『この道の先に』
この道も
その道も
あの道も
どの道ローマに通じてるんでしょう?
『日差し』
「鬱陶しいとは思わないか?」
半袖短パンのいかにも"夏"というような服装の男。
歳は十六。俺と同い年のそいつは足を組んで椅子に座り、スマホを片手に持ちながらそうぼやいた。
「……何がだよ」
一般的な感覚で、田舎に分類されるであろう地域の一軒家、さらにその中の一室で俺達は駄べっていた。
全開にしている窓からは強い日差しと、少しの質量を持った夏風が入り込む。
「この日差しがだよ」
自分から話始めたくせに、心底つまらなそうな顔をして、そんな事をのたまう。
「確かに陰気なお前には眩しいかもな」
俺も手に持った漫画に、意識の六割を向けながら適当に応える。
「本人を前にしてそんな事を言える、君の方がよっぽど陰気だろう?」
「まさか! 俺ほど清く正しく美しく生きてる奴なんてそうは居ないさ」
「どの口が言ってるんだか……」
少しの静寂が部屋をつつみ、漫画のページを捲る音だけが続く。
ふとそいつが椅子から立ち上がる気配を感じると、少し遅れて話し始めた。
「僕は眩しいのものが苦手なんだ……それは君だって知ってるだろう? 太陽なんてその最たるもので、僕は"アレ"が大っ嫌いだ。
だから決して自分から見ることは無いけれど、直接見なくても日差しという形で僕を苦しませてくる。
……本当に鬱陶しいものだよ」
やたら長く話し出したものだから、漫画から顔を上げてそいつを見てみれば、スマホをしまって退屈そうに窓から外を眺めていた。
仕方が無いので取り敢えず話を合わせてやる。
「その割には窓のカーテンも閉めないし、日差しに当たりながら外を眺めて黄昏てるじゃないか。
そもそも太陽があるのは常識で、それなら日差しがあるのも当然のことだろう? つべこべ言ったところで、どうしようもないんだから諦めろ。
……あとお前のその話し方、厨二病って言うらしいぞ。クラスの女子達が話してた」
俺の返答を聞いたそいつは、少し視線を上げて考える素振りをみせる。
「まぁ……確かに君の言う通り、苦手だからと言ったところでどうしようもないからね。少しでも慣れる為に、こうして日差しに当たりながら外を眺めているんだよ。
こう見えて僕は努力家なんだ。
しかし──」
そう言いながらこちらを振り向き、そいつは話を続ける。
「君の言った『常識』は本当に正しいだろうか?
朝が終われば夜が来て、夏が終われば冬が来る。
東から昇った太陽は、西の地平線へと沈んでいく。
これらはみんなの中で当たり前の常識とされている事象な訳だが……それがこれからも続く保証は何処にある?
僕達はどこまでいっても帰納法"もどき"しか使えないだろう? 何故なら未来は誰にも分からないからだ。
ならば明日に日差しが……ひいては太陽が無くなったとしても、別にそれはおかしな事ではない筈だ」
そうして気取った様に話を終えると、そいつは再び外の景色へと視線を移した。
……俺は思った。
「厨二病のくだりに触れない辺り……結構お前も気にしてたんだな」
そいつの肩がピクリと動く。
「別に……気にしてなんかいない」
「…………なんていうか……その」
気まずげに頬を掻き、一言。
「……スマン」
だんだんと日も暮れて、窓からの日差しも弱くなる中……遠くの方からは仲間を呼ぶカラスの鳴き声が響いた。
『君と最後に会った日』
雨が降っていた
ただ立っていた
濡れた髪が垂れ落ちて
透けたシャツがへばりつく
ポツポツ ポツポツ
ザーザーザー
アスファルトを打つ雨粒が
その瞬間に弾け飛び
ドキドキ ドキドキ
ザーザーザー
動悸とズレた雨音が
いやに耳にこびりつく
何処の誰かは分からない
窺う顔もありはしない
けれど今日が最後だと
お互いよくよく理解した
『落下』
冷めた目をして世界を見やる
(どちらが上で、どちらが下だ?)
今日も今日とて誰かが落ちて
夜の恐怖も、朝の恐怖も
どちらも解らぬ馬鹿どもが
落ちる無様を見下ろして
ケタケタ、ケタケタ嘲嗤い
チープな声音で説法たれる
これより下には落ちるまい
これより下には落ちたくないと
楽観主義者のアンビバレンス
拱手傍観の吊られた愚者は
たとえ自由の身になれど
読んで字のごとく何もしない
今日も今日とて夜が更け
視界が歪み、世界が歪み
零れた涙は天へと落ち行く
(どちらが上で、どちらが下だ?)
冷めた目をして世界を見やる
『落下傘奴のノスタルヂアと』
『未来』 145
やい、お前!
なんだってそんな顔をするんだよ。
未来だぞ!?
今からするのは未来の話だ!
未来にはきっと空飛ぶクルマがあって、自動運転で誰でも簡単に世界中を旅できるんだ!
食料にもお金にも困ることが無くなって、これまで仕事だったものが趣味に置き換わっていく。
不治の病なんて言葉も忘れ去られて、不老長寿が当たり前の世界になってんだ!
……ワクワクするだろう?
ほら、お前も何か言ってみろよ!
例えばそうだな……幸せな家庭とかどうだ?
お前昔から結婚したがってたじゃないか。
将来どんな家族と暮らしたいんだ? ん?
……気が乗らないなら夢の話でも良い!
『叶えたい夢があるんだ』ってこの前言ってたろ?
どうだ? 夢が叶った未来の世界!
想像するだけで楽しくならないか?
……おい、何とか言ったらどうだ。
…………はぁ。
……なぁ、頼むよ。
ちゃんと顔を上げてくれよ。
もっと笑えよ。
もっと楽しめよ。
もっと語らえよ。
もっと上を向けよ。
……何時からだよ、お前が『未来』と聞いて下を向くようになっちまったのは。