
消印は押されていなかった
おそらく直接ポストに投函されていたのだ
私に娘などいない、結婚すらしていない
まったくの人違いなのだ、気味が悪い
手紙は破いて捨ててしまおう
テレビをぼんやり見ていたらアナウンサーが深刻な顔をしてニュースを読み上げた
「◯月×日
某ホテルの一室で身元不明の遺体が見つかりました
遺体は全身をめった刺しにされ、性器を切り取られ口の中に押し込まれている状態でした
身元を特定するものは持ち去られたということです
防犯カメラには黒髪のロングヘアーにマスクをした小柄な女の姿が確認されたもようです
警察はこの女と事件との関わりを慎重に調べています」
あの男、誰なんだろう
父さんにそっくりだったのに、父さんの背中にあるはずのアザがなかった
名前だって父さんとおんなじだったのに
そういえば、世界には自分に似た人が3人いるっていってたな
あんなにそっくりって、ビックリだわ
本物の父さんどこにいるんだろう
また最初からやり直しかぁ
ふふふ、楽しみが増えた
待っててね、父さん