『子猫』
お前さんと出会ったのはいつ頃だったか?
「…………」
老猫は応えない
お前さんがまだ子猫の頃だったか?
「…………」
老猫は応えず
そっぽを向いた
お互い歳をとったなぁ。
「…………」
老猫は応えず
そっぽを向いて
欠伸をひとつ
……そろそろ飯の時間か。
「…………!」
老猫が此方を向いた
……お前さんは子猫の頃から現金なヤツだ。
「…………」
老猫は応えず
そっぽを向いて
欠伸をひとつ
猫に現金、なんてな……ふふふっ。
「……にゃーお」
老猫が呆れたように鳴いた
『秋風』
太鼓を叩く
叩く、叩く、叩く
ドンドコ、ドンドコ、ドンドンドン
爆ぜた花火に喜怒哀楽を
楽しい、嬉しい、悲しい、苦しい
踊って踊って宵もたけなわ
祭囃子の前奏は、時が経つほどセピア色
強く響いた感情も
鮮やかに爆ぜた感情も
派手に舞った感情も
全てが色落ち枯れていく
秋風によって、情動は忘却へと飛ばされ
秋風によって、記憶だけが足元に積もる
……ほら、また一つ
『一筋の光』
一筋の光を見つけた誰か
光はその影に遮られ
世界は再び闇に包まれた
『哀愁をそそる』
【向天吐唾】……なんて言葉がある
意味合いとしては【自業自得】と似ているだろうか?
天に向かって唾を吐きかける
するとその吐いた唾が、真っ逆さまに落ちてきて自分へと降りかかる
他人に害を与えるような事をしたら、逆に自分がその害を受ける事になる……在り来りで分かりやすい先人の教えである
……ここで疑問が生まれる
何故その人物は天に向かって唾を吐きかけるようなまねをしたのだろう?
その唾が自分に降りかかるなんて火を見るより明らかなのに
そんな事も分からないから都合のいい愚か者として扱われているのだろうか?
……だとしたらそれを良しとしたのは誰なのだろうか?
なんて風につらつらと考えていると、頭の中に描かれていくのだ
……自身の唾で汚れた愚か者が一人、今だに天を睨みつけている情景が
『鏡の中の自分』
──カタカタカタ
『チー牛がwww顔真っ赤にしてマジレスwww乙www』
そう最後に書き込みパソコンの画面から目を離す。
今日も十分に楽しめたし、この辺で良いだろう。
尿意をもよおしたのでトイレへと向かう。
俺の趣味はネットで誰かを煽る事だ。
適当に相手の気を逆撫でる事を書き込めば、必死になって食い付いてくる雑魚は一定数いる。
誰かを苛立たせている臨場感。
誰かの感情を自分が握っている優越感。
誰かが大切にしている矜恃を踏みにじる高揚感。
……あぁ、なんて楽しいんだろう!
ネットの中の"俺"はリアルの俺とは違う。
誰かの上に立つ事が出来るのだ!
──ジャーー
用を足し終え洗面所で手を洗う途中、視線を感じて前を見る。
……手を洗う自分の姿が見える。
当たり前だ、そこには鏡があるのだから。
──キュッ
蛇口を捻り部屋に戻ろうとした所で、どうにも違和感を感じ足が止まる。
少しの間を空けて……気付く。
手を洗う途中、俺は手元を見ていた筈だ。
それなのに鏡の方から視線を感じるのはおかしいだろう。
そう思って鏡を見れば、ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべながら此方を見ている"俺"がいた。
"俺"が言う。
『リアルのお前はこんなにも醜いのになwww』
「……うるさい」
『ネットでイキる事しか出来ないチー牛www』
「……うるさいっ!」
『外見も中身も醜い弱者wwwそれがリアルのお前だろう?wwwwww』
「……っ黙れぇっつ!!」
──バリィンッッ
気が付くと"俺"は何処にも居ない。
残された鏡には……鮮血に染められ粉々になった、誰かの顔だけが写っていた。