あーサボテンが蕾つけてる
しかもてっぺんから2つも、かわいー
サボテンやのにうさみみみたい、おもろ
田んぼの水反射してるキラキラー
きれーい
稲も背伸びたねー
ひゅー♪会社への曲がり角最速でカーブできた
コーナリングの天才か私
あー空きれーい青ーい
雲もくもくー
仕事したくねー
百日紅ー、まだがんばってるね
花少なくなってきたなぁ
でもまだまだチアリーディングのポンポンみたい
かわいいすっなー、応援ありがとー
こんなちっさいこと楽しめる私ってまじお得よな
ほんと偉い、まじ偉い
仕事したくねー
はぁ〜…
…よし、1日がんばろ
仕事終わったら帰り道アイス買うぞー
おー
君の無邪気に笑う姿が
その様を見て笑う私の姿が
互いの心に明かりを灯しますように
その柔らかな灯がそれぞれの足元を照らし
行く険しい道のりを乗り越える熱源となるよう
今日もめいっぱい笑おうか
話したいことがあるんです
新着のLINEに息を呑む
彼との最近のやりとりを思い返す
前に会ったのは2、3週間前
開かずとも感じる
悪い話、だな
手が震える
動悸がする
今すぐ開こうか、もう少し気持ちが落ち着いてからにしようか
仕事終わりの駐輪場に立ち尽くす
居合わせた同僚の話しかけにもうわの空
通知の文字を何度も読み返す
やたらと話しかけんな
今お前より大事な連絡がきてんだよ
うわの空の私に話しかける同僚をたしなめる先輩の声
ハッと顔を上げる
あ、すみません
そんな、…大事な連絡とかじゃないですよ
先輩への言葉なのか
自分に言い聞かせる言葉なのか
笑顔を作ってみたが酷い顔をしてたかもしれない
スマホをかばんにしまい、自転車に鍵をさす
お先に失礼します
話し込む二人に頭を下げて、駐輪場を後にする
自転車をひたすら漕ぐ
スピードを上げても振り切れない悪い予感
開くまで終わらない澱んだ気持ち
覚悟を決めろ
ペダルを強く踏みしめる
終わりたくない
夕焼けが涙で滲む
振り切れ
元の私に戻るだけ
家の近くの信号につかまった
息を切らしながら見つめる赤
信号から視線を外すと、空がすっかり暗いことに気がついた
ふっと強張りがとける
…どう足掻いても避けては通れんよな
大きくため息をつく
家に着いたら、洗濯物を回しながら通知を開こう
何気ない日常にこの終わりを混ぜ込もう
そうすれば、きっと平淡と受け入れられる
ぼんやり考えてると信号が青に変わった
数十分前より少しだけ、前向きにペダルを踏みしめた
小さい頃の話しよか
産まれた時は本当ちっちゃくてびっくりしちゃった
君の顔見た瞬間、可愛い〜って笑いながら泣いちゃった
赤ちゃんて血まみれで産まれてくるかと思ってたけど
君は綺麗な顔でサラッと産まれきてたわ
そうそう、産まれた日雨が降ってたな
病室の窓から大きな虹が見えたのよ
恵みの雨と祝福の虹だったんだよあれ
あとほんと抱っこ好きだったねぇ
やっと寝たかなぁってお布団におろしたらすぐ目覚めて泣いちゃうの
お尻に覚醒スイッチがあるんやなぁって本気で思ってたよ
小さい頃は家の中でもどこ行ってもずっと抱っこちゃんやったなぁ
母ちゃん、腕はきっと今よりもずっとムキムキやったよ
お喋りも上手やったなぁ
起きてから寝るまでずーっと喋ってた
君のお喋りにマシンガンのごとく撃ち抜かれてた記憶
あまりにも手数多くて結構適当に返事してる時もあった、本当ごめん
でも君は大きくなってもお喋り好きなままだね
良いことだよ
ここまでさ、無事に大きくなってくれてありがとね
色々あったけどさ
君が産まれてから母ちゃんの人生楽しかった
ほんまに
…その訝しげな目やめなさいよ
本当にそう思ってるんだって
そうそう、今日で世界が終わるらしいよ
知ってた?
そう、マジの最後の晩餐やで
何食べたい?
なんでもいいよはあかんよー
今日は何でも好きなもの作るよ
お腹いっぱい好きなもの食べよう
またさ
母ちゃんの子供に産まれてきてよね
人間じゃなくても、動物でもなんでもいいからさ
また母ちゃんと親子しようぜ
何かがゆらゆらとこっちに向かってくる
あれは…なんだろう?
周りの通行人も向かってくるものに気がついたのか、立ち止まってざわざわしている
ぼやけた輪郭はゆらゆら近づくごとにはっきりと形を整える
それは人の形をしている
でも何か様子がおかしい
気付いた瞬間、背筋が冷たくなる
え、ゾンビ?
ゾンビって本当にいるの?
それもすごい数…!
これって、もしかして死ぬやつ?
貪り食われるやつ?
待って待ってやだよ、逃げなきゃ
気持ちとは裏腹に足が震え動かない
冷や汗も止まらない
どうしようどうしようどうしよう!
周りを見渡すと他の人々も動揺しうろたえる様子
その場にへたり込む人もいた
足動かさなきゃ、逃げなきゃ
距離を詰めてくるゾンビ達
だめだ、怖い動かない目が離せない
迫りくる恐怖の中、ふと何かに気がつく
見たことある顔ばかりな…気がする
懐かしい顔とか…あれ?
周囲の人々が口々に叫ぶ
過去の失恋だ!
ちくしょう!また襲ってきやがった!
もうやめて…もう許してよ…!
過去の、失恋?
…失恋?
恐怖と混乱の走馬灯がハイスピードでぎゅるぎゅる回る
初めて自分から告白して振られたあの人…
あ、あ、初めての彼氏!
結婚すると思ってた彼もいる…
…どういうこと?
過去に失恋した男たちだと分かったものの理解が追いつかない
後ずさりし、ゆっくり近づいてくる過去の男たちと距離を取る
混乱の残る頭を整理しようと周囲をもう一度見渡す
助けを求めひたすら逃げ回る人々
その辺で拾ったものを武器に戦う人
中には素手で殴りかかる人もいた
室内に逃げ込んだ人は周りを取り囲まれ絶望した様子
キョロキョロしてる私に誰かがぶつかってきた
あまりの衝撃によろけて倒れ込む
おい!
ぼーっとすんな!
死にたくなかったら戦え!
真上から怒鳴られた
我に返る
…そうだ、戦わなきゃ
過去の亡霊なんかに殺されてたまるか
逃げながらも律儀に背負ってたリュックの中を漁る
ライターと制汗スプレー
よし、いける
覚悟を決めて立ち上がり、振り返る
過去のゾンビ達がゆらゆらとまっすぐこちらに向かってくる
やることは分かったしもう落ち着いた、大丈夫
ライターに火をつけてスプレーを構える
ゾンビ達が射程内に入るまで距離を縮める
みんな、おひさしぶり
急に襲ってくるからびっくりしちゃった
懐かしいね、色んな記憶思い出したわ
けどさ
君たちもういらないんだよね
もう二度さ、急にこういう事しないでくれる?
精神衛生上迷惑なんだわっ
ぎりぎりまで距離を詰めたところで思い切りスプレーを噴射した
目の前が真っ赤に染まっていく
次々と燃え移り、ゆらゆら崩れ落ちていくゾンビ達
もう顔も体も焼け落ちて誰が誰だか分からない
灰色の煙が上がるころには黒いひとつの塊となっていた
さよーなら
かつての想い人たちに別れを告げる
返事はない
もうただの黒い塊だ
なんだか苦いのは煙のせいだろう